2話:朝起きて、そこにあるのは、臭い足、苛つく俺は、倍返しだ!!(前)2
「へ~珍しいこともあるもんだね~」
帰りの道を一緒に歩く三春が、俺の話を聞いてそんな感想を伝えてくる。
まぁ、普通はそう思うんだろうな。
偶然、夢で出会った少女と現実でも出会う。そんなこと普通ありえないと思うが、……案外予知夢かなんかに目覚めてたりしてるのかもな。
「だって誠もあの子とは初対面なんでしょ?」
「少なくとも俺の記憶に彼女と出会った過去は存在しないな。変な話だけど、初めて会ったのは夢の中だよ」
「ふぅん……もしかしてその子、誠の運命の相手だったりして」
そんなことを笑顔でこちらに言ってくる彼女に少々驚いたが、案外間違っていないのかもしれないと思っていた。
何故なら俺は、あの胡蝶玲奈という女子生徒と出会ってから夢の内容が気になって気になって仕方ないからだ。
いつもはただの夢としか思わなかったが、普通はあり得ないのではないか?
他にいるか?
俺と同じように、一年近くゾンビと戦う夢を見続ける奴が?
他にいるか?
俺と同じように夜九時に必ず寝て、朝六時に絶対に起きる高校生が?
「やっぱ無し!!」
無意識に足を止めてしまっていたのか、俺の足はさっきの場所からほとんど動いていなかった。
前を向けば、三春が俺の前に立ち、体ごとこちらに向け、腕でバッテンを作っていた。
「……無しって何が?」
「何って……そりゃ、夢の中で会ったその子が誠の運命の相手って話に決まってるじゃん……」
彼女はもじもじとしながらそんなことを言ってきた。
「だ……だって……誠の運命の相手は、……わ……私だし……」
小声になっていく彼女の顔がみるみるうちに熟れたトマトのように赤くなっていく。
「えっ、ごめん。……声が小さすぎて最後の方が聞き取れなかったんだけど……俺の運命の相手がなんだって?」
俺の答えを聞いた瞬間、赤くなったままの彼女の頬がどんどん膨らんでいく。
「誠のバカバカバカ!!」
「えっなになになに!?」
いきなりポカポカと叩いてくる三春に困惑していると、背後から聞き覚えのある声がかけられた。
「仲が良いことは結構だが、私はまだ二人の結婚を認めた覚えはないぞ?」
俺が慌てて振り返ると、そこには俺達二人がよく知る人物が立っていた。
「パパ!?」
「おじさん!?」
前を開けた状態の白衣を着こなす壮年の男性。無造作になった茶髪の中には白髪が目立つ。どちらかといえば痩せ型の彼は、俺が昔からよく知っている三春の父、滝井神代さんだった。
「な……なんでここに居るの?」
「研究があと少しのところで行き詰まってな……気分転換の為に今日は帰ることにしたんだ。……にしても、まさか帰り道に二人のあんな現場を目撃することになるとはな……」
「ギャァアアアア!! 忘れて! パパ忘れて!」
「はっはっは」
茹でダコのように真っ赤になった三春が涙目でおじさんの胸を何度もぽかぽかと叩く様を見て、俺は苦笑を浮かべることしか出来なかった。
(……この人は本当に相変わらずだな……)
だが、そんな娘をからかうのを生き甲斐にしている彼の素顔は、医薬品関連の研究者で、その名はその手の界隈に広く知れ渡っていると吉乃姉から聞いたことがある。
大手の企業で大活躍していたものの、去年奥さんを亡くされ、仕事が手につかなくなったと聞いている。三春によると、今は吹っ切れたように仕事ヘ打ち込みだし、家に帰る日の方が少ないという話だった。
「ところで誠くん」
「はい?」
涙目の三春に睨まれながらも、おじさんは何事もなかったかのようにこっちへと顔を向ける。
「今晩、うちでご飯を食べていかないか?」
その誘いは正直予想外だった。いや、別に今まで無かった訳では無いのだが、少なくとも一年前に奥さんを病気で亡くされてしまってからは、めっきり機会がなくなっていたからな。
「……良いんですか?」
「良いもなにも、未来の息子と今のうちに仲良くなっておくのも悪くないさ」
「また心にも無いことを……」
俺がジト目でそう言うと、おじさんは高笑いをし始めた。
「はっはっは。まぁ冗談はこれくらいにして……本当は久しぶりにゆっくりできるから二人の話を聞きたいと思っただけさ。ちなみに泊まりは許さんけどな。付き合うなら節度ある付き合いを頼むな」
「……いや、だから俺と三春はまだそういう関係じゃないって……」
「ん? まだということは近い将来そうなるということなのかね?」
「別にそんなつもりじゃ!! 三春もなんか言ってくれよ……」
「ごめん……ちょっとこっち見ないで……」
俺は恥ずかしくなって語気が荒くなってしまい、事態の収拾の為に三春を頼ろうとしたのだが、何故か三春は目どころか顔すらも合わせてくれず、結局俺はおじさんのするがまま、三春の家に向かった。
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