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「妖しい精霊」第一話 そして四女を悩ます妖精の話。

【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】



 


 第四話 「妖しい精霊」

 -------------------------------------------


 朝のことだ。




「深冬の容態が悪い」




 朝食が始まる時間だった。

 姿を見せない深冬ちゃんを心配して、

 千秋ちゃんと夏希ちゃんが見に行ってくれたのだ。




「アキは大げさ。

 フユは、ちょっと熱っぽいだけじゃん」




「そうなの? 心配したよ」




 容態なんて言葉を使うから、

 てっきり病院にでも連れて行かなきゃならないかと思ったのだ。




「違う。心のほう」




「あらそう。……心配ね。

 深冬さんは自律神経が他人よりデリケートだから」




 春菜ちゃんはそう言う。

 そしてぼくもそれには同意だ。

 深冬ちゃんは身体が弱い。でも身体以上に精神的な部分が弱い。

 強くストレスを感じると身体が参ってしまうのだ。




「深冬ちゃんて、いつからこうなったの? 

 ぼくが知ってる限りでは、小さい時はそうでもなかったと思うけど」




 ぼくは疑問を呈する。

 小学校一、二年くらいに遊んだときはふつうだったからだ。




「……ここ二年くらいかしら?」




「四年生の夏休みだね。憶えてる」




「同意」




 姉三人すべて同じ意見だった。




「なにが原因なの?」




「よくわからないのよ」




 三人が首をひねる。

 だけど思い当たる節はないらしい。

 それからぼくたちは深冬ちゃん不在のまま、朝ご飯を食べたのであった。




 その後だ。

 春菜ちゃんたちは、

 まだ宿題の一部が残っているらしく、それぞれ自室へと帰っていった。

 そしてぼくである。




 相も変わらず宿題がないので、仕方なく離れに行こうと思った。

 ゲームでもするつもりだったのだ。




「……誰?」




 深冬ちゃんの部屋の前を通ったときだった。

 中から声が聞こえてきたのだ。

 どうやら廊下を歩く足音が聞こえたらしい。




「ぼくだけど」




「亘おにちゃん? 

 ……良かったら、来てくれる?」




「へ? 

 ……いいけど」




 ぼくはノックをしてドアを開けた。

 するとベッドに上半身を起こした深冬ちゃんがいた。肩に上着をかけている。




「起きてたの?」




「うん。ちょっと眠れなくて」




 部屋の中はやはりというべきか雪の色の白で統一されていた。

 幼い頃に姉妹を識別するために、

 深冬ちゃんに与えられた白い髪留めピンに合わせたのかもしれない。

 壁も天井もカーテンもベッドもクッションも、

 そしてクマのぬいぐるみまでみんな白だった。




「なにか持ってこようか? 

 飲み物とか」




「ううん。

 亘お兄ちゃんがいてくれたら、それでいいの」




 とは言ってもすることもない。

 ぼくは許可をもらって勉強用の椅子を借りる。




「調子は? 

 ……なんか毎日同じことばっかり訊いて悪いけど」




「そんなことないよ。

 心配してくれてうれしいよ。……うーん。今はちょこっと良くなったよ。

 ……亘お兄ちゃんが、初めて深冬の部屋に来てくれたからかな?」




 そう言って深冬ちゃんは、にっこりと笑顔になる。

 その顔が実にかわいい。




「そうか。

 でもさ病気、早く良くなるといいよね。

 病気だといろいろつまんないでしょ?」




「うん。やっぱりつまんないよ。

 春菜お姉ちゃんとか夏希お姉ちゃんとか、千秋お姉ちゃんのように元気になりたいよ」




「お医者さんはどう言ってるの?」




「うん。……かんたんに言うと安静だって。

 でもね、たのしいことは無理しなきゃいいんだって」




「無理しなきゃ? 難しいね」




「うん。

 でも雪だるま作ったり、ソリしたりは楽しかったよ」




「そういうのだといいんだ。

 他にはどんなのだと身体にいいの?」




「うん。……大好きな人とお話しすること。

 だから亘お兄ちゃんとお話しするといいんだよ」




 ……なんかさらっとすごいことを言われた気がする。




「あ、あのさ、そういえばなんだけど、

 ぼくがこの家に来る日の朝、東京のぼくの家に深冬ちゃんは来た?」




「ええっ? 

