「うわさになりたい」第二話 そして四姉妹との食事。そして怪奇現象が起こり始める。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
思っていたよりも、記憶がいい加減だ。
居間は確かこの辺りだろうと見当を付けて行ったんだけど、行き先は応接間だった。
ここは洋室で壁には油絵の風景画がかかっている。
たぶんヨーロッパの風景だ。
そしてソファセットがあり、そこに誰かさんがいた。むろん四姉妹四分の一だ。
「なにしてんの?」
ぼくに気づいた姉妹四分の一に声をかけられた。
なんだかやば気である。
取り込み中のようで手元にあったなにかをごそごそと両手で隠している。
なにかの古い鍵とか、墨で文字が書かれた紙が入った小さな木箱とか……?。
「あ、道に迷ったんだ。居間に行きたいんだけど」
彼女の行いに気づかないふりをして、ぼくは用件だけを告げた。
だが誰かさんは警戒の姿勢のままで隠したなにかを手で押さえている。
「なにか、見た?」
「なにかって?」
表情を変えないで答えるってのに苦労した。
きっと女の子の秘密かなにかに違いないから、
見ざる聞かざる言わざるを通すに越したことはない。
「えっと、千秋ちゃん?」
「……っ」
ぎくりとされた。
顔が一瞬で青ざめる。なにか悪いことを言ったんだろうか?
「そ、そう」
当たっていた。
目の前の少女が素直にうなづいたからだ。
なぜ千秋ちゃんだと思ったのか?
それは春菜ちゃんと陽気さや、夏希ちゃんの元気さが感じられなかったからだ。
すると後は千秋ちゃんか深冬ちゃんかになる。
そして深冬ちゃんとはまだ再会していないけど、
千秋ちゃんとは一度会って口数が多い子じゃないとわかっていたし、
深冬ちゃんは体調を崩して寝ているって話だ。つまり消去方である。
「居間に行きたい?」
「うん。ご飯だって。……千秋ちゃんも行くんでしょ?」
「忘れてた」
そういうと千秋ちゃんは立ち上がる。
「忘れてたって、なにを?」
「春菜に呼ばれていたことも、夕食のことも」
……どうやら忘れっぽくて食も細い方らしい。
ぼくはそれから千秋ちゃんの後ろをぺたぺたを歩く。
板壁になっている和洋折衷の廊下には、
ところどころにぼんやりと常夜灯が点いているけど、基本的に暗い。
「よく見ると絵がいっぱい飾ってあるんだね」
「おじいさんの趣味」
また、おじいさんである。
確かにこの家の専制君主みたいな人だったから、
屋敷のそこかしこにいろんな名残が残っていてもおかしくないけど、
他界して数年たつのにまだ居座っている感じだ。
「……げっ」
なに気なしに、ぼくはその中の一枚をのぞいた。
暗がりの中の暗色の絵なので近づいて見たのである。
「な、なにこれっ?」
そこには鬼のような怪物と、すっぱだかの人間らしきものがたくさん描かれていた。
さらに見ると鬼によって手足が切断されていたり、
ぐつぐつと煮えたぎる大きな釜に入れられる順番待ちの人々とかが、
気味悪く書かれてあるのがわかる。
「地獄絵図」
ぼそっとした反応だ。
「これもおじいさん?」
「それは私の趣味」
振り返りもせずに千秋ちゃんが答えた。
どうやら暗めの趣味らしい。
なぜこんな絵を暗い廊下に飾るのが趣味なのか尋ねたかった。
だけど千秋ちゃんがぱたぱたと歩き始めたので、やめにした。
やがてというか、やっとというか、ぼくは居間に到着した。
「あら、千秋さんといっしょだったの?」
居間は洋風の長テーブルになっていた。
そこで姉妹たちが座っているところを配膳係役の春菜ちゃんが気がついて声をかけたのだ。
「うん、いっしょ」
「あ、……道に迷ったから、千秋ちゃんに着いてきたんだ」
言い訳しなくてもいいのに、なぜかぼくはこういう口調になってしまう。
それは他の姉妹たちの目もあるからだ。
「言い訳しなくてもいいのよ。
千秋さんが抜け駆けしてまで亘くんの部屋まで迎えに行くなんて誰も思わないから」
なぜだろう?
