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「うわさになりたい」第一話 そして僕は超絶美少女たちが待つ屋敷へと向かう。

【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】



 


 第一話 「うわさになりたい」

------------------------------------


 ぼくは霊感が強いらしい。

 初めて霊的なものを見たのは、おばあちゃんのお葬式で、

 ぼくに手を振るおばあちゃんの姿がわかったし、

 その後もなんどか説明できないような不思議な体験している。




 だけど今回のは説明がつかない。

 それくらい驚いたのだ。時は冬休み。お正月が終わった頃だ。




 ぼくが玄関を開けたときである。

 そこに見知らぬ美少女が立っていたのだ。超絶な美少女だ。




『会いに来ました』




 少女はボードを持っていて、そこにはそう書かれてある。

 それをぼくが声を上げて読んだ。だけど少女はロボットのように表情を変えない。

 もちろんなにも言わない。




「……は?」




 いや、書かれている内容や、少女がしゃべらないことは取り急ぎ重要じゃない。

 この女の子がなんのために、ぼくの家の玄関先にいるのかが重要なのだ。




 少女はボア付き純白のワンピースを着ていて、年齢はぼくと同じ六年生くらいで、

 背はふつうで髪の毛は真っ黒で長い。

 小顔で目が大きくて、そこらじゃ見かけないくらいにクオリティが高い。




 そんな容姿で見知らぬ女の子が玄関に立っていたのだ。




『あなたは初恋の人なのです』




 少女がボードをめくると二枚目にはそう書かれてあった。

 ぼくが読み上げると無表情から極上のスマイルへと変化した。

 思わずドキリとしてしまう。




 その笑顔はまぶしくて直視できないくらい。でもしゃべらない。




「え、ええっ……?」




 意味がさっぱりわからない。思わず目をぱちくりさせてしまう。

 けれど、その女の子は、まるでぼくの反応には感心などかまったくなかったようで、

 くるりと背を向けると駅の方角へと駆け足で去って行ってしまったのだ。





「いたずらかな……?」




 だとしたらたちが悪い。でも思い当たる相手や対象がまったく浮かばない。

 クラスにも、いや学校にもあんな美少女はいないし、知らない。

 もちろん近所でも見かけたことがない。




 だから幽霊かとも考えたけど、霊が現れるような場所じゃないし、

 なによりも生身の存在としか思えないくらい生々しかった。




 それからしばらくぼくは考え込んだまま、そこに立っていたんだけど、

 やがて大事な用事を思い出した。

 そう、今日はひとりで旅に出るのだ。


 でも、旅と言ってもそこは伯母さんの家で、

 ぼくはそこで残りの冬休みすべて宿泊するのだった。





 それから半日後。

 列車に乗って、特急に乗り換えて、やっとぼくは目的地に到着した。




 旅の途中から降りだしていた雪はここではずっと前からだったようで、

 プラットホームに降り立ったぼくの靴はずぶりと新雪に埋まる。




「寒いっ……」




 マフラーを巻き直して、歩き出す。




瀬川(せがわ)(わたる)さんですか?」




 改札を抜けたぼくに制服姿の男性が声をかけてきた。

 タクシーの運転手さんだ。にこにこ顔の人柄が良さそうな人物だった。




「はい?」




志木(しき)家より迎えに上がりました」




「あ、ああ。わかりました。よろしくお願いいたします」




「寒かったでしょう。さあ早くクルマに乗ってください」




「お邪魔しま……す」




 ドアの中には先客がいる。

 長い黒髪が視線を手にしていたトランプのようなカードから、ぼくに移したのだ。




 瞬間、ドキリとした。

 似ていた。

 服装は違うけど、今朝ぼくの家の前で謎の発言をした女の子にそっくりなのだ。




「……あ、えと」




 別人だろうな。他人のそら似ってやつだと思うことにした。




(わたる)?」




 突然、ぼくの名前を呼ばれた。




「あ、うん……」




 そこで思い出す。

 この子はいとこだ。伯父さんのところにはぼくと同い年のいとこがいる。

 みんな女の子だ。




「えっと、誰ちゃん?」




「……千秋(ちあき)




 え、千秋ちゃん? 

