「月光」第一話 そして、ぼくたちは『ぬ』に関わる。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
第三話 「月光」
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朝。雪国の朝は、やはり冷え込む。
ぼくは離れの雨戸を開ける。すると空は快晴だけど、積もった雪は相変わらずだ。
「ん? なんだ?」
見ると足跡が点々と続いている。
大きさや歩幅からして動物のものだ。
それが遠くからここにやってきて、縁側の前で立ち止まって、
そして方向を変えて屋敷の外の森の中へと消えて行くのがわかった。
「それはタヌキ」
居間へと向かう途中で立ち寄った応接間で千秋ちゃんが教えてくれた。
応接間には他に深冬ちゃんがいて、ふたりでタロットカード占いをしていたようだ。
でも占うのはもっぱら千秋ちゃんで、
占ってもらうのは深冬ちゃんってのは、三女四女の姉妹の役割なんだろうか?
「タヌキさん、深冬も見たいなあ」
「ぼくは見てないよ。見たのは足跡だけ」
「足跡でも見てみたいよお」
「なら行く」
千秋ちゃんがさっさとカードを片付けて立ち上がる。
そしてぼくの部屋の方へとすたすた歩き始めたのだ。それでぼくと深冬ちゃんも着いていく。
「……ぬ」
「ぬ?」
思わず聞き返す。
足跡を見てしばらく無言だった千秋ちゃんが発したたった一言がそれだたからだ。
「ぬ、なんて動物いるのぉ?」
「ぬ、は、いない」
深冬ちゃんに千秋ちゃんがしごくもっともな返事を返す。
「タヌキと違う」
「ええっ? タヌキじゃない? どうしてわかるのかな?」
「足跡が違う。……待って」
千秋ちゃんが突然、去った。
「どうしたのかな?」
「うーん、わかんないけど、
きっと千秋お姉ちゃんは考えがあるんだよ」
「考え?
足跡が違うっていってたから動物図鑑をもってくるとか?」
「わかんないけど、
千秋おねえちゃんは頼りになるから安心していいよぉ」
確かにそれは言える。
ぼくは先日の避難小屋で実際に千秋ちゃんに助けられている。
もしあのとき千秋ちゃんが気づいてくれなければ、ぼくはここにいない訳で、
それはとても感謝している。
でも、お礼を言ったときの千秋ちゃんはそっけなかったのを憶えている。
「別にいい」
それだけしか言わなかったのだ。
そこには照れ隠しとかの感情は一切含まれていないみたいで、
本当に千秋ちゃんなりの事実だけを述べたんじゃないかと思っている。
それからしばらくしてのことだった。
「な、なにそれ?」
千秋ちゃんが一抱えもある金網でできた箱、
つまりカゴを持ってきたからだ。
「これは罠」
「は、はあ」
「そしてこれがエサ」
罠を置くと、ポケットからスナック菓子を取り出した。
甘い味のものだ。
「わあ、動物さんって甘い物が好きなんだ。
深冬と同じだね」
「ねえ、千秋ちゃん。
深冬ちゃんじゃないけど、そんな甘いお菓子で大丈夫なの?」
「動物による。ぬ、は雑食だけど甘党」
「ぬ、ねえ……」
千秋ちゃんは深冬ちゃんの勘違いの『ぬ』という呼び名を気に入ったようだった。
そして罠を抱えたまま濡れ縁の下に置いてあるサンダルに足を入れた。
「む」
「今度は、む?」
新たな動物の足跡でも発見したのだろうか?
と、思っているとそうではなかった。
「冷たい」
「まあ、一晩外に放置してあったんだからね」
そう答えると、千秋ちゃんがサンダルを拾ってぼくに突きつけた。
「ああ、わかりましたよ。
はいはい。……木下藤吉郎かよ」
受け取ったぼくはサンダルを暖めることにした。
ただ藤吉郎とはちがって服の中に入れるつもりはない。
暖房の吹き出し口にしばらく置くことにしたのだ。
やがてサンダルは暖かくなり、ぼくは得意気に千秋ちゃんに差し出す。
すると千秋ちゃんは満足気にうなずいて受け取ってくれた。
どうやらお気に召したらしい。
そして庭園に降りた千秋ちゃんは、しばらくあちこち見ていたが、
やがて足跡がある木の陰に罠を置いた。
そして周りと入り口、そして罠のカゴの中にエサをまいた。
「設置完了」
いったいどんな動物が捕まるのかわからないけど、
ぼくと深冬ちゃんは期待に胸を膨らませるのだった。
それから朝の日課の雪かきを終えて、食事をした。
そしてその後、残っている宿題をするとのことでみんな自分の部屋へ帰って行った。
ぼくはと言えば、宿題はあらかたに終わらせているので持って来ていない。
それはうれしいんだけど、ひとりぼっちで退屈なのも事実だった。
それからぼくは自分の部屋に行った。
そしてゲームをして時間をつぶしていたけど、
ふと、罠のことを思いだし、庭園に出てみた。
罠はすぐに見つかった。
「かかってる訳ないか……」
しかけてからまだ何時間もたってない。仕方ないだろう。
すると背後から声がかかる。
「収穫は?」
声の調子で千秋ちゃんとわかった。
渡り廊下に立っていた。様子を見に来たのだろう。
「ないよ」
「むう、残念」
千秋ちゃんも庭に降りてきた。
そして自分が仕掛けた罠を念入りにチェックする。
「エサが足りない」
そう言って持ってきていた袋から、さらに甘いスナック菓子を出す。
「そんなにいっぱいまいたら、お腹ふくれて檻に入らないんじゃない?」
「ぬ、は貪欲」
千秋ちゃんはお菓子を広範囲にばらまく。
「ねえ、千秋ちゃん。ぬ、って正体はなんなの?」
「秘密」
そう答えたときの千秋ちゃんの笑顔はとてもかわいらしかった。
「アキ、ワタ坊、そこにいたの? 今日の遊びが決まったよ」
夏希ちゃんだった。呼び方でわかる。
「なにをするの?」
「なにをする?