 なんのこと?」




 話題をそらすために、あの朝のことを訊いてみたのだ。

 もちろん初恋うんぬんはごまかした。

 でも元より病弱な深冬ちゃんが来られる訳がないので期待はしていなかった。




「深冬はひとりで東京まで行けないよ。

 ……怖いし」




 やっぱりな、と思った。




「やっぱりね。

 ……いや、今となってはぼくの勘違いとか夢だったんじゃないかと思ってるよ」




「ふーん、不思議なお話ね。

 その人はどんな格好だったの?」




「うん。

 白いボアのついたワンピースだったよ。とても似合ってた」




「ふーん。

 ……ね、ねえ、そういえば、深冬がいないときどんなお話しを、みんなするの?」




 そんな質問を受けた。

 実をいうと姉妹の間では深冬ちゃん不在は慣れっこになっていて、

 ほどんと話題になっていない。

 だけど以前に聞いた深冬ちゃんの性格からして、

 自分が話題になっていないことを知ると、きっと病気が重くなってしまうだろう。




 だからぼくは今朝の話をした。




「深冬ちゃんが具合が悪くなって二年くらい経つって話をしてたよ。

 ……あ、この話題は大丈夫?」




「大丈夫だよお。

 ……そっかあ、もう二年経つんだね。

 ……ねえ、亘おにいちやん、笑わないでお話聞いてくれる?」




「いいよ」




「深冬が四年生のときの夏休みなんだけど、

 深冬は妖精さんに会ったんだ」




「妖精? 

 ホント?」




「うん。

 この家の廊下で小さい女の子が立っていたの。

 ……小さいっていっても年のことじゃないよ。

 背が十五センチくらいしかなかったんだ」




「……へ、へえ」




 幻だろうと思った。

 あり得ない話だからだ。でも黙っていることにした。




「でね、その女の子だけど、身体が透き通っているんだ。

 だから妖精さんだと思ったんだよ」




「それで妖精はどうしたの?」




「うん、ふらふらってお家の廊下をどんどん歩いて行くの。

 だから深冬も着いていったんだよ」




「へえ、それでどこに着いたの? 

 この部屋?」




「ううん。

 風呂場の方の知らないお部屋」




 え? ……衝撃が走った。

 そこは先日ぼくが屋敷を散策したときに、

 開かずの間と千秋ちゃんから説明を受けた部屋に違いない。




「そ、その部屋に入れたの?」




「うん」




 こともなげに言う。




「か、鍵、開いてたんだ?」




「鍵? 知らない。

 ドアから妖精さんが入ったから、深冬も入ったんだよ」




「な、なんだってっ!」




 ぼくは大声を上げてしまった。

 そしてその後、絶句してしまう。

 なぜならば我に返ったときに見ると深冬ちゃんが少し怯えた顔をしていたからだ。




「あ、ご、ごめんね。

 大声出して」




「う、ううん。

 ……いいの。ちょっと深冬、びっくりしただけだから」




 その後、

 その部屋に入ったはいいが、記憶がないと言う。




「憶えてないんだ?」




「うん。

 ……なんか妖精さんと話をしたような気がするんだけど。

 ……あれ? 妖精さんじゃなくて別の誰かかも」




「部屋の感じはどんな風だったのかな?」




「うーん。なにかがいっぱいあった気がするよ。

 とにかくいっぱいなにかがあったんだけど憶えてないの」




 なにかがたくさん置かれているってことなのだろうか?




「でもね、このことを話したら、

 お姉ちゃんたち誰も信じてくれなかったんだ」




「伯父さんと伯母さんは?」




「うーん。

 確かお父さんとお母さんは出かけていたと思う。夜まで帰ってこなかったよ」




「……なるほど」




 ぼくは推理する。

 するとあの開かずの間の鍵はこの家にあって、

 鍵は伯父さんたち不在でも使えるらしい。

 と、いうことは今でも鍵さえあれば入れるってことだ。




「それでね、

 深冬は倒れていたらしいんだよ」




「倒れていた? 

 どこに?」




「廊下。

 お風呂場の前」




「じゃあ、

 その妖精が入った部屋のすぐ近くだね?」




「うん。

 ……でね、それからずっと身体の具合が悪くなっちゃったの。

 ……これって妖精さんに()()()()されたのかな?」




「いじわるかどうかはまだわからないよ。

 でもその部屋に入ったときになにかを見たり、聞いたりしたんじゃないかな?」




「うーん。

 ……思い出せないよお。亘お兄ちゃん、ごめんなさい」




「謝ることないよ。

 そのことが原因でずっと深冬ちゃんが苦しんでいるのかもしれないしさ。

 ……どうかな? ぼくが妖精について調べてみようか?」




 すると深冬ちゃんの目がまん丸になる。

 そして突然、目尻には大粒の涙があふれた。




「ふ、ふええええええええええんっ。

 ふええええええええええんっ……。えぐっ、えぐっ」




 泣き出した。

 激しい嗚咽を繰り返す。




「ど、どうしたの? 