 ……変わっていた。前にあったときは三年くらい前で、髪は短くて活発な性格だったはずだ。

 だけど今は物憂げで、首を傾け流し目でぼくをちらりと見ただけなのだ。




 タクシーは走り出す。




「千秋ちゃんはトランプが好きなの?」




 あれからまったく口を開かずにトランプカードの(ふだ)をいじくっている千秋ちゃんが、

 実は久しぶりにぼくと会ったので、

人見知りというか、緊張しているのかと思って、気さくに話しかけた。




「トランプ? 違う」




 ぼそっとした回答。




「これはタロットカード。占いに使う」




 千秋ちゃんは絵札をぼくに突きつけた。

 そこにはピエロのような格好をした人が書かれていた。だけど意味も名前もまったくわからない。




「ごめん。……なにがなんだか、さっぱりわからない」




 すると千秋ちゃんはぼくをまっすぐに見、ため息をつく。

 どうやらあきれられたようだけど、きれいな顔だった。


 全体は小作りなのに目がとても大きい。そして睫毛もびっくりするくらい長かった。

 伯母さんが美人なので、明らかに伯母さん似だ。




「さっき、亘にこの後に起こる出来事を占っていた」




 なんだか回答が気になるというか、結果が怖いというか複雑な気持ちになった。




「亘には女難が待っていると占った」




「ジョナン? なにそれ?」




「女難とは、女の人のことで苦労すること」




「は……?」




 まったく言わんとする意味がわからない。

 突然、千秋ちゃんがその目をすぼめる。にらまれた感じだ。




「な、なに?」




 すると千秋ちゃんはそれには応えずに、静かに黙り込んだ。




「……ふーん。そういう意味か」




 なにか納得した顔付きになる。

 だけど視線をタロットカードに戻し、それっきり口を開いてくれない。




 車内のラジオからは、ボリュームが小さめで演歌が流れている。

 それがなぜか外の寒々しい風景ととてもよく似合っていた。




「ねえ、そのタロットカードって当たるの? 