なにをするって言うよりも、どこへ行くの、って訊くのが正解」
「む、外出?」
千秋ちゃんが尋ねる。
「そう。……アキは都合悪い?」
「逆。好都合」
そうらしい。
「で、どこへ行くの?」
「実は知らない。
ハルがみんなを集めてって言ってるから」
そういうことらしい。
そしてぼくたち三人は連れだって居間に向かった。
その途中である。
「うぎゃあああああっ……。な、なにこの絵っ?」
例の千秋ちゃんの趣味だった。
どうやら夏希ちゃんは知らなかったようだ。
「地獄絵図」
「そ、そうじゃなくて、なんでこんな不気味な絵があるのっ?」
「趣味」
「うはああああ……」
夏希ちゃんが盛大なため息を吐く。
「そういうのは私たちにも一言断ってからにしてっ。
心臓に悪いからさ」
「むう。じゃあ一言断る。実はまだある」
それからが大変だった。
いつのまにか地獄絵図は一枚だけじゃなくて、
バリエーションが異なるものが更に三枚。そして西洋の気味の悪い絵も二枚あったのだ。
「これは魔女のサバト。
そしてこれはデビルの絵」
「うがああっ」
夏希ちゃんは頭を抱える。
対処不能って感じだ。
「そうとう凝ってる趣味だね……」
ぼくが半分あきれていうと、
勘違いにも我が意を得たりといった表情で千秋ちゃん。
「亘は見る目ある」
と、いう回答があった。
それから夏希ちゃんと千秋ちゃんが絵の展示についてあれこれ言い合っていたけど、
元々呼ばれている立場だったので、小競り合いで終わったのであった。
「買い物に行きましょう」
あれから体調不良を起こしてしまった深冬ちゃん以外の全員集まったときだ。
春菜ちゃんがそう宣言した。
「買い物? なにを?」
尋ねた。
すると春菜ちゃんは笑顔になる。
「おいしいものよ。
うーん、正確に言うと食料品、ほかにも生活雑貨とかね」
「なるほど」
考えたら、今現在この家の主婦は春菜ちゃんなのだ。
食材や雑貨を買う役目もあるのがわかった。
「バスで行きましょう」
そう春菜ちゃんが提案すると夏希ちゃんと千秋ちゃんからブーイングが起こる。
ふたりともタクシーで行きたいらしい。
「でも、誰かさんがスキーに行くっていって、
だいぶお金を使ってしまいましたよね?」
笑顔だが、ぐさりと春菜ちゃんが言う。
すると夏希ちゃんがばつが悪そうに、むーと言って黙った。
こうなると旗色が悪いからだろう、千秋ちゃんも無言になる。
「じゃあ、決定。二十分後に玄関に集合よ」
そう春菜ちゃんが告知したので、
ぼくたちはいったん解散となった。
姉妹たちは着替えがあるので、それぞれの部屋に行く。
で、ぼくは特にすることもないので、屋敷を散策することにした。
暇があるときにもう何回も行っているんだけど、
この家はとても大きくて部屋数も多いことから、まだ見ていない部屋もあるのだ。
居間を出て屋敷の奥へと向かった。
その途中に台所とか伯父さんの書斎とかがあった。
そして最奥部に着いた。そこはお風呂場がある通りだけど、
風呂場以外に行ったことがないのだ。
「……なんだあれ?」
一見すると単なる壁かと思うような扉があった。
周りの板壁と同じ造りになっているので、今まで気がつかなかったらしい。
「……開かない」
鍵がかかっているようだ。
だけど今まで鍵がかかっている部屋なんかなかったので、気になった。
「物入れかな?」
部屋は大きいようだ。
左右にある離れた扉の位置からして学校の教室くらいはありそうだ。
もしここが納戸のような物置部屋だったとしたら、歴史があるこの家のことだ。
相当おもしろい古物があるに違いない。
「……そこは開かずの間」
振り向くと千秋ちゃんが立っていた。
「開かずの間? なにかいわくつきとか?」
「知らない。昔からそう」
「そうなんだ」
「そう」
どうやら家族でも姉妹たちは中に入ったり、
なにがあるのかを知らされていないらしい。
……これはおもしろいことになってきた。
ぼくの好奇心が刺激された。
これは機会があれば、ぜひ謎を解いてみたいと思った。
だけどそこでふと我に返る。
「も、もしかしてだけど、
千秋ちゃんはその格好で買い物行くの?」
「そう。動きやすい」
服は迷彩服だった。
陸軍の兵士が着ているようなヤツだ。
確かに最強のアウトドアウェアだろうけど、女の子ファッション的にはどうなのだろう?
