「月光」第二話 そして、ウィンナーとみたらし団子を入手する。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
北国のひっそりとした街だけど、
駅前にはさすがにショッピングセンターがある。
ぼくたち四人はそろってそこへ入店した。
「実は初めて」
千秋ちゃんが意外なことを言う。
「そうか、アキは初めてかあ」
「そういえばそうね。
千秋さんがいっしょの買い物って珍しいわよね」
聞けば千秋ちゃんは単独行動を好むので、
みんなのつき合いで家族の買い物に来るのは久しぶりらしいのだ。
ぼくたちは食料品売り場へ入った。
「今夜はなにを食べたい?」
「カレーがいいよ。
たくさん作れば何日も食べられるし、おいしいし」
「夏希さん、私は亘くんに訊いたのよ」
「ええっ、私の希望はなしかよ」
そんな会話をしながら長女と次女は売り場をどんどん進んでいく。
ぼくもそれに着いて行くんだけど、ふと見ると千秋ちゃんが遅れている。
「なにしてんの?」
ぼくは戻って千秋ちゃんに声をかけた。
「いい匂いがする」
見ればウインナーの試食品コーナーだった。
電熱のフライパンの上につまようじで刺した細切れウインナーが置かれている。
だけど店員さんが留守だったのだ。
「ああ、試食品だね」
すると店員のおばさんが戻ってきた。
元気そうなおばさんだった。
「あら、いらっしゃい。
あらまあ、ホントにかわいい女の子ねえ。……お兄ちゃん、大事にするんだよ」
「は、はあ……」
どうにも勘違いされたらしい。
だけど千秋ちゃんを見ると、うれしそうにしているのはなぜだろう?
「これが欲しい」
千秋ちゃんはおばさんに細切れウインナーを指さした。
「はい、どうぞ」
店員さんはにっこり微笑むと、
小皿にウインナーを盛って差し出してくれた。
「美味」
ぶっきらぼうだけど感情がこもったセリフだった。
「あらそう。
ならもっと食べなさい。ホントにかわいい女の子ねえ」
どうも千秋ちゃんは、おばさんに気に入られたようで、
五個も食べさせてもらっていた。
「……亘」
ふいに袖を引かれた。
「なに?」
「実は私、あんまり持ってない」
「なにを?」
「……お金。払えないかも」
「は? ……あ、ああ、そのことか」
すると会話を聞いていたおばさんが大きな声で笑う。
「あらあら、いいのよ。試食なんだから」
「試食?」
「そうよ。試しに食べてみるってこと。
気に入ったら買ってくれたらうれしいけどね」
すると千秋ちゃんの目が丸くなる。
そして鼻息が荒くなった。
「かたじけない」
そういうと、
おばさんの傍らにあったウインナーのパッケージをがばっと取った。
「これ、春菜に買わせる。亘も協力して」
「はいはい」
と、こんなことから春菜ちゃんに追いついたとき、
ぼくたちは両手にウインナー袋をかかえていた。それを見て、春菜ちゃんが目を丸くする。
「ど、どうしたの? そんなにいっぱい」
「美味。だから買う」
「意味がわかりません。
千秋さん、ちゃんと説明して」
やはり簡単にはいかないようだった。
「……ごめん。ぼくが目を離したばっかりに」
「目を離した?
ちょっとワタ坊、アキはなにしたの?」
夏希ちゃんまで食いついてくる。
これはちゃんと理由を話さないとだめなようだった。
「……要するに、
匂いにつられちゃったってことかしら?」
それから五分後。
ぼくと千秋ちゃんの言い訳混じりの弁明を、要点を押さえて、そう評した。
「うん、まあ、そんなとこ」
ところが千秋ちゃんはちょっと不満そうだった。
「過程のわびさびが消えた」
と、言った。
「まあ、いいんじゃない?