口調と笑顔はやさしいのに春菜ちゃんのセリフにはどこか怖さがある。
「ワタ坊、早く座って。今夜はごちそうだよ」
夏希ちゃんが陽気そうにいう。
「じゃ、じゃあお邪魔します」
ぼくは遠慮がちにいう。
「ここは今日から、
亘おにいちゃんの家でもあるんだよ。遠慮しなくていいよ」
そういったのは深冬ちゃんだろう。
パジャマ姿に上着を着、その上に厚手の部屋着を重ね着している。
「深冬ちゃんだよね?」
「うん、深冬だよ。わかってくれて嬉しいな」
無邪気に笑う。
「フユ、体調は?」
「うん。まだまあまあなんだけど、お腹はすいたから。
……夏希おねえちゃん、気を遣ってくれてありがとう」
深冬ちゃんは話題の中心になったことで嬉しそうに見えた。
……なるほどと思う。
夏希ちゃんが言った、かまってちゃんとはこういうことなのだろう。
「さあさあ、お話はそこまで、ご飯食べましょう。
えーと、亘くんはみんなの真向かいね」
「へ?」
疑問に思うのも無理はないと思う。
ぼくは横並びに座る四姉妹の正面と言われたのだ。
そこはぼくひとりで四人分の空間を独り占め状態なのである。
「いや、あの……。
えと、こっち側をもっとつめれば、みんなが広く使えるんじゃないかな?」
戸惑いの色を隠せずにぼくはいう。
すると夏希ちゃんが口を開く。
「ダメだよ。ワタ坊はそっち。
それが我が家の方針なんだからさ」
「方針?」
「男尊女卑。それが我が家」
手短に伝えてくれたのは千秋ちゃんだ。
なるほどと思った。
「ちょっと千秋さん?
その言い方は良くないわ。我が家の伝統と言ってくれるかしら?」
やんわりと春菜ちゃんがたしなめる。
「そうだよ。千秋おねえちゃん。
それだと亘おにいちゃんが悪いみたいだよ」
と、深冬ちゃん。
ぼくは仕方なくひとりで向かいに座ることにした。そこはもちろん上座だ。
それから料理を味わった。
「うまいっ!」
一口食べるなりぼくは感嘆の声をあげてしまった。
それもそのはずで皿に盛られたビーフシチューが絶品だったのだ。
デミグラスソースや野菜はすこぶる良い味で、舌に乗せるだけでつばが出てくる。
そしてさらにすごいのが牛肉だ。
固まりの大きさから適度の硬度があると予想して口に含むと、
おどろくことにすーっと溶けていく。これは一流の料理人の腕に匹敵する。
「ねえ、これはさっき春菜ちゃんが料理していたものなのかな?」
「そうよ。口に合うかしら?」
「合うどころじゃないよ。これは本当にごちそうだよ」
嘘偽りなくいう。
「うれしいわ。今日は亘くんのために作ったのよ」
そう春菜ちゃんが、あんまりうれしそうな笑顔になるものだから、
ぼくは居心地が悪くなる。
なぜならば、ぼくは四姉妹の真ん前に座っているので、
自然と全員の視線が集まる位置になるからだ。
するとやっぱり食べるのも行儀良くしなければと、萎縮してしまって、
なんだか味がわからない。
困ったな、と思ったときに意外な助け船が現れた。
「春菜、おかわり」
千秋ちゃんだった。
無言で食べていた千秋ちゃんは誰よりも早く食べ終えたようで、
空になった皿を春菜ちゃんに差し出していた。
「「「ええっ!」」」
急にびっくり声が重なった。
春菜ちゃんと夏希ちゃんと深冬ちゃんが動作も忘れて千秋ちゃんを見ている。
……な、なんだ?
事情も状況もわからないぼくはといえば、ぽかんとするのみだ。
「し、信じられないわ。千秋さんがおかわりするなんて」
「し、信じられない。アキが残さずに食べ終わるなんて」
「嘘みたい。千秋おねえちゃんがニンジンもタマネギも食べちゃうなんて」
三者三様の驚きだ。
なるほど、千秋ちゃんが食に関心が低く、残しがちなのが日常のようだ。
「……私、これから好き嫌いしないで食べるから」
「そうなの?
