最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.17
三年後の世界において、ゾンビは通称としてゾンビと呼ばれてはいたが、元はアンデッドと呼ばれて恐れられていた。
その一番の理由が見た目だった。
肌が腐食し、悪臭を漂わせるイメージが強いゾンビと違い、アンデッド化した直後の人々の肉体は、俺達普通の人間とはなんら変わらないものだった。
だが、それが何日も経ったものになると、肌は腐食し、鼻をつまみたくなるような悪臭を放ってくるのだ。
アンデッド化した人々のことをいつの間にかゾンビと呼称するようになったのはそれが原因と言ってもいいだろう。
今回、相対する仮名薄墨も、その肌は青白くなったものの、その身から悪臭が放たれている訳ではない。
ただ人間とは思えない程のサイズとなり、理性が無くなったかのように暴れているだけに過ぎない。
ただ、上着やズボンといったものは布切れとなって床に散らばり、ブリーフ一丁の状態。
最近のは伸縮性がすごいんだな〜。
「お陰で十八禁にならずに済んで助かったけどな!!」
涼太が下がるのと同時に追撃を叩き込もうとしていた怪物の体に向けて、両手の銃を一発ずつ放った。
胸の辺りに当たった弾丸は胸にめり込んだものの、穴を穿つ程の威力は持っていなかったようで、甲高い音を立てながら床へと落ちていった。
「かったいな〜」
血の一滴すら流させられなかったものの、お陰でゾンビはその場で静止した。
デザートイーグルとか狙撃銃といった威力のある武器が欲しくなったが、無いものねだりをしたところで何の意味もないだろう。
(体の薄いところを探すか……ヤバッ!!)
涼太が前線で善戦しているからこそ落ち着いて狙いが定められたものの、銃弾が当たったことで狙いが変わったのか怪物はこちらに向かって突撃してきた。
距離があったことで余裕はあったものの、それでも結構ぎりぎりなタイミングで避けることになってしまった。
俺が横に避けたことで、怪物は機材の山に突撃した。
「うっわぁ……これって後から請求書とか来たりしないよな?」
「そん時は誠一人で払えよ」
「薄情だな〜」
俺が怪物との距離を開けるのと同時に、涼太が怪物に接近し、その隙だらけの肉体に一太刀を浴びせた。
「おいおい涼太、ちゃんと首狙えよ」
「うっさい!! 頭から突っ込んだせいで首が機材で埋まってんだよ!!!」
横腹に一太刀浴びせた涼太はそんなことを言いながらもすぐに居合いの構えを取り、再び強烈な一撃を加えようとしたが、直前でなにかに気付いたのかすぐに後ろに跳んだ。
直後、怪物は体に乗っていた機材を辺りにばらまきながら復活した。
「あの銃弾をまともに通さない硬い肉体だけでも厄介なのにな〜」
中々に深い一撃を横っ腹にもらっていたはずなのに、こちらを向いた怪物の横腹についた傷からは既に血が止まっていた。
ゾンビの特異性として挙げられるのが、その驚異的な回復速度だった。
銃弾で相手の体に穴を開けようと、すぐに傷は塞がり、何事も無かったかのように再び活動を始め、例え刀で人間ならば致命傷と言えるようなダメージを与えようと、頭部がある限り、一分と経たずに完全回復してしまう。
だが、そんな無敵と思われる存在にも明確な弱点がある。
「誠!! 今だ!!」
涼太が傍に置いてあったノートパソコンを怪物の顔面に叩きつける場面が、俺の視界にくっきりと映る。
怪物は微かにのけぞるが、俺にとってはそれで充分だった。
俺は両手の拳銃を一発ずつ、ゾンビの弱点とされる顔に目掛けて発射した。
いくら三年後の世界で使い慣れていた拳銃とはいえ、この体で撃つのは容易じゃなかった。
まず、左右に激しい動きをされると狙いが定まらない。これは一重に長時間狙いを定められる程の筋力がこの体には無いということだろう。
そして、銃を撃った時の反動も、決して生半可なものでは無い。
右手だけでなら無理すれば連発できるが、左手でもとなると、衝撃のせいで連発が難しいと言わざるを得ない。
だが、動きの止まった相手に合わせるだけなら、構えるから撃つまでに一秒とかからない。
そして、風の無い室内で動かない敵を前に、俺が外すことは無い。
パソコンがぶつかったことで一瞬だけ動きが止まった怪物の頭を、二発の弾丸が穿つ。
本来のゾンビであれば、あれだけで死にはしないものの、バランスを崩して倒れるだろう。そして、再び起き上がるまでにかなりの時間を要す。
だが、目の前にいる怪物は、どうやらそう簡単には倒れてくれないらしい。
怪物は撃たれた瞬間、一瞬だけ体が倒れかけるも、すぐに足が踏ん張りを効かせ、倒れるようなことはなかった。
「おいおい冗談だろ」
すぐ近くにあった機材に背を預け、怪物から姿が見えない場所で俺はそうぼやいた。
すると、俺が隠れていた場所に涼太も軽やかな足取りでやってきた。
「おい誠、これは二発入ったと見るべきか? それとも無意味だったと見るべきか?」
「……無意味とまでは言いたく無いが、効きは悪そうだな」
「じゃあどうするよ。三年後の時に使ってたあの変な銃を使うのか?」
「いや〜、あれでも一発じゃ殺せなかったし、俺は反動の威力で使いものにならなくなる。あまり良い手じゃないな」
「どうだっていいが早くしてくれよ。俺だって人間だ。今はまだあの怪物の動きに対応しきれてはいるが、体力が切れたら瞬殺されるぞ?」
「ちなみに戦えるとしたらあとどれくらいだ?」
「まだ余裕はある。誠と違って俺は剣術の稽古は辞めてないからな。才能だけって言われるのが嫌だったから走り込みもやってたし……ただまぁ、長くて二十分だな。それ以上は流石に保証できない」
「二十分か……。流石涼太と言いたいところだが、生憎俺にはあいつを倒す算段が思いつかないんだよなぁ。せめて手にもっとしっくりくるやつかつ反動が少ないやつが欲しいな。まぁ、言ったところでどうしようも無いんだが……」
「あいつを倒す方法ならある」
その言葉が聞こえた瞬間、俺は慌てるように涼太の方を見た。
涼太の表情は真剣そのもので、とても嘘や冗談を言っているようには思えなかった。
「もちろん俺一人で出来るなんて自惚れるつもりは無いさ。あいつを倒す為には誠、お前の力が必要不可欠だ」
体力的にも技術的にも三年後より遥かに劣る俺のことを足手まといとしてではなく、戦力として換算してもらえている。
涼太にとっては当然のつもりで告げた言葉なのだろうが、俺はその言葉が心の底から嬉しかった。
だから、その次に放たれた涼太の衝撃的な発言を、俺の脳は瞬時に処理することができなかった。
涼太は俺の肩を握り、告げた。
「誠、俺の準備が終わるまでの数分間、あいつを引きつけといてくれ」
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