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2話:朝起きて、そこにあるのは、臭い足、苛つく俺は、倍返しだ!!(後)1


 最悪の寝覚めだ。

 起きれば頬に涼太(バカ)の臭い足が擦り付けられている。

 とりあえず暢気な寝顔を見せるこのバカには大島隊長の脱がせたばっかりの新鮮な靴下を鼻の近くに置いておいてやろう。

 さぞ、いい夢が見れることだろう。


 背伸びをし、部屋の窓を覆うカーテンを開く。

 雲に隠れていた太陽が荒廃と化した都市に光をもたらしていく。

「……今日が何事もなく終わりますように……」

 そんな儚い希望を胸に、俺は部屋を出た。


 昨日の夕方五時頃に到着したこの場所は、東京にある高校を使った難民キャンプだった。

 少し前に、彼らの使っていた大学が大量のゾンビによって襲撃され、夜中で多くの者が眠っていたこともあり、苦戦。

 お年寄りによる自爆特攻や、拠点を捨てるという苦渋の選択をしながら大規模な移動を行ったそうだ。

 だが、ゾンビ襲撃のリスクはそれだけじゃなかった。

 食糧問題や、ゾンビウイルスの感染。

 様々な問題を乗り越え、彼らはとうとう他の大学を頼るしかないという状況になってしまう。

 元々居た千人規模の大きなグループも、今では百人にも満たない。

 その多くは十代の子どもで、なかには幼児に分類される子どもも居た。

 残った大人と呼べる人物も二十五歳が最年長。

 全体を仕切っていた者も感染し、このままでは滅亡の一途を辿るだけの状況になっていた。


「ねぇねぇお兄ちゃん、私達、助かるの?」

 校庭で軽く体を動かしていると、いつの間にか校庭に入っていた小学校低学年くらいの女の子が話しかけてきた。

 俺はとりあえず足を止め、彼女の元に近寄る。

「大丈夫。お兄ちゃん達が助けにきたからね」

 彼女の頭を撫でようとした瞬間、彼女は怯えるような眼差しでこっちを見てきた。

 それは、かつて身をもって受けたトラウマを見ているかのような表情だった。

「……ごめん……怯えさせちゃったね……」

 彼女の柔らかい頬に触れる。彼女は一瞬ビクッとなる。

「大丈夫、お兄ちゃん達が絶対にお化けから守ってあげるからね」

 そう言うと、彼女は我慢していた涙を流し、大声で泣き叫びながら、俺の体に抱きついてきた。そんな彼女が安心してもらえるよう、俺はそっと、彼女の体を抱き締めた。


 泣き疲れて眠った女の子を背負い、俺はとりあえず校舎の中に戻る。

「おやおや、朝から女の子を泣かせるなんて、誠くんも罪な男だね~」

 廊下を歩いている最中、いきなり背中に声をかけられ、俺は立ち止まって背後を確認した。

 そこにいたのは、コーヒーを片手にした吉乃さんだった。

「……見てたんですか?」

「偶然ね。泣き声を聞いて向かってみたら君がその子と抱き合っているのを見かけたって訳さ」

「……言い方どうにかなりません?」

 俺が呆れながらそう言うと、彼女はコーヒーに口をつけた。

「まぁとにかく、朝とはいえ外で大声を出させるのは感心しないな。ここは防御壁がしっかりしていたうちの大学とは違うんだよ? もう少し危機感を持ちなさい」

 急に真剣な表情で怒られると調子が狂うが、そこら辺の配慮が足りなかったのは事実な訳で、俺は彼女に向かって頭を下げた。

「すみませんでした。以後、気をつけます」

「よろしい」

 その謝罪に気をよくしたのか、彼女はあっさりと許してくれた。

「ところでさ、誠くん。例の少女について話がしたいからさ、その子を戻したらこっちに来てくれないかな?」

「わかりました、吉乃さん」

 俺がそう答えると、彼女はあからさまに溜め息を吐いた。

「相変わらず堅苦しいな。他の人目も無いんだし、昔みたいに吉乃姉(よしのねえ)って呼んでくれても……」

「えっ、恥ずかしいから嫌なんだけど……」

 そう言った瞬間、彼女は膝から崩れ落ち、空になったカップが転がる。

(……これは面倒そうだな、よし、さっさと行くか)

 そう結論を出した俺は、ぶつぶつとなにかを言っている彼女を無視して背負ったままの女の子を届けることにした。

「およよ……昔はあんなに可愛かったというのに……いつも二人で私の後ろをついて来て……本当にあの頃は……ってあれ? ……あいつ逃げたな!!」


 女の子を部屋まで連れていった俺は軽く後悔していた。

 絶対に長くなると思って放置したが、よくよく考えてみれば、すぐに会うんだからその行為って愚策もいいところなんじゃと思い始めたのだ。

 昨日の少女も気になるが、体が行くのを拒否している。

「行きたくねぇなぁ……」

「……あれ? 誠じゃないか? どうしたんだ、そんなところで?」

 後ろから声をかけられる。それが涼太のものであるということはすぐにわかった。

「いやさ、実はさっき……って、おい!! お前こそどうした!!」

 俺が振り向くと、そこには床で体育座りをしている涼太がいた。その顔に活力の類いは見受けられない。

「いやな……なんか今日さ、変な夢を見たんだ……」

「……夢?」

 いつになく元気のない涼太の声は、聞いてるこっちが滅入ってくる。

「最初はさ、俺の剣でゾンビ共をばったばったと倒して女の子からキャーキャー言われる夢だったんだよ……そんで女の子達が抱きついてきた瞬間、全員むさいおっさんになったんだ……」

「……夢とはいえ、それは災難だったな……」

「それだけじゃないんだ……」

「というと?」

「なんか朝起きたら……あの大島隊長のくっせぇ靴下が俺の口元にあったんだ……俺さ、夢の中で女の子とキスしたんだけど……俺の初キスはもしかして……」

 死んだ魚のような目でそんなことを言い始めた涼太の肩を俺は掴んだ。

「考えるな! それ以上考えたら死にたくなるぞ! 大丈夫! 俺が見た時はそこまでいってなかったから!!」

 そう言ったものの、内心笑うのを堪えるので精一杯だった。

 すると、涼太が涙目で抱きついてきた。

「まごど~」

「大丈……ぶふっ……安心しろ……くくっ……もう無理……限界……あっはっはっは!!」

「誠てめえ! なに笑ってやがる! さては靴下俺の口にねじ込んだのてめえだな!」

「あっはっは……そこまでやってないって、お前が俺の顔を蹴ってたから大島隊長の脱ぎたてほやほやの靴下をお前の鼻の付近に置いただけだって」

「どっちにしたって重罪じゃボケェエエエエ!!」

 彼は怒るが、俺は笑いがこらえられなくなって、ついには涙まで出るほどだった。

 その後、大島隊長が止めに入るまで、軽く二十分は殴りあいの喧嘩をしてしまった。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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