うれしいわ。……ちなみにだけど亘くんは好き嫌いあるのかしら?」
春菜ちゃんたちが一斉にぼくを見た。
「えーと、基本的にはないけど、生のトマトは苦手かな」
食べられないわけじゃないけど、
あのとろっとした部分のすっぱいのがちょっと苦手なのだ。
「……実は私も生のトマトは苦手。同志だ」
千秋ちゃんが重々しくうなずく。
「ええっ! 嘘っ。アキはトマトは大好物じゃん」
「そんなことはない。今から嫌いになった」
一瞬沈黙が来て、それから春菜ちゃんと夏希ちゃん、深冬ちゃんが大爆笑する。
それを千秋ちゃんは不思議そうに見ていた。
夜が進んだ。
体調を考えて早めに寝た深冬ちゃんを除いて、
ぼくたちはテレビを観たり、話をしたりして過ごしている。
そのときのことだ。
「そういえば誰か今朝、ぼくの家に来た?」
尋ねてみたのである。それはもちろん朝玄関にいた謎の美少女だ。
今こうして姉妹たちを見ていても、間違いなく誰かだと断言できるからだ。
だけど「初恋うんぬん」の部分はごまかした。
冗談を真に受けたと思われるのがくやしいからだ。
「知らないわ」
「うん、知らない」
「右に同じ」
しかし返ってきた反応はみな同じだった。
春菜ちゃんも夏希ちゃんも千秋ちゃんも知らないと言う。
ちなみに深冬ちゃんは除外してもいい。一日中床に伏せっていたからだ。
とにかくこんなそんなで誰もが知らないと言う。
「亘くん、私たちをからかってない?」
こんなことを逆に言われる始末だった。
でも、……あれは幻でも白昼夢でも、まして幽霊でもない。
ぼくは現実に見た。それは間違いない事実で、
そのことから割り出される回答は誰かが嘘をついているということだ。
でも、その嘘も、ぼくを含め誰にも実害がないので、まあ、良しとしよう。
そんな風に考え直すことにした。
「お風呂、準備できたけど」
その後、ちょっとだけ席を外していた夏希ちゃんが戻ってきた。
「そう? じゃあ亘くんからお先にどうぞ」
「ええっ、悪いよ」
「いいんじゃない。今夜まではワタ坊はお客さんなんだから」
そんな訳でいちばん湯となった。
ぼくは着替えを取りに行く。
主立った荷物は明日到着だけど、最低限の着替えは持っていた。
ところが、である。自室の場所がわからない。
「あれ? ……ここはさっき通ったよな」
薄暗い廊下で目印となった絵画を見てそうわかった。
それは例の千秋ちゃんの趣味である地獄絵図だ。
「うーん……」
困った。
あれこれ廊下を巡ったあげくがこれだ。
だがそこで、はたと気がつく。
「居間に行けば……」
そうなのだ。
居間に行けば、そこには春菜ちゃんたちがいる。
あの子たちにお願いすればいいだけの話だ。
カッコ悪いけど、それが最善だと気がついた。
ここからならさっき千秋ちゃんに着いていったから、なんとなくわかる。
だけど、けっこう大変だった。
最初の角を左に曲がったと記憶していたんだけど、そこはトイレだった。
そこで右に曲がって行くと、また廊下が枝分かれしていたのだ。
だけど二、三回行ったり来たりしていたら、なんとかたどり着いた訳である。
しかし、だ。
「……いない」
居間はもぬけの殻だった。
春菜ちゃんも夏希ちゃんも、そして千秋ちゃんもいなくて、
常夜灯だけがぼんやり灯っているだけだったのだ。
絶体絶命。そう思った。
いや、大声で叫べば誰かは来てくれるだろう。
だけどそれは思いっきり恥ずかしいので、最後の最後の手段にしたい。
そのときひらめいた。
「玄関ならわかるか」
そうなのだ。玄関ならばさっきからなんども行き着いている。
そして玄関ならばそこから外に出て、庭を回って離れに行けばいい。
ぼくの自室の離れは母屋とは独立しているので、見間違うわけがないのだ。
そういう訳でぼくは玄関に行き着くと靴を履き、外に出た。
雪はやんでいた。
「うわあっ」
空を見上げたとき、思わず声を上げてしまった。
星空だ。
ものすごい星の数々。
星々は空の隅々まできらきらと埋め尽くしていて、闇空が青く感じるほどだ。
「すげえ、星座がぜんぜんわかんない……」
星の数が圧倒的すぎるのだ。
そのため見慣れたはずの冬の代表的な星座でさえ見つけるのが簡単じゃない。
「あ、……あれがオリオン座の三つ星か。
とすると、あれのV字型が牡牛座で、あれが昴。なるほどわかった」
ひとつの星座を見つけると、次々と位置がわかる。
