「リゾート・ラバーズ」第一話 そして、ぼくたちはゲレンデへと向かう。
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第二話 「リゾート・ラバーズ」
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今日は朝から快晴だった。
ぼくは仕事として与えられた通路の雪かきを終えると一息つく。
空の青さと雪の白さの対比がまぶしい。
ちなみに雪かきでいちばん大変なのが雪下ろしだけど、
この屋敷には温泉を使った最新の除雪システムがあるので、屋根に登る心配はない。
「ねえねえ、亘おにいちゃん。見て見て、すごいでしょ」
今日は体調がいい深冬ちゃんが声をかけてきた。
見ると先程まで作っていた雪だるまが完成していた。
「へえ、かわいいね」
背丈ほどもあるかなり大きめの雪だるまだ。
頭には定番のバケツ帽子をかぶっていて、目はみかん。鼻はニンジンでできていた。
「こっちも見る」
ぼそっと千秋ちゃんが言う。
見ると奇怪な雪だるまがいた。
「な、なぜ、黒いっ!」
そこには真っ黒な雪だるまがいた。
「書き初めで残った墨汁を使った」
「なぜ、使うっ?」
いや黒いのはまだ許せる。
だが問題は色だけではなかった。
豊頬丸顔が雪だるまの定番なのに、
この黒雪だるまは頬や顎がげそっと溶け落ちて、身体も肉付きが少ないのだ。
「テーマ性を持つ退廃的な雪だるまを作りたかった」
「前衛作品かよっ!」
とツッコミを入れてみたが、
千秋ちゃんは自己満足そうに作品をながめているだけだった。
「ねえ、みなさん、終わったかしら?」
母屋からぼくたちを呼びに来たのは春菜ちゃんだ。
だがその春菜ちゃん。ふたつの雪だるまを見るのだけど、特に驚きも見せない。
「ふたりとも力作ね」
……もはや千秋ちゃんの変わり者ぶりは姉妹の間では日常のようなのだ。
きっと……。
「そういえば、なんだけど。
亘くん、付き合ってくれる?」
いきなり春菜ちゃんが耳元でささやく。
声も漂う香りも甘い。ぼくはとたん真っ赤になる。
「な、ななななにっ?」
見ると春菜ちゃんは、ぼくの反応に不思議そうな目で見る。
どうやらぼくが勘違いしたらしい。
「練習したいのよ」
「練習? なんの?」
すると春菜ちゃんは少し赤くなってうつむいた。
「よ、呼び捨ての練習」
「え? 呼び捨て?」
「そうなの、妹たちを呼び捨てにしてみたいのよ」
ぼくはきょとんとなる。
「……すればいいんじゃない?」
「は、恥ずかしいのよ。
今更だから……。ね、だから付き合って欲しいのよ」
両手を合わせて拝まれてしまった。
これは断れない。
「……う、うん。いいよ。
じゃあ夏希ちゃんから呼んでみて」
「う、……な、な、な、夏希……」
「おおっ」
「……さん」
春菜ちゃんは顔を真っ赤にして最後には、ぼそっと付け足した。
「ダメだね」
「う、うん。いきなりは無理よ」
「じゃあ、これからどんどん練習しよう。
付き合うよ」
「ほ、本当っ? うれしいわ」
こういう約束を思わずしてしまった。
まあ、それで春菜ちゃんが良いならいいだろうと思うことにする。
「ところでさ、なにか用事があって来たんじゃないの?」
すると春菜ちゃんは真顔に戻る。
「そうそう、夏希さんが呼んでいたわ。
みんなに話があるらしいの」
声を大きくして、
まだ雪だるまに調整を加えている千秋ちゃんと深冬ちゃんにも伝えた。
居間にぼくたち五人は集まった。
するといつもは伯父さんが座る席に夏希ちゃんが着く。
「ええ、発表があります」
いつになく真面目な顔でいう。
「スキーに行こうっ」
「「「「ええっ!」」」」
ぼくと春菜ちゃん、千秋ちゃん、深冬ちゃんの四人の声がハモった。
「夏希さん、いきなりじゃないかしら?」
春菜ちゃんがたしなめるように発言する。
こういうところはやっぱりお姉さんだ。
「ええっ、だって冬休みはもう残り少ないじゃん。
それにワタ坊の歓迎会もしてないし、今日はフユも体調いいみたいだし。
……それにさっき電話でお父さんの許可をもらいました」
「そう、お父さんの許可があるのね」
春菜ちゃんの顔から警戒心が消える。
「夏希お姉ちゃん、
深冬はすごく行きたい。今日は別人みたいに元気だよ」
深冬ちゃんがガッツポーズを決める。
ノリノリみたいだ。
「……私は別にかまわない。
吹雪いてないから」
「吹雪だとなにかあるの?」
素朴な疑問を持ったぼくは千秋ちゃんに尋ねる。
「他意はない。山で吹雪くと危ない」
「ま、まあ、そうだね」
深く考えすぎたようだ。
どうにも千秋ちゃんはやりづらい。
「……ワタ坊はどうなのよっ?」
夏希ちゃんがぼくを見る。
どうやらぼくの回答しだいで決まりそうだった。
「行くよ。
スキーは嫌いじゃないし」
すると春菜ちゃんも納得した様子だ。
もともと反対するつもりもなかったのかもしれないけど、
伯父さんの許可はすでに出ていることと、
みんなの賛意を確認したかったのかもしれない。
それからが大忙しだった。
さすがに冬国の姉妹たちだけあって、
自分のスキーウェアやグッズを持っていて、それはすばやく用意できた。
でも、スキー場までの足としてタクシーを春菜ちゃんが呼んだのだけれども、
なぜか今日は混み合っていた。
そして三社目でやっと捕まえることができた。
だけどいちばん大変だったのは、ぼくのスキー用品の確保だった。
「ワタ坊はお父さんのでいいよね?」
「うん。別にいいよ」
そうは応えたものの、それからがひと騒動あったのだ。
ウェアなどは伯父さんの書斎ですぐに見つかった。
だけど、別の物も見つかったのだ。
「あれ?