 ぼく、そういうのよく知らないから」




 ちょっと無遠慮かと思ったけど、訊いてみた。

 なにか会話をしなくちゃと思ったからだ。




「当たることもある」




 ぼそっと返事があった。




「お父さん、昨日から出張でカナダに行ってる。

 これは以前に当てた。お父さんが近いうちに家を出ると占った」




「へえ、すごいね。ちゃんと当たるんだ」




「でも、当たらないこともある。

 お母さんが親戚のお葬式で遠くに出かけている。これは当たらなかった」




「そうなの?」




「そう。だから今、家に大人はいない」




「ちょっと待って。……どういう意味?」




 伯父さんが出張に行っているというのは、ぼくのお母さんから聞いていた。

 だけど伯母さんのお葬式の件は初耳だ。




「昨日連絡があった。

 お母さんは南の方の小さい島で生まれた。

 その島には船でしか行けないから、何日も帰ってこない」




「だ、大丈夫なの? ぼくがそんなときに押し掛けて?」




「問題ない。

 今までも両親で旅行に行ったりして、不在は慣れてる」




 そう言うのである。

 ……いるのは小学生だけか。ちょっと考えさせられる。

 だけどまあ心配ないんだろう、と思うことにした。




 伯父さんの家に到着したときは、すっかり日が暮れていた。

 辺りは暗くなったけど、雪できらきらと明るい。




 ちなみに伯父さんの家は大きい。

 それもそのはずで家は相当の資産家なのだ。

 だから敷地も屋敷も東京では考えられないくらい大きい。


 庭なんて野球がかんたんにできるくらい広いし、

 母屋の面積は鉄筋マンションが建てられるくらいある。




 造りは和風。

 百年くらい前に建てられたもので、黒い瓦屋根が幾層にも重なった立派な造りのものだ。

 だから庭も松や岩が配置された和風庭園になっている。




「わあ、亘くん、久しぶりね」




 出迎えてくれたのは、いとこのひとりだ。

 長い髪をポニーテールでしばってエプロン姿だった。


 やっぱりドキリとしてしまう。

 考えてみれば伯母さんがあれだけ美人なんだから、

 いとこたちが美少女になるのは自然の道理なのだ。




「えと、……誰ちゃん?」




「いやあねえ、春菜はるなよ、春菜」




 笑顔満面なのは長女の春菜ちゃんだった。

 春菜ちゃんも千秋ちゃん同様にすっかり変わっていた。




 だけどその外見の変わり方が千秋ちゃんとまったく同じなので区別がつかない。

つまり千秋ちゃんそっくりで超絶美人なのだ。




「さあさあ、上がって。

 寒かったでしょ? お風呂にする、それとも食事? それとも、……うふふ」




 なんだか春菜ちゃんは新婚のお嫁さんみたいになっている。




「あ、とりあえず、楽な格好に着替えたいな」




「そうね。じゃあお部屋に案内するわ。

 私は今、料理の最中だから、千秋さんが行ってくれる」




 春菜ちゃんが自分そっくりの千秋ちゃんに言う。

 すると千秋ちゃんは靴を脱ぎながら答える。




「嫌」




「あら、どうしてかしら?」




「男の部屋に入るのは……危険」




「バカねえ、亘くんはいとこよ」




 すると千秋ちゃんは春菜ちゃんに返事をせずに、

 廊下を左に曲がって姿を消した。




「あの子は困った子なのよ。

 難しい性格で、なにを考えているのか姉の私でもわからなくなるときが多いのよ」




 あきれたように同い年の妹を評している。




「じゃあ、夏希(なつき)さんに頼もうかしら? 

 深冬(みふゆ)さんは体調崩して寝ちゃってるから」




 そう言った。




「夏希さんっ、夏希さんっ。ちょっと玄関まで来て」




 春菜ちゃんは奥に向かって大きな声をあげた。

 だけどしばらくたっても返事はない。

 屋敷は広いので、しーんとした無反応が余計に強く感じられる。




「……おかしいわね。寝ているのかしら?」




 すると左の廊下から声がある。




「夏希は電話。長電話」




「そうなの? ありがとう千秋さん。

 ……じゃあ、仕方ない。私でいい?」




「あ、うん、……別にいいけど」




 そう答えると、春菜ちゃんは、フムと発してぼくのバッグを持とうとした。




「いいよ、重いから」




「亘くんは今日までお客さん。明日から家族だから」




 なんとも嬉しいような、温かいような言葉が返ってきた。




 それからしばらくぼくは、春菜ちゃんの揺れるポニテの髪の毛を見ながら廊下を歩いた。

 小さいときの記憶どおりの広い屋敷だ。

 廊下の角をいくつもいくつも曲がって、

 渡り廊下を歩いて母屋から少し距離ある部屋に到着した。




「離れの方が気が楽って言ってたでしょ? だからここにしたの」




「ここって? あれ? そう言えば」




 古い記憶がよみがえってくる。

 ここは意識して近づかないでいた場所だ。あんまり楽しいところじゃなかったはずだった。




「そうよ。

 おじいさんの書斎だったとこ。でももう使ってないし」




 なるほどと納得した。おじいさんは数年前に亡くなっている。

 だから使う必要がないんだろう。




「怖いおじいさんだったけど、今はもういい思い出ばかり。

 変ね、人の気持ちって」




「うん、確かにおっかないおじいさんだった。

 ぼくなんか、この部屋に無断で入ろうとしたら、げんこつで殴られたよ」




「うふふ。おじいさんらしい」




 春菜ちゃんが笑ったので、ぼくもつられて笑ってしまった。




 春菜ちゃんたちの父方の祖父は、それはそれは厳格のお手本のような男で、

 小柄でやせ形で頭はきれいにはげあがっていたけど、鼻の下と顎に立派なひげを蓄えていた。




 そしていつもムッとした不機嫌そうな顔ばかりしていて、

 庭園でよく槍の練習をしていたことを思い出す。




「あら、その槍ならその部屋に残ってるわよ」




 ぼくが思い出話を披露すると春菜ちゃんがそう言う。

 おじいさんの遺品は基本的にはそのまま残しているらしい。

 置き場所に困らないこの屋敷ならではの行いだと思った。




「どうぞ、なにもなくて殺風景だと思うけど」




 離れに通された。

 するとそこは、畳敷き二十畳はある大きな部屋になっていた。




 中央には座卓があり、壁際には床の間がある。

 そしてうれしいことに暖房が効いている。たぶん事前に準備してくれたんだろう。




「亘くん、荷物はずいぶん少ないようだけど、他にはないのかしら?」




「今はね。明日、宅配便で届くよ」




 春菜ちゃんはうなずくとぼくのバッグを部屋の隅に置いた。




「そういえばだけど、あれが槍よ」




 春菜ちゃんが指さす先、

 ……隣にある寝室に通じるふすまの上に長々として黒塗りの槍があった。

 穂先には鞘があり、逆に見えないことで刃先の鋭さを感じさせる。




「けっこう長いんだね」




 それはどう見ても三メートル以上はある。

 そしてその分握りも太く、簡単には扱えそうに思えない。




「ホントね。

 今から思えば、おじいさんはよくあんなの振り回していたわ」




 それからぼくたちは口を開くこともなく、

 しばらく槍を見上げていた。




「……ねえ、亘くん、あれ持ってみる?」




「あれって、槍のこと?」




「そうよ。

 あれ、重いけど、もう持てるんじゃないかしら? 

