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最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.19


 眼前に立ち、改めて思い知らされる異様性。

 並の人間であれば、腰が引けて今にも逃げ出してしまうことだろう。

 もしくは、涙を流し、必死に助けを求めることだろう。

 かくいう俺も、こんな怪物を相手にタイマンをしなくてはならないと考えると、足が震え、腰が抜けてしまいそうになる。

 だが、俺はやらなくてはならない。

 俺は、この怪物に敵視すらしてもらえていない。

 こんなに堂々と姿を晒し、歩きながらも近付いているというのに攻撃してこないのがいい証拠だ。


 今のこいつが何を考えて周囲の機材を壊しているのかはわからない。だが、俺に見向きもしない理由は明白だ。

 それは、俺の攻撃がこの怪物にとって取るに足らない一撃だからだ。

 あくまで俺は鬱陶しい存在で、警戒の対象は涼太一人。

 俺が遠くから銃を撃ったところで、この怪物にとってはたいしたダメージにはならず、俺に意識を回すとしても、せいぜいが追い返す程度にとどめるだろう。


 それじゃあ駄目だ。


 俺はあの怪物に、俺という存在が自身の命を脅かす存在、もしくは今すぐにでも殺さなくてはならない存在にならなくてはならない。

 そうしなければ、涼太があの怪物を殺せなくなってしまう。

 だが、涼太のように巧みな剣術が使える訳でもない俺が、あの怪物に脅威と感じさせることは難しい。

 また、攻撃をかすりでもした場合、俺の命は結局処分対象となる。


 なら、どうするのか?


「答えは簡単、お前の攻撃を全て避ければいい」

 俺は、右手に握っていた拳銃をこちらのことなど歯牙にもかけない怪物に向け、頭に狙いを定めて引き金を引いた。

 直後、俺の中にある何かがごっそりと抜け落ちる感覚を感じた。

 そして、俺の握る拳銃の銃口から、目に見えない衝撃波が発生し、油断しきっていた怪物の体を壁まで吹き飛ばした。

 そのあまりにも強大な一撃によって、壁には穴が空き、怪物の体は隣室に消えた。

「薄墨の使っていた銃が効果的に効いて良かった。もう一発撃ちたいところだが、次撃ったら意識が持っていかれそうだ。それに、あの銃は充分に役割を果たした」

 俺は怪物を吹き飛ばした銃を適当に投げ捨て、穴が空いた壁の方に視線を向けた。

 そこでは、こちらに敵意をむき出しにした怪物が、戦闘態勢に入っていた。

「三年後の世界でも思ったが、やはりあの耐久力は危険だな。アンデッド特有の再生能力に加え、銃弾すら通さないあの強固な肉体……だが、涼太の居合いなら、あいつの攻撃なら、あんな怪物ですら倒せるに決まってる。俺は自分が出来るかどうかは信用できない。でも、あいつの剣だけはなにものよりも信用出来る。だから、涼太が全力を引き出すことが出来るように、俺は全身全霊をもって、お前の気を引いてみせる!! かかってこいや怪物!! 大島隊長直伝の近接格闘術を見せてやる!!」


 ◆ ◆ ◆


 怪物の体がゆっくりと壁から抜ける。

 その爛々と輝く真っ赤な双眸は、こちらに対して無手の構えを見せる櫻木誠をしっかりと捉えていた。

 そして、怪物は空間が震える程の雄叫びを上げた。

 ガラスは悲鳴を上げて割れ、構えを取っていた誠もその騒音に思わず両耳を押さえた。


 怪物が動いた。


 丸太のように太い両の足で床がめり込んでしまうのではないかと思える程のスタートダッシュを決めた怪物の目標はただ一つ。

 自分の巨体を呆気なく吹き飛ばしてみせた細身の人間を押し潰さんと、怪物はその間合いを詰めた。

 だが、突進で殺すつもりなど毛頭無いのだろう。

 怪物の太く筋肉質な右腕が振り上げられる。

 そして、勢いそのままに、威力が数十倍に跳ね上がった振り下ろしが誠を襲った。


 腕が振り下ろされた場所を中心に、亀裂が走る。

 床は測るまでもなくめり込んでおり、まともに食らっていれば、人間など耐える間もなくぺっちゃんこになってしまうだろう。

 だが、それはまともに食らっていればの話である。

 怪物の腕が振り下ろされた場所には血の一滴すらなく、肉片の欠片も存在しなかった。

 そして、怪物は手応えをまったく感じなかった腕をどかす。

 そこに無惨な姿になった櫻木誠の姿は無かった。

 直後、怪物の首を強烈な蹴りが襲った。

 だが、怪物に痛みを感じるような素振りはなく、平然とした様子で蹴りを放って着地した人間の方を見た。

 そこに立っていたのは、五体満足でいる櫻木誠だった。


「思った以上に硬いな。こりゃ、攻撃しないで避けることに集中した方が良さそうだ」

 怪物には理解できない言語だった。しかし、獲物が無事であることは理解できた。

 怪物の素早くも鋭い横薙ぎが、誠の胴体を真っ二つにするべく放たれる。


 だが、それも不思議と空を切った。


 獲物がいなくなったのか?

