2話:朝起きて、そこにあるのは、臭い足、苛つく俺は、倍返しだ!!(前)3
三春の父親であるおじさんを交えた食事は特に何事も無く終わり、俺は自分の使用した食器を流しに持っていっていた。
食事中、食卓は絶え間無く笑い声が発され、両親が海外にいる俺にとっては、とても懐かしい感覚だった。
それに、おじさんも去年とは表情が全然違っていた。
何かが欠落したかのように死んだ魚のような目をしていた去年とは違い、昔のおじさんが戻ってきたような感じだった。
時々かなり踏み込んでくる質問をするあの性格だけは元に戻らなくても良かったとは思うが、やはりおじさんはこっちの方がしっくりくる。
「ところで誠くん」
「なんです?」
席に戻った俺に、飲んでいたコーヒーをテーブルに置いたおじさんが話しかけてきた。
「今日は面白い転校生が来たんだって?」
その質問を聞いた瞬間、俺は理解した。
「……どっから盗み聞きしてたんですか?」
「その子が誠くんの運命の相手なんじゃないかって三春が言った辺りかな?」
その言葉を聞いた瞬間、三春が激昂しそうになっていたのを、俺が宥めてなんとか止める。
「……いや、別に面白い訳じゃないんですけど……どちらかというと不思議な出来事だったんです」
「というと?」
「実はその転校生……俺が見ていた夢の中にも出てきてたんです!」
変なことを言っている自覚があるため、勢いのままそう答えた。だが、うまく伝わっていなかったのか、おじさんは呆けた顔を見せた。
「……それは、以前会ったことがあるとか?」
その質問に俺は首を横に振る。
「……写真や動画とかで偶然見た有名人とか?」
「結構美人でしたけど、そういうのもなんか違うと思います……」
「……まさかとは思うけど、自分に予知能力があるとか思った?」
その質問を聞いた直後、俺は首を横に振れず、目をゆっくりと反らした。
すると、おじさんはガラケーを取り出し、深刻そうな表情でこう聞いた。
「……百十九番って……何番だっけ?」
「違いますよ!」
「いや、だって厨二病って相当痛くて重い病気なんだろ? 待ってろ! 今救急車を呼んでやるから!!」
「やめろぉおおおお!!」
その後、十分程要し、なんとかおじさんの携帯を取り上げることに成功した。
「いやぁ、すまんすまん」
「ほんともう……勘弁してくださいよ……」
笑いながら謝ってくるおじさんに対して、俺は溜め息を吐いた。すると、三春が何かを思い出したかのような表情を見せた。
「そういえばさ、私って誠が見た夢の内容を知らないんだよね。いったいどんな夢見たの?」
「……そういえば内容までは言ったことなかったっけ? 俺が見てる夢はゾンビと戦ったりする夢だよ」
「えっ? ゾンビって映画とかテレビで見るあのお化けみたいなやつのこと?」
「そうそう。そのゾンビと夢の中で戦って……そんで、あの女の子がゾンビ達に襲われているところに俺ともう一人が隊長って人の指示で助けにむかったって感じかな」
「なるほど……まぁ、人の夢なんてなんでもありだからな。ゾンビなんていう非科学的な存在が居てもおかしくはないだろう」
「あっいや、そりゃそうなんでしょうけど……この夢、ちょっと変で……」
「というと?」
「なんか感覚が妙にリアルなんです。ゾンビを撃った時の手応えも、女の子を持ち上げた時の感覚も、走った時の疲労や感じる時間の長さとかも、とても夢とは思えないくらいで……」
「そりゃまるで『胡蝶の夢』みたいな話だな……」
「……胡蝶の夢……ってなんです?」
そう聞いた瞬間、おじさんは露骨に驚いたような反応を見せた。
「学校で習わなかったのかい?」
それは、俺というよりも三春と俺の両方に向けられた質問で、彼女も首を横に振っていた。
「まだ習ってないということか……。いいだろう、簡単にだが、教えてやろう。『胡蝶の夢』という話は道教の始祖の一人とされる人物、荘子による説話だ。ある日夢を見ると、その夢の中で蝶になっており、彼はひらひらと空を飛んでいたそうだ。感覚を実感でき、これが本当に夢なのかわからなくなった彼は、まるで自分は元から蝶だったのではと思うようになる。だが、起きれば当然、彼は人間だった。……君の話とも少し似ていないか?」
「……はぁ……」
あまりピンとは来なかったが、おじさんの言いたいこともわかるような気がした。
ただ、本当にそれだけなのか?
結局、食事会がお開きになるまでの間、その疑問だけが頭にこびりついて離れなかった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。