これむかしのアルバムじゃない?」
夏希ちゃんが本棚から家族アルバムを見つけのだ。
「あーっ、ワタ坊が写ってる。
へえ、チビでかわいいっ」
そこには五年前のぼくたちがいた。
小学校一年生だ。
お正月に親類が集まったときのもので、ぼくは坊主頭、
そして志木家の四姉妹はおかっぱ髪だった。
「いやあ、恥ずかしいわよっ」
春菜ちゃんは自分の姿を一目見て、アルバムを奪おうとするのだけど、
それを巧みに夏希ちゃん、千秋ちゃんがブロックして渡そうとしない。
「わあ、深冬もちっちゃくてかわいいね」
そんな中、マイペースに自画自賛しているのは深冬ちゃん。
「深冬ちゃんは自分がどれかわかるの?」
訊いてみた。
今現在もそうだけど、写真に写る四姉妹は実にそっくりだ。
しかもおそろいの髪型でおそろいの服を着ているのだ。
これでどうやって区別するんだろう?
「うん、わかるよお。だって自分だよ」
「は、はあ……」
頼もしくもあり、さっぱり説得力がない答えが返ってきた。
「私たち、似てるようで似ていない」
千秋ちゃんがそういい、実際に写真を指さして、誰が誰だかぴたりと当てる。
しかしそれは春菜ちゃんや夏希ちゃん、深冬ちゃんも同じようで、
間違える者がひとりもいないのだ。
「私たち、他人から見るとそっくりだから、
他人よりも余計に自分に敏感なんだと思うよ」
と、夏希ちゃん。
「それだけではない。不自由さの中にこそ自由はある」
千秋ちゃんが哲学めいたことをいう。
「なにそれ?」
尋ねると、写真を指さす。
するとそこには髪を留めるピンだった。
「なるほど、ひとりひとり色とか位置がちがうね」
「うん。思い出した。
春は桜のピンク、夏はひまわりの黄色、秋は紅葉の赤、冬は雪の白で、
みんなピンの色が違ったよね」
と、夏希ちゃん。
「これはお父さんのためだったわね。
お母さんはピンがなくても見分けが付くけど、
お父さんは亘くんのように区別がつかないから、私たち全員ピンを付けてたわよね」
しみじみと春菜ちゃんがいう。
「……深冬は今もつけてるよ。えへへ」
全員の目が深冬ちゃんに注がれる。
すると確かに額にかかる前髪を留める位置に白いピンがあった。
「フユ、あんたまだ使ってるの?
私なんてとうになくしちゃったわよ」
「だってえ、これお父さんが買ってくれたんだもん」
外見はそっくりだけど、
こういうところに性格の差が出るんだなあと思った。
それからタクシーが到着した。
予め、荷物が多いのと人数が五人と言ってあったので、クルマはワゴンタイプだった。
「兄ちゃん。
両手に花って言葉があるけど、兄ちゃんの場合はハーレムだな」
なんて冗談が上手い中年の運転手さんだった。
でも上手いのは冗談だけじゃなくて、
運転も上手で雪道の山を登るのでも車体が横滑りすることは一度もなかった。
「……うーん。
お客さんたち、今日は気をつけた方がいいかもな」
「なにがです?」
助手席のぼくは尋ねた。
すると運転手さんはじっと窓の外を見ている。
「ほら、あの左側にとんがった山があるだろ?
あれが穂先山だ。あの穂先山にうっすらと雲もがかかってる」
「ああ、本当ですね」
穂先というのがぴったりな尖った山の山頂がうっすらと霧がかっていた。
「あそこに雲があると、どんなに天気が良くても荒れるときがある。
気をつけた方がいい」
そんなアドバイスをくれたのだった。
スキー場に到着した。
そしてうれしいことに空いていた。人影がまばらにしか見えない。
真っ青な冬の透き通るような空と真っ白に積もった雪の色が目にまぶしい。
「まずはどうするの?」
スキー板を装着したぼくは、みんなに尋ねる。
「わたしとハルは上級者コースに行くから」
そう言ったのは夏希ちゃん。
さすが雪国育ちだ。
「わたしと深冬はこれ」
千秋ちゃんは手にソリを持っている。
これも雪国育ちというのだろうか?