ワタ坊も食べたいんでしょ?」
「うん。千秋ちゃんを見ていたら、実はすごく食べたくなった。
絶対にうまいんじゃないかな?」
「亘くんがいいなら、いいわ。
おかずにウインナーが増えるけど、みんな喜ぶでしょ」
そういって春菜ちゃんが、
ウインナーの袋を受け取ってくれた。
「見事」
千秋ちゃんはそういってぼくをつついた。
どうやらほめてくれたらしい。
それからぼくたちは野菜とか、魚とか、日常雑貨のこまごまとしたものを買った。
買い物はかなりの量になった。
四人で分散してもそうとう重い。
「ねえ、ハル。
こんだけの量なんだから帰りはタクシーにしない?」
見事な夏希ちゃんの提案だ。
ぼくもそれには賛成だ。
「……でも、ここからだと高いわ」
家計を預かる身としては確かにそれも当然だろう。
「宅配便」
ぼそっと言うのはもちろん千秋ちゃん。
だが素晴らしい代案だ。
「そうね、それなら大きめの箱を店からもらえば一箱で済みそうだし、
料金もたいしたことなさそうね」
春菜ちゃんが納得したので、ぼくたちは段ボール箱をもらい、
サービスカウンターで送り状をタブレットで作成して、宅配便を手配したのだった。
「ほとんど手ぶらになった。超うれしー気分」
「開放感」
痛みそうな食材だけをリュックに入れただけなので荷物は軽い。
だから夏希ちゃんも千秋ちゃんもうれしそうだった。
もちろんぼくもうれしいし、春菜ちゃんも笑顔だ。
それからぼくたちはショッピングセンターを後にした。
空は抜けるように青い。
今日は天気の心配は必要なさそうだ。
「ねえ、時間もまだあるし、
どこかで四人ででかけない?」
ベンチに座って、露店のソフトクリームを食べていたときだ。
春菜ちゃんがそう提案してきた。
「いいんじゃない?
実は私もこのまま帰るのはちょっとと思ってた。
フユにはお土産を買って帰るってことにして」
「賛成」
「夏希さんは行きたいところ、あるのかしら?」
「駅の向こう側のファッションビルに行きたい。
かわいい服とかおいしいスイーツとか」
夏希ちゃんらしい。
ただそれもわかる。
家の近所にはそういう店はないし、今日みたいにわざわざ遠出しないと行けないからだ。
「いいわね」
春菜ちゃんも乗り気だ。
女の子だから当然だろう。
ところがそれに異を唱える人がいた。千秋ちゃんだ。
「反対」
そう言って千秋ちゃんは挙手をする。
「はい、志木千秋さん」
春菜ちゃんが冗談めいて、
学校の先生のように指名する。
「動物園に行きたい」
「ええーっ。動物園かよ」
夏希ちゃんはうんざり顔だ。
春菜ちゃんも驚きで少々固まっている。
「な、なんで動物園なのかしら?」
春菜ちゃんの質問には、
反対の色が濃く含まれているのがわかる。
「調べ物。見ておきたい動物がいる」
「ええーっ。家で図鑑で見ればいいじゃん」
夏希ちゃんは思いっきり反対のようだ。
「じゃ、じゃあさ。別行動にするってのは?
時間を決めてさ。それまでそれぞれ行きたいとこに行くってことはどうかな?」
ぼくは互いが納得しそうな妥協案を提示した。
「そ、そうね。それがいいかしら?
私と夏希さんは、お店に行くわ」
「それがいいじゃん。
悪いけどワタ坊は千秋のおもりをお願い」
結果、こうなった。
これは悪くない案だった。
ぼくとしてはとりたてて動物園に行きたい訳じゃないけど、
ファッションには興味がないから、動物の方がおもしろい。
「じゃあ、またね」
夏希ちゃんたちとは手を振って別れた。
そして三時間後にバス乗り場に集合となっている。
それからぼくと千秋ちゃんは電車を一駅乗って動物園についた。
雪は残っているし、平日だしで開園しているか心配だったが、
無事に開いていた。
しかも空いていた。
「なんかツイてるね」
「普段の行い」
千秋ちゃんはそう言う。
だけどぼくは自分の行いに自信がないので、きっと千秋ちゃんの行いがいいんだろう。
「うわあっ、ペンギンっ」
入園したら雪の歩道をペンギンが行進していた。
聞けば北海道の有名な動物園の真似らしい。だけどこれはうれしいイベントだ。
ペンギンは大きい。一メートル近くある。
どうやらオウサマペンギンというらしい。
それが十羽ほどよちよちと歩いているのは、見てて楽しくなる。