 私たち六年生になったんだし」




 そういうと春菜ちゃんは真下のふすまを開けて、

 寝室から踏み台を持ってきた。古びた木製のものだ。




「と、届くかな? あ、届いた」




 そう言って春菜ちゃんは槍を握ると受け金具から持ち上げた。




「うそ、重いっ」




 ――いきなりだった。

 予想以上の重量だったようで、春菜ちゃんが踏み台の上でバランスを崩したのだ。




「き、きゃああっ」




「うわっ」




 とっさだった。

 両手を伸ばし、春菜ちゃんの身体に手を回す。

 するとちょうど尻餅をつく形で春菜ちゃんがぼくに後ろ向きでのしかかかってきた。




「あ、痛っ」




 どすんとした音と共にぼくたちは畳みに落ちた。

 思わず目をつぶってしまった。




「わ、亘くん、大丈夫?」




「……あ、ああ。平気。

 ……って、うわあああっ」




 今度はぼくが悲鳴をあげる番だった。

 どこがどうなってこうなったのかわからないけど、

 ぼくは下から春菜ちゃんのその柔らかい身体を抱きしめる形になっていたのだった。

 途端に甘い香りがぼくの鼻をくすぐる。これはシャンプーの香りか……?




「ありがとう。

 亘くんが受け止めてくれたから怪我しなかったわ」




 そう言った春菜ちゃんはその大きな目の片方を閉じてウインクする。

 するとなぜかぼくはドキンとしてしまい、

 いっそう春菜ちゃんを力強く抱きしめる形になってしまったのだ。




 ぼくと春菜ちゃん。

 顔と顔。距離は二十センチ。春菜ちゃんの瞳にぼくが映っている。




 ――そのときだった。




「ちょっと、なんの騒ぎよっ。

 ……っていうか、……えーっ! ……ま、まずいんじゃないの、そ、それは……」




 声に見上げるとそこに千秋ちゃんが立っていた。

 手にはスマホを持っている。




「ちょっと、離れなさいよっ、ワタ坊っ!」




 千秋ちゃんはスマホを放り出すと、ぼくの手を掴んで引っ張る。

 力一杯引っ張る。

 だけと上には春菜ちゃんが乗っかったままなので、わずかにずるりと動くだけ。




「い、痛い、痛い、痛い」




 悲鳴をあげる。

 本当に痛い。腕がちぎれるかと思うほどの力だ。




「ちょっと、ハルもハルよ。どきなさいってばっ」




 うながされて春菜ちゃんが立ち上がる。

 するとぼくも拷問から解放された。




「痛いよ。ちょっとは加減してくれよ」




「うふふ。私が悪ノリしたからね。ごめんね、亘くん」




 ちっとも反省してないノリで春菜ちゃんが助け船を出す。

 そして舌の先をぺろりと出しているので説得力に欠けるのだ。




「いったいなんで、そんなことしてたのよ?」




 千秋ちゃんが両手を腰に沿えて尋ねる。




「槍だよ」




 ぼくが畳みの上に転がっている黒槍を指さす。




「槍? 槍でなにをしようとしたのよ? 

 ……ま、まさかそれでハルをぐさりと?」




「ど、どういう推理だよっ。

 ただ、おじいさんの思い出話が出たんで、触ってみようって話になっただけだよ」




「それがどうしてハグになる?」




 千秋ちゃんが半信半疑の目で、じとっとぼくを見る。




「違うわよ。私が取ろうとしてバランスを崩しただけ。

 それを亘くんが受け止めてくれたのよ」




「ふーん、

 ……ま、いいや」




 納得したのかしないのか。

 でもここには転がった槍と倒れた踏み台という立派な物的証拠がある。




「ねえ、ハル。……どうなのよ?」




 疑いのまなざし。




「あー、そういえば、

 お鍋、火にかけっぱなしだから、私行くわね」




 突然思い出したかのように春菜ちゃんが言う。

 そしてぼくにバイバイすると廊下をすたすたと歩いて姿を消してしまった。

 なんだかとぼけてごまかしたような印象だ。




「それはそうと」




 千秋ちゃんがかがんだ。

 そして足元の槍をひょいと手にする。

 そしてそれをぐるぐると回して突然ぼくに突きつけたのだ。




 ヒュンと風切り音もする。

 もちろん鞘はついているけど怖いことに違いはない。




 ……それにしても、なんたる馬鹿力。




「な、な、ななな……っ」




「どうなのよ? いったい?」




「な、なにが……?」




 額に汗が浮かぶ。間違いなく冷や汗だ。




「本当にハルが言った通りなの? 