「うーん。
……ぼくはボーゲンしかできないから、上級者コースは無理だな。
でもスキーはしたいからソリはパスさせてもらおうかな」
けっきょくひとりで初心者コースに行くことにした。
ぼくと春菜ちゃん、夏希ちゃんはリフトに向かうことにした。
どのコースに行くにもリフトに乗る必要があるからだ。
そして一方の千秋ちゃん、深冬ちゃんは居残ることになる。
ソリのコースはすぐそこだからだ。
「……穂先山に雲がある」
手を振って別れるとき、千秋ちゃんがそうつぶやいた。
すべてのコースはリフトに乗る必要がある。
そして最初に到着するのはいちばん標高が低い初心者コース。
そして次が中級者コース。最後が頂上付近の上級者コースとなっていた。
「最初はワタ坊に付き合うよ」
そう言って夏希ちゃんと春菜ちゃんも初心者コースでリフトを降りた。
「やっぱり景色がいいね」
初心者コースは広くてなだらかな下り斜面になっていた。
左右に裸の樹木があって、枝にはうっすらと雪が積もっている。
そして雪面はきらきらと朝日を反射していた。
「じゃあ、ぼくから行こうかな?」
ぼくは位置を取ると滑り始める。
板をハの字にするボーゲンなのでスピードは出ないけど、
それでも左右の景色が流れて風を感じる。
「ははは」
自然に笑い声も出る。やっぱり気持ちいい。
東京を離れてここに来て、伯父さんの家で暮らす。
良くしてくれるいとこたちばかりだけど、
やっぱりそれでもぼくなりに気を遣っていたようで、今はこの開放感がたまらない。
「来て良かった……」
不安はあった。
でもそのすべてを帳消しにしてくれるくらい、このスキーの景色とスピードはすばらしい。
しかも冬中いつでもできるのだからたまらない。
「へえ、ワタ坊、意外と上手じゃん」
ぼくの左を夏希ちゃんがすり抜ける。
「後で滑り方を教えてあげるわ」
右側を春菜ちゃんが追い越す。
ふたりとも見事なフォームだ。
さすが地元民と唸らざるを得ない。
そしてどんどん小さくなってやがて豆粒になる。
そしてぼくの前方にふたりが残したスキー跡が残っていた。
「亘くんは、もっと大胆に滑ってもいいんじゃないかしら?」
「ワタ坊、もっと前方に体重かけた方がいいよ。
安定するしスピードも出るから」
ひと滑りの後、春菜ちゃんと夏希ちゃんがそう教えてくれた。
その後も細かいアドバイスをいくつかしてくれたので、
ぼくは最初よりも安定して速く滑れるようになった。
しかしである。
ふたりともスキーウェアを着て、サングラスをかけているから、ますます区別が付きにくい。
それでも口調が違うから、どちらがどっちってわかる。
「ありがとう。
なんか自分でいうのもなんだけど、上手くなった気がする」
教わった部分に注意しながら、実際にコースを滑り直してみてそう思った。
「じゃあ、私とハルは宣言どおりに上級者コースに行くから」
「亘くん、無理はしないでね。
自己過信したスキーヤーのスキー場での事故は多いから」
そういい残すとふたりはリフトで登っていった。
ひとりになったぼくはそれから二回ほど初心者コースを滑ったけど、不満が出てきた。
「中級者コースなら大丈夫かな?」
そう思ったぼくはリフトで中級者コースに登ってみた。
「おおっ。見事な景色」
風景が一変していた。
それまでいた初心者コースだと左右の樹木しか見えなかったけど、
ここまで来ると周りの山々が見えた。どれもこれも雪をかぶってきらきら光っている。
そして眼下の景色も違う。
麓が一望できて、初心者コースで滑っている人々がごま粒みたいに見えるし、
ロッジも小さく見える。なんだか天上界にきた気分だ。
そこでぼくは滑ってみた。
やっぱり初心者コースとは違って高低差が大きくて難易度が高いから、
最初は何回も転んだ。
だけどチャレンジしていくにつれて、ミスなく滑れるようになった。
「亘くん、上手になったわね。
これじゃそろそろボーゲンは卒業かしら?」
上から滑り降りてきた春菜ちゃんが立ち止まって、そう言ってくれた。
「ワタ坊、そろそろ上に来てみれば? 風景違うよ」
その脇をすり抜けて、夏希ちゃんがそう言う。
「もう少し、ここでするよ。上はまだ怖そうだし」
そう言ってぼくはそれから休憩を挟んで一時間、中級者コースで練習を重ねたのであった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。