「これが見たかったの?」
「否」
千秋ちゃんはペンギンをちらっと見ただけで、園内図に向かった。
「あ、ぼくも……」
すると、千秋ちゃんは手のひらをぼくに伸ばした。
制止しろという意味らしい。
「待ってて」
「なんで? 秘密?」
「そう」
ピンと来た。たぶんそうだ。
「ひょっとして『ぬ』を調べるの?」
「正解。だから極秘」
千秋ちゃんはすたすたと奥へと歩いて行った。
「仕方ない」
ぼくはぼくで楽しむことにした。
まず千秋ちゃんが去った園内図を見る。
するとここはあまり大きくない動物園で、
トラはいるけどライオンはいない。キリンはいるけどゾウはいない、
といった感じでなんでも半分らしい。
「どこに行こうかな?」
そう思ったときに園内図の横にイベント表があるのに気がついた。
見るとさっきのペンギンの行進もそこに書かれてある。
ぼくは時計を見る。
すると今からキリンのエサやりがあるらしい。
しかもぼくたち一般人がエサを与えることができるようだ。
「これにしよう」
ぼくはキリンの園舎に向かった。
人はまばらだった。入場者が少ないのだから仕方ない。
見るとキリン舎の前に大きな櫓が組まれていて、
そこに階段で登るとちょうどキリンの首の位置になる。
そこでエサをやるらしい。
「まもなくキリンのエサやりが始まります。対象は小学生です」
係の人がそうマイクでそう告げた。
小学生ならぎりぎり大丈夫だ。ぼくは並ぶことにした。
「……なんか恥ずかしいかも」
確かに並んでいるのは小学生だけだった。
だけど低学年ばかりなので、
ぼくだけが頭ひとつ分、浮いている感じなのだ。
そうこうしているうちにエサやりが始まり、順番が来た。
係の人がバケツを差し出してくれる。見ると細長く切ったニンジンが入っていた。
「へえ、ニンジンも食べるんだ」
驚いた。
キリンと言えば高い枝の葉っぱを食べるのをテレビで観ていたので、
こういう野菜を食べるとは知らなかったのだ。
「野菜だけじゃなくて、果物も好きだよ」
係の人はそう教えてくれた。
ぼくはニンジンを何本か取る。すると間近に気配があった。
「うわあっ」
すぐそばにキリンの巨大な首があったのだ。
頭の大きさだけでイヌくらいある。
それが紫色のながーい舌を出してぼくの手からニンジンを奪おうとしている。
「さあ、怖がらないで」
係の人はそう言う。
だけどこの大きな口でぱくっとやられたら腕くらいちぎられそうな感じなのだ。
「は、はいっ」
ぼくはニンジンをいっぺんに差し出した。
するとキリンは舌で器用にニンジンの束を丸め取り一気に食べてしまった。
残ったのは呆然としているぼくだけだ。
それからぼくは礼を言って櫓を降りた。
そして次はどこに行こうかと思ったときだった。
「電話?」
ポケットのスマホが振動していた。
取り出して見ると夏希ちゃんからだった。そして電話に出ようとすると切れた。
「へ?」
かけ直すべきかちょっと考えた。
すると背後から肩を叩かれたのだ。
「なにやってんのよっ」
夏希ちゃんだった。
見ると春菜ちゃんもいる。
「なにって?
……なにって、こっちのセリフじゃないの?」
そうなのだ。
このふたりは駅前のファッションビルに行っているはずだ。
「追いかけて来たのよ」
「なんかさ、
アキがわざわざ行きたいっていうから、なんか気になってね」
ふたりは笑顔でそういう。
こういうのなんかいいな、って思った。
姉妹愛っていうのかわかんないけど、
一人っ子のぼくには縁のない身内への愛情がうらやましくもあり、うれしくもあったのだ。
「それより、
ワタ坊って意外と臆病」
「そうね。
ちょっとそう思ったわ」
聞くと、ふたりはぼくとキリンとのやりとりを一部始終見ていたらしい。
どうりですぐに電話してきた訳だ。
「でもさあ、
そうはいうけどキリンって、そばで見ると巨大だよ。巨大」
「でもおとなしいんでしょ? 草食だし」
「草食でもでかいのは怖いよ。
だってアフリカゾウなんて強いから、ライオンでも襲わないって聞くよ」
「それは聞いたことあるわ。
ゾウだけでなく、サイとかカバも現地では恐れられているんですってね」
さすがに春菜ちゃんは勉強ができるだけあって、博識だった。
「ところで千秋さんはどこかしら?」