 それとも逃げ出してしまったのか?

 そうとでも思ってそうなくらい不思議がっている様子が、怪物の様相に表れていた。

 だが、当然、誠は逃げも隠れもしていなかった。

 相手の動き出し、呼吸、視線、それらの動きから怪物の動きを想定し、その動きに合わせて避ける。

 武道を嗜む者にとって当然のことを、彼は実践しているに過ぎなかった。

 そう、驚くべきはその胆力。

 人間とは到底思えない化け物を相手に、いつも通りをやってみせる櫻木誠の胆力こそが、彼の動きを実現させていた。

 触れられれば死。掠っても死。

 そんな怪物を相手に近接戦闘の間合いで紙一重の回避を発揮出来る。

 それは、誠の中に確かに存在する三年間の実戦の記録が、彼の背中を後押ししたことで完成した妙技であった。


 怪物の深紅の双眸が構えを取る誠に向けられる。

 怪物は左の腕で目障りな人間を潰すべく床を叩いた。


 だが、それは誠には当たらなかった。


 怪物はその肉体を貫こうと鋭く尖った爪で、床を貫いた。


 だが、それは誠には当たらなかった。


 怪物はその巨体を活かし、人間を轢き殺そうと突進した。


 だが、その攻撃すらも、誠には当たらなかった。

 まるでわざとからぶっているのではないかと思ってしまう程、怪物の攻撃は誠を捉えきれていなかった。

 だが、未来の世界を経験してきた誠とて万能では無い。

 どんなに強く望もうと、誠の腕は未来より短い。

 どんなに強く望もうと、誠の体力は未来より少ない。

 どんなに強く望もうと、誠の攻撃力は未来より低い。

 誠の額から零れ落ちた冷や汗がポタポタと床を濡らす。

 肩で息をしており、既に集中力もつきかけていた。

 それでも、あの一撃を一発でも貰えば死ぬというこの状況が、誠の体に鞭を打っていた。


「涼太!! あとどれくらいかかる!!」 

 怪物の攻撃を避けた誠が、疲労の色が見える声で叫んだ。

 すると、誠の方からも見えない位置の柱の裏側から声が飛んできた。

「あと一分で終わらせる!! それまで耐えてくれ!!」

 涼太の回答を聞くと、誠の表情は一気に険しいものとなっていた。

 それもそのはず、怪物の動きが徐々に早くなっており、避けることに集中しているというのに、かなり厳しい状況に陥っているからだった。

 誠自身、実際には数分程度しか経っていないことはわかっている。

 だが、一発も当たってはいけない攻撃と、至近距離による息もつかせないぎりぎりの戦いが、誠の疲労度を一気に増加させている為、誠は体感時間をとても長く感じていた。


 このままやっていて本当に大丈夫なのだろうか?


 そんな不安が誠の脳裏を過ぎった。

 誠はこのまずい状況を打破するべく、一旦距離を取ろうと後ろに下がろうとした。

 だが、怪物の速さがそれを許さなかった。

 先程までは下がれば追い打ちをしてこなかった怪物による追い打ち。

 それは誠の余裕を全てかき消す程の振り下ろしだった。

「あっぶね!!」

 心の底から出た本音。

 かろうじて避けることはできたが、頑丈そうな機械を呆気なく破壊したその一撃は、明らかに最初のものよりも威力が段違いだった。


 その一撃に息を飲むのも束の間、怪物は機械に埋まった状態の腕で誠に対して横薙ぎを放った。


 その攻撃を、誠は避けようとした。

 だが、後ろに避けようとした瞬間、背後にある壁が誠の行く手を阻んだ。


 絶望の中、誠はかろうじて横に飛んだ。


 怪物のリーチは戦いの中で完璧に掴んでいた。


 一発一発の攻撃は強力だが、変則的な動きが無い以上、避けるだけならなんとかなると、そう、思っていた。


 床を転がるように避けた誠の視界に、それは映った。

 

 それは、抱え上げるのも困難になりそうな機械をまるでグローブのようにはめた怪物による重い一撃だった。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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