 ……そ、れ、と、も、ワタ坊が押し倒したの?」




「ま、まさか、

 ……誤解だよっ。千秋(ちあき)ちゃんっ!」




 するといきなり千秋ちゃんの目がすぼまる。

 なにか飢えた猛獣と視線が合ったように怖気を感じた。




「ど、どうしたの?」




「い、今、なんて言った? 

 もう一度言ってくれる?」




 言葉はていねいだけど、なぜか怖い。

 穂先がぷるぷる震えているのも怖い。




「えー、えーとだから、誤解だよ、千秋ちゃん」




「だ、れ、が、千秋だってえっ?」




 槍がシュンと繰り出される。

 すると勢いで鞘がはずれ、鈍く光る刃先が見えた。冷たい鉄の光だ。




「え、え、え、……じゃ、じゃあ、誰ちゃん?」




「見てわかんない?」




 わかるかっ! 

 ……さっきまでいた春菜ちゃんとクルマでいっしょだった千秋ちゃんだって、

 区別がつかないのだ。




 あと二人いる姉妹の誰かなんて……。あ、あれ?

 そこで玄関先での会話を思い出す。




『……夏希は電話してたよ。長電話……』




 ホンモノの千秋ちゃんが言ったセリフだ。

 だとするとさっきスマホを持ってやって来たこの子は……。




夏希(なつき)ちゃん?」




 すると目の前の女の子はやっと笑顔を見せてくれた。




「そうよっ、

 やっとわかったようね」




 ホッ……。安堵のため息が出た。

 穂先がぼくからはずされたからだ。




「それにしても、夏希ちゃんたち、そっくり過ぎ。

 いくら四つ子でもこれくらいのトシになれば、ふつうはちょっとは似てないと思うよ」




 本心からの発言だ。

 確かに幼少の頃はそっくりでもおかしくない。

 だって親が同じ服を着せて、同じ髪型にさせたがるだろうからだ。




 だけど、小学六年生にもなって同じ髪、同じような服装ってのは異常じゃないか?




「似てる? どこが? ぜんぜん違うでしょ」




 それから夏希ちゃんは、自分たち四姉妹が異なるかを強調する。

 だけどそれは性格の話であって外見に関してではなかった。




 まあ、夏希ちゃんが激高しやすい性格だとわかったから、

 これは突っ込まないでおこうと思う。




「……それにしてもだけど、助かったよ」




 話が一段落着いたので、ぼくは話題を変える。




「って、なに?」




「ああ、さっきのこと。

 夏希ちゃんが来てくれなければ、どうしようかと思ってたよ」




「だから、なにが?」




 どうも夏希ちゃんは察しが悪い子のようだ。仕方ない。




「えと、春菜ちゃんとのことだよ。

 あのときぼくはどうにもびっくりしちゃって、

 春菜ちゃんから離れなきゃって思いつつも動けなかったんだ」




 ぼくは感謝の心で素直に頭を下げた。

 すると夏希ちゃんが目をまん丸にした。そして顔が真っ赤になる。




「や、やめてよねっ。

 べ、別にワタ坊を助けるためにきたわけじゃないんだからねっ」




 そう言い放つと夏希ちゃんは、

 くるりと背を向けて、落ちていたスマホを拾う。

 そして部屋を出た。だけどそこで一度振り返った。




「……で、でもね、気をつけて。

 ハルに取ってワタ坊は()()()()()だから」




「……は?」




 だけどぼくの質問には夏希ちゃんは答えなかった。

 そして今度こそ本当に渡り廊下を歩いて行ってしまった。




 ぼくはひとり残された。

 辺りは静かでエアコンの暖房の音が静かにブーンと鳴っているだけだった。




 そのときぼくの頭に浮かんだのは自宅前で出会った少女とそのメッセージだ。

 ……『()()()()()()()()()()()()』……。そんな文章だったはずだ。




「……ま、まさか」




 首を振る。

 春菜ちゃんはあのときの少女とは確かに似ている。いや、そっくりだ。




 だけどなにかが違う。

 そのなにかにいろいろ思いを巡らせる。そして結論がでる。




 ……愛嬌が違う。

 そうなのだ。あの少女は確かに感情を消していた。

 だが春菜ちゃんの愛嬌、つまり人なつっこさは隠せるものなのだろうか?




