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最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.13


「あぁああああ!!!」

 痛みによる壮絶な悲鳴が部屋の中に響き渡る。

 そして、先程まで圧倒的優位な立ち位置にあった薄墨は、左足首を抑えながら悶絶を始めた。


 そんな薄墨を横目に、玲奈は何事も無かったかのように立ち上がった。

 そして、薄汚れた服をパンパンと叩きながら、薄墨を見下すように告げた。

「一介の魔術師如きが我々を見下すんじゃない」

「魔術師?」

 俺は近付きながら、その聞き捨てならない言葉に触れた。

「魔術師ってあのファンタジーものの鉄板とも呼べる存在だろう? あれって実在すんの?」

 目の前で起きた事象を前にしても、未だに半信半疑でいた俺の言葉に、玲奈は肯定するように頷いた。

「魔術師は存在する。確かに表の世界では存在自体を隠匿し、滅多にでてくることはない。だが、それも仕方のないことと言える。魔女狩りの時代にその大半は処刑され、かろうじて生き残った者も時代と共に力がなくなっていき、この時代では、もはや物を少し動かす程度の力しかないはずだ」

「物を少し動かす程度? そんなバカな。俺は確かにあいつが俺の撃った弾丸を空中で止めたところを見たぞ。それにあの銃から出てきた衝撃波も魔術の類いなんだろ?」

「だろうな。滝井吉乃にかけられた洗脳にも微かだが魔術の痕跡があった。これは少なくとも現代で起こりえる現象では……」

「それは誤った認識というやつですよ」

 その声に気付き、薄墨の方に意識を向ければ、彼はゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 俺は急いで無力化すべく銃を向けるが、そんな俺の前に玲奈の細い腕が出された。

 彼女の方を見れば、自分に任せろという気概が伝わってきた為、俺は彼女の判断に任せた。


「どういうことだ?」

 玲奈に質問された薄墨はダメージを全ては防ぎきれなかったのか苦痛に満ちた表情を見せていた。

 それでも、なんとかといった様子で立ち上がり、こちらを向いた。

「はぁ……はぁ……あなたは未来から来た存在ですね? 体は現代の者のようですが……その銃は流石に誤魔化せませんよ?」

 正体を言い当てられた瞬間、玲奈の眉がピクリと動いたが、それ以上の動揺を見せることなく彼女は冷静な口ぶりで告げる。

「我々の存在も知っていたか?」

「ええまぁ……私達魔術師の中に、過去あなた方に接触したという人間がいたんですよ。まぁ、何十年も前に死んだ者ですが」

「今()って言ったか?」

「そう、我々魔術師は数多く存在し、未知を探求し、日々研鑽を積んでいるのです。私は中でも洗脳の魔術に長けていましたが、その他にも色々と使えますよ。こんな風にね」

 その言葉の直後、薄墨がこちらに向かって手を向けた。


 薄墨の手には何も握られていなかった。

 だが、薄墨がこちらに向けた手には血で魔法陣のようなものが描かれていた。

 それを見た瞬間、玲奈が切羽詰まったような表情をこちらに向け、叫んだ。

「危ない!!」

 その言葉が俺の耳に届くと同時に玲奈の体は俺の前から消え、何かがぶつかったような轟音が室内に響いた。

 そちらを見れば、玲奈が大きな機材にぶつかり、床に座った姿が目に入った。

「玲奈!!!」

 その声に反応はなく、玲奈の額が真っ赤に染まったのが見えた。

 すぐに駆け寄ろうとした瞬間、俺の手に握られていたはずの注射器が勝手に動き始めた。

 あまりにも突然だったこともあり、手に握られていた注射器はあっさりと俺の手を離れ、薄墨の手に吸い取られるように握られた。

「これで目的は達しました。未来からの来訪者は始末が面倒ですが器はただの脆い人間。これで手も足も出ないでしょう。後は――」

 その濃い藍色の瞳がこちらを狙い定める。

 俺は歯を軋らせ、右手一本で構えた拳銃の引き金を引いた。

 だが、俺の放った弾丸を薄墨はかわしてみせ、そのまま俺の鳩尾を蹴り抜いた。

 俺はその一撃で胃の中にあったものが逆流するような感覚と激痛に抗うことすらできず、思わずその場で蹲ってしまった。


 動けなくなった俺は悟る。

 殺される、と。

 だが、薄墨は俺に何をするでもなく、何故かこう告げてきた。

「君も災難でしたね。未来からの来訪者(彼女)に巻き込まれたせいでこんなところで死ぬなんて。でも、君も悪いんですよ? なぜなら君が関わらなきゃ、こんなことにはならなかったんですからね。あの男は願いが叶い、三春君も永遠の命を手に入れられた。私も出資者としてその恩恵を獲られた。誰も不幸にならないハッピーエンドだったんです!! ……騙されていたとはいえ、君はそれをぶち壊した。死んで当然ですよね?」

「……自分を……正当化するんじゃねぇよ、この偽善者気取りのサイコ野郎がッ!!」

 全身に広がる痛みに抗いながら、俺は言葉にならない怒りをぶつけた。

 そして、俺の中にある怒りが動けなかったはずの体を突き動かし、俺は産まれたばかりの子鹿みたいに震える足で、ゆっくりと立ち上がった。

「この実験がハッピーエンドに繋がる? お前はその行く末を見たのか? あの絶望のみが支配した世界を……誰もが明日を生きるのに必死だったあの世界をっ!!」

「なんの話です?」

「玲奈は何も嘘なんてついちゃいない!! そりゃ、ぶっきらぼうで人の腕を平気な顔で撃つようなキチガイかもしれないが、それでもあいつは俺に希望をくれた。希望を紡がせるチャンスをくれた!! 未来を知らないお前がなんて言おうと、俺の考えは変わらねぇ!! あの最悪な未来をぶっ壊す!!! その為なら命なんかおしかねぇよ!!!」

「ふぅ、そうですか……