それにしても夜空の星がこんなにも明るくて数が多いとは知らなかった。
そしてである。
ぼくは星に一段落をつけると、離れを探すことにした。
まずは門に向かって左に行く。そして母屋の最初の角を曲がると池が見えた。
夜なので鯉は見えないが、見事な錦鯉が群れを成していたはずなのを思い出す。
池に沿って進むと朱塗りの橋がある。
これは池の中にある大岩に向かっているだけなので、
今は渡る必要はないけど位置関係をつかむのに助かる。
足元の雪だけど、ところどころ固いところと柔らかいところがあった。
固いところは以前から積もっていたところで根雪というらしい。
そしてやわらかいところが新雪だ。
もちろん通路は除雪されていたんだろうから、ぼくが歩くのは新雪のところとなる。
やがて次の角を抜けた。
すると暗闇の中からぼんやりと家屋の形が見えてきた。
まだ母屋に半分隠れているけど、たぶん離れだ。
そして一歩一歩近づくにつれて、それが正しいことがわかった。
「……あれ?」
足元を見たときである。
周りは闇だけど、
雪があることや電灯を灯した石灯籠がいくつかあることで、わりと明るい。
そんな中、ぼく以外の足跡を見つけたのだ。
「向こうからこっちに来てる……?」
どうもそうらしい。
つま先とかかとの形から離れからこちらに向かって歩いて付いた足跡なのだ。
「誰だろう?」
渡り廊下なら家族の誰でも歩くだろうけど、ここは庭なのだ。
寒いし雪もある。
ぼくみたいに道に迷うなんて考えられないから、まったく足跡の持ち主に見当が付かない。
ぼくは怪訝に思って足跡を追うことにした。
そして二、三分はたったと思う。
足跡が奥まった渡り廊下のひとつの前で消えているのがわかった。
つまり濡れ縁から廊下に上がったのだ。
そのときだった。
ギシギシと奥の方から足音が聞こえてきたのである。見ると人影がいた。
「……っ!」
下半身は白袴、そして上半身は白い道着。
だけど肝心の頭の部分は渡り廊下の屋根の影に入って見えない。
だから正体は不明だ。
「……や、槍?」
なにか手に長いものをもっていた。
それが槍かどうかはわからないけど、
着ている格好から想像して武道で使う武器には違いないだろう。
だけど竹刀や木刀にしては長すぎる。
やがて影の人物は廊下の角を曲がり、向こうへと消えてしまった。
「……お、追う? ……あ、そうだった。風呂だ」
いきなり思い出した。
ぼくは風呂に入れって言われていたのだ。
そしてここにこうしているのも母屋の中だと道に迷うから、
庭に出ただけで、離れの自室へと向かう途中だと気がついたのである。
人影の正体にいくぶん後ろ髪を引かれる思いながらも、
ぼくは自室へと向かった。
「あれ、地図?」
自室へ入ったときである。
座卓の上に屋敷の見取り図が置いてあったのだ。
おそらくぼくがまだ不慣れなのを知って、用意してくれたのに違いない。
地図は手書きでかわいらしい文字で書かれていることから、
四姉妹の誰かが書いてくれたんだろうとわかった。
そのときだった。
「……な、ない」
ふと見上げた視線の先にあるべきものがなかったのだ。
それは槍だった。
亡くなったこの屋敷のおじいさんの形見で、
三メートルの長さがあり、重さも相当あるあれだ。
「……だとすると、さっきの人が持っていたのは、やっぱり槍?」
ぼくは腕組みをする。
このことは由々しきことなのだろうかどうか考えたのである。
「でも家族の誰かだよな」
そう結論してみる。
他人がわざわざ見つかる恐れを犯してまで屋敷に侵入して槍を持ち出すとは思えない。
それにさっきの人物は外へと逃亡するのではなく、屋敷の中へ入ったのだ。
だとすると、家族の誰かが必要があって持ち出したと考えるのがふつうだ。
もしかしてこの見取り図を書いてくれた姉妹の誰かかも知れないのだ。
「まあ、いいや。風呂、風呂」
ぼくは思考を切り替えて着替えを準備すると地図を持って風呂場へと向かったのであった。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「生忌物倶楽部」連載中
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み
「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
も、よろしくお願いいたします。