 なにか悪いこと言ったのなら、ごめんね」




「ち、違うもん。

 ……えぐっ。み、深冬、うれしいんだもんっ……、えぐっ」




 深冬ちゃんはしばらくそのまま泣いていた。

 ぼくはどうしようもできないので、そのままの姿勢で待った。




「……わ、亘お兄ちゃん、ありがと。

 ……誰も信じてくれないのに、探してくれるなんて。

 ……えへへ、深冬、亘お兄ちゃん、大好きっ」




 満面の笑みだ。




「なんか元気出てきたのかな?」




「うんっ。出てきたよ」




 言葉に偽りはないようだった。

 顔色もさっきと比べ頬に赤みが出てきて、見るからに元気そうだ。




「深冬、起きる。

 そしてどっか行きたいよ」




 すると本当に起き出した。

 身のこなしも軽くなっていて、春菜ちゃんたちも驚いたくらいだった。




 ■




「『ぬ』に会いに行きたいよお」




 居間に全員集まったときだった。

 甘えん坊ボイスで深冬ちゃんがそう()()()()する。




「いいんじゃないかしら?」




「ま、私も気にはなっていたのよね。

 いいじゃん」




「同意」




 三人の姉たちはあっさり同意した。




「ぼくも気になっているから、

 ちょうど良かったよ」




 本心だった。

 だけど危惧もある。

 『ぬ』は不法に仲間入りさせた個体だ。動物園側が排除している可能性もある。




 そしてぼくの危惧は千秋ちゃんにも伝わっているようで、

 そっと互いに目配せするのであった。




 それからぼくたちは人数分の自転車を出した。

 主立った路面の氷は除雪で溶けているので問題はない。

 それに自転車で行こうと言い出したのは深冬ちゃんだった。それだけ気分がいいらしい。




「うは、

 さすがに風は冷たいね」




 頬を刺す風は冷たい。

 周りがぜんぶ雪なので仕方がない。




「ワタ坊、軟弱じゃん」




「そうよ。

 深冬さんが平気なのだから」




 すると先頭を走る千秋ちゃんが自転車を停めた。

 そしてバッグからごそごそとなにか取り出す。




「戦闘用のマスク」




 それはニット製の顔全体ですっぽり被るタイプで、

 目と鼻と口だけが開いている軍用の目出し帽だった。

 テロ対策で特殊部隊が被っているのをテレビで見たことがある。




「……さ、さすがにそこまでは」




「そう。残念」




 そう言った千秋ちゃんはそのまま戻すでもなく、自分で被った。

 せっかくの美少女が台無しである。

 だけどものの十分もしないうちに「暑い」と脱いでしまった。

 それを姉妹たちが笑って見ていたのであった。




 やがて動物園に着く。

 今日は晴天に恵まれたことからなのか、かなり混んでいた。




「こっち」




 すでに見知ったアライグマ舎への道案内を千秋ちゃんがする。

 そして動物園の南と北を繋げるふれあい橋を越える。

 足元には信号待ちの自動車が数台見えた。




「……この辺か」




 茂みが見えた。

 先日、千秋ちゃんと隠れた茂みだ。





 あのときはライオン、トラ、オオカミ、ヒョウといったかぶり物の警備員に追われた。

 今から考えても、なぜ彼らはあんな格好をしていたんだろうと不思議に思う。

 前も周りも見えづらいだけだし、メリットと言えば侵入者を驚かせられるくらいだ。




 そしてそういうしているうちにアライグマ舎に着いた。

 かなりどきどきしている。




「……いる」




 その千秋ちゃんの一言でぼくはどっと疲れと安心を味わった。




「良かった。いたんだ」




 千秋ちゃんが指さす先に、一匹のアライグマがいる。

 昼間なので腹を出して寝ているんだけど、

 毛並みの色が他のアライグマに比べると明らかに若い。




「迷子扱いなのね」




 離れて案内板を見ていた春菜ちゃんが、そう説明してくれた。




「へえ、仲間を探してひとりで迷い込んだことにしてるんだ。

 やるじゃん」




「グッジョブ」




 ……()()()()()()()、動物園。




 改めて『ぬ』を見る。

 腹の出し方といい、くつろぎ方といい、完全に居着いている感じだ。

 リラックスさが半端ない。




 するとやがて、むっくりと『ぬ』は起きた。




「あ、『ぬ』が食べるよお」




 深冬ちゃんがはしゃぐのも仕方ない。

 『ぬ』は園舎の中央に設けられたエサ場に行くと、

 そこにあるリンゴを両手に持ってかじり始めたのだ。




 これには見ていた他のお客さんたちも大喜びで、

 一斉にシャッターが切られた。




「人気者」




 千秋ちゃんの言葉にぼくはうなずいた。




 やがてぼくたちは動物園を後にした。

 いちおう一通り見て、楽しんだんだけれども、やっぱりいちばんは『ぬ』だった。

 最後にもう一度見に行ったくらいだ。

 ……だけどそのときはもう寝てたけど。




 帰りの自転車も楽しかった。

 四姉妹が代わる代わる歌を歌ってくれたからだ。

 見目麗しい少女たちが口ずさんでいるのは、見ても聴いても心地よい。



 ときどきは四人いっしょに歌うときもあり、

 ぼくも歌うように誘われたけど、みんなのように上手には歌えないので丁重にお断りして、

 もっぱら聞き手専門になったのだった。



 


よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「生忌物倶楽部」連載中


「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み

「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み

「墓場でdabada」完結済み 

「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み

「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み

「空から来たりて杖を振る」完結済み

「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み

「こころのこりエンドレス」完結済み

「沈黙のシスターとその戒律」完結済み


 も、よろしくお願いいたします。



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