「え? ……でも、そもそもなぜ?」




 ぼくは更に思考を巡らす。

 あの少女がこの家の姉妹そっくりなのは間違いない。




 おそらくたぶん四姉妹のうちの誰かだろう。

 だけど、なぜあんな手の込んだいたずらをしたのかがわからないのだ。




 ぼくの家に来るまでには、相当時間もかかるし、お金もかかる。

 だからそこまでして実行された犯行だけど、

 犯人側にとってメリットがわからない、感じられない。




「う、うーん……」




 考えはいよいよ深みにはまりそうだった。




 そのときである。

 渡り廊下に足音が聞こえた。




 ひとりだ。取り立てて遠慮も警戒もしていない様子から、家の誰かだろう。

 その誰かはぼくを呼んだ。




「はい」




 返事をすると誰かが姿を現した。

 いや、誰かというのは正しくない。四姉妹のうちの誰かだ。




「えと、誰ちゃん?」




「夏希だよ。もう、ちゃんと早く見極められるようになってよねっ」




「んなこと言ったって」




「さっきと服が同じでしょ? 

 まさかワタ坊は私たち全員がいつも同じ格好をしてると思ってるの?」




「いや、そうとは思ってないけど、

 間違ったら悪いと考えちゃうと、余計に見極めがむずかしくなるんだ」




「じゃあ、当てずっぽうで言ってみれば?」




「確率は四分の一だね。

 勝率の悪い賭けだよ。

 それに間違った相手が春菜ちゃんならいいけど、夏希ちゃんだったら怖そうだ」




 すると夏希ちゃんはニヤリと笑う。




「よくわかってんじゃん」




 やっぱり激高しやすい性質のようだ。

 要注意である。

 だけどそう思ったときに、ふとひらめいた。




「ああ、そうだ。じゃあ誰かわからないときは、

 まず、夏希ちゃん? って尋ねればいいんだ」




 すると夏希ちゃんは、首を振って大きく息を吐いた。




「それ、一見、名案だけどダメ」




「どうして?」




「相手がハルなら笑って許してくれるよ。おっとり屋さんだから。

 ……だけど、他はそうはいかない」




「ちなみに?」




 すると夏希ちゃんは口元をニヤリと引き締める。




「ちなみに、アキだった場合は口をきいてくれないよ」




「千秋ちゃんって、そうなんだ?」




「アキはメンヘラだからね。粘着質でしつこいよ」




「ふーん。で、深冬ちゃんの場合は?」




「泣くね」




「げ……」




「フユは泣き虫で甘ったれの永遠の末っ子だから、

 いくつになっても愛情が常に()()()()()に向いてないと泣くよ」







「むずかしいね」




「めんどくさい性格なのよ」




「ふーん。

 ……あ、ちなみついでなんだけど、肝心の夏希ちゃんはどういう性格?」




「へ、私?」




「うん、夏希ちゃん」




 すると夏希ちゃんは考え顔になる。

 小首を傾げて、顎先に細い小指を当てて天井を見上げていた。

 だがやがて、顔が耳まで真っ赤になる。




「べ、別にいいじゃないっ」




「照れ屋さん?」




「ち、違うわよっ。

 ……うー。姉妹(きょうだい)のこと、紹介してあげたんだから感謝しなさいよねっ」




 それだけ告げると、大股になって夏希ちゃんは部屋を出て行った。




「……あれ?」




 そこで気づく。夏希ちゃんはなんか用事があって来たんじゃないだろうかと。

 すると向こうも気づいたようで、ふすま越しに声がかかる。




「そういえばだけど、食事そろそろだから、

 居間に来てって言われたから、呼びに来たんだからねっ。勘違いしないでよねっ」




 なるほど、そういうことか。

 納得した。

 夏希ちゃんは素直じゃない子なんだ。つまりツンデレさんらしいのがわかった。




 


よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「生忌物倶楽部」連載中


「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」完結済み

「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」完結済み

「墓場でdabada」完結済み 

「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み

「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み

「空から来たりて杖を振る」完結済み

「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み

「こころのこりエンドレス」完結済み

「沈黙のシスターとその戒律」完結済み


 も、よろしくお願いいたします。


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