「いないじゃん。
いっしょじゃないの?」
ふたりは辺りを見回す。
でもそれは無駄な行為だ。やっぱり説明が必要だろう。
「千秋ちゃんは『ぬ』を調べてる。
内緒だからぼくにも着いてこないでって言ってさ」
「ぬ? ……なにそれっ?」
夏希ちゃんが驚くのも無理はない。
だからぼくは一から説明することにした。
朝起きたら庭に足跡があったこと。
最初はタヌキじゃないかと思われたけど、千秋ちゃんが違うって言いだしたことだ。
「じゃあ、その正体が動物園にいるってことかしら?」
と、春菜ちゃん。
「うーん。わかんないんだ。
でも秘密だからひとりで調べたいって言っていたんだけど、
気になるからこっそり千秋ちゃんを探してもいいかな、って思い始めていたんだけど」
すると春菜ちゃんと夏希ちゃんが同時に首を振る。
そしてその顔は深刻だ。
「やめたほうがいいわよ」
「無茶言わないでよ」
なんて言うのだ。
「え、どうして?」
するとふたりは顔を見合わせる。
そして最初に口を開いたのは夏希ちゃんだった。
「アキの場合は、ぜーったいに余計なことしちゃダメ」
「そうね。千秋さんとの約束は絶対守らなきゃダメね」
口をそろえて言う。
「な、なんか怖いね」
「怖いよ。
私なんか一ヶ月口きいてくれなかったもん」
「そうね、私の場合、一週間ハンストされたわ。
……缶詰をこっそり食べてたみたいね」
ふたりの体験談だった。
どうやら以前に粘着質って言っていた性格は相当らしい。
それからぼくたち三人はいくつか動物を見て回った。
チンパンジーとかシマウマとかだ。
そして売店エリアに来たときだった。
「あ、あれ?
千秋さんじゃないかしら?」
春菜ちゃんが指さす先に、
間違いなく千秋ちゃんがいた。
動物園に迷彩服で来ている美少女なんて、まず他人なはずがない。
「なにしてんだろ?
あれってみたらし団子のお店だよね?」
夏希ちゃんが言うとおりだった。
団子の幟が立っているから間違いない。
そこでまるで物欲しそうにたたずんでいるのだ。
「……ひょっとして。
……ちょっと待ってて」
ぼくは一言断って春菜ちゃんと夏希ちゃんを後にした。
そして近づくと物欲しそうに団子を見つめる姿が目に入る。
その視線があまりにも切実なので、店員のおじさんもなんだか居心地が悪そうだ。
「食べたいの?」
「肯定」
「お金がないの?」
「肯定」
「はあ……。
あ、あの、みたらし団子をください」
「あいよ」
おじさんもほっとしたようだ。
おそらくずっと長い時間千秋ちゃんは団子を見つめていたんだろう。
それを見ておじさんはなんども話しかけたに違いない。
でもお金がない千秋ちゃんは返事もせずにじっと見ていただけなのは、かんたんに想像できた。
「おいしい?」
「美味。とってもおいしい」
ひとくち食べた千秋ちゃんは満面の笑みになった。
そして食べかけをぼくに突き出す。
「なに?」
「食べていい。
元はと言えば亘が買ったもの」
「ええっ、で、でもそれって……」
間接キスだよ?
そう思うと真っ赤になってしまって食べるに食べられない。
だけどそんなぼくを千秋ちゃんは不思議そうに見ている。
「嫌い?」
「いや、好きだけど……」
そのときだった。
串を差し出す千秋ちゃんが後ろから羽交い締めにされた。
夏希ちゃんだった。
「アキ、そ、う、い、う、の、は、
抜け駆けって言うんだよっ」
「そうですよ。ずるいです」
春菜ちゃんもいた。
「なぜいる? 瞬間移動?」
「んな訳ないじゃん」
理由を話すと千秋ちゃんも納得したようだった。
そしてそれからぼくたちは時間が許す限り動物園を楽しんだ。
そして深冬ちゃんのお土産はやっぱりみたらし団子にした。
そしてさらに言うと、『ぬ』のことはやっぱり秘密で、
千秋ちゃんは、動物園で見つかったとも見つからなかったとも教えてくれなかった。
その夜、食事はウィンナーの盛り合わせになった。
焼いたり炒めたり、そしてボイルしたりである。
事情をぜんぜん知らない深冬ちゃんは好物だったようで、大喜びだった。
そして食後のみたらし団子もぺろりと食べたのだった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。