と思わざるを得ない。
「そろそろ集合」
腕時計を見ながら千秋ちゃんが言う。
その時計もごつい軍用だった。
「さあ、出発よ」
春菜ちゃんが季節先取りの淡いピンクの晴色スカート姿で言う。
「歩くの、うぜー」
不満をいいながらも夏色の純白パンツルックの夏希ちゃんが歩き出す。
それに続いてミリタリーファッションの千秋ちゃんと、
セーターにジーンスという普段着もぼくも歩く。
ちなみに千秋ちゃんの変わった格好について、
姉二人からはなにも意見がなかった。やっぱりふだんから変わり者のようだ。
それからしばらく時間がたった。
「……まだなのかな?」
時計を見るとそろそろ三十分歩いている。距離にしたら二キロくらいだろう。
「到着」
千秋ちゃんの言葉に指さされた方角を見ると小屋が見えた。
トタン屋根で簡素な造りだった。
バス停だった。
小屋の中を見るとバスの待ち時間を考慮してか、
椅子だけでなくテーブルもある。飲み食いしながら待てるということだろう。
そしてバスの本数だけど、朝夕の時間帯を除くと二時間にたった一本だった。
だけど今日は時刻表を見て出発したので、もうすぐバスはやって来る。
「あ、来たわ」
春菜ちゃんがバスを指さした。
見ると丘の斜面の道路を下ってくるのが見えた。
「じゃあ、そろそろいきますか?」
「は?」
なんのことだろうと思っていると、
春菜ちゃん、夏希ちゃん、千秋ちゃんの三人が向かいあった。
そしてジャンケンを始めたのだ。
「勝ち」
ぼそっとした勝利宣言をしたのは千秋ちゃんだ。
「仕方ないわね」
「まあ、ジャンケンがいちばん民主的だもんね」
春菜ちゃんと夏希ちゃんは、
負けたのがちょっと残念そうだった。
「で、なんのジャンケンだったの?」
「後でわかる」
勝利者はそっけなくそう言う。
そしてバスが到着した。車内は空いていた。
「こういうこと」
なるほどと思った。
バスの二列席にぼくと座るひとりを決めていたようだ。
その証拠に前列には春菜ちゃんと夏希ちゃんが座ったからだ。
「つまり、
男のぼくと座る人を決める罰ゲームのジャンケンだったってことだね?」
「なぜ罰ゲーム?」
「違うの?」
すると千秋ちゃんはそれには答えずに、
しばらく考え顔だった。
「まあ、いい。
そういうことにする」
しばらくしてそれだけを答えた。
窓の外を見る。
すると単調な風景が続く。
どこまで見ても雪、雪、雪の雪景色。
平原に見えるのは、たぶん田んぼだろうな、と思った。
そしてしばらくしたときだ。
時計を見るともうすでに三十分は乗っていた。
その間に停留所に一回停まっただけで、
そこで小さな孫を連れたおばあさんが乗ってきたのを憶えている。
「……ん? ええっ?」
右肩に重みを感じた。
見ると千秋ちゃんがもたれかかっていた。目を閉じて軽い寝息をたてている。
「疲れたのかな?」
慣れているとは言ってもバス停まで延々歩いたのだ。
疲労が出てもおかしくない。
だけどそれからが大変だった。
千秋ちゃんは最初はぼくにおでこをつけているだけだったのに、
時間がたつと今度は後頭部を押しつけてきた。
こうなると頭が落ちないようにぼくが手で支えなきゃならない。
そして千秋ちゃんの甘い香りがぼくの鼻腔をくすぐるので、なんだか落ち着かないのだ。
「……えっ? ちょ、ちょっと千秋ちゃん」
ぼくは小声で呼びかけた。
それもそのはずで今度は千秋ちゃんは、
完全に身体を倒して、ぼくに膝枕状態になってしまったのだ。
「……な、なんだかなあ」
起こそうと思った。
だけどかわいい寝顔があんまり気持ち良さそうなので、このまま我慢することにした。
それから四十分、バスは揺れ続けた。
その間に千秋ちゃんは一度も目を覚ますことなく、終点の駅前まで寝ていたのだった。
「ち、千秋ちゃん、着いたよ」
バスが停止したときだ。
ぼくは千秋ちゃんに呼びかける。すると千秋ちゃんはむくりと身体を起こした。
「実はずっと起きていた」
「へ……?
じゃ、じゃあなぜ?」
「罰ゲーム」
「罰ゲーム? な、なんの?」
「ジャンケンの勝利者に対するご褒美を、
罰ゲームと言った者への罰ゲーム」
「……へ? 意味わかんないんだけど」
「いい」
軍靴の紐を結び直し、ミリタリー女子はそっけなくバスを降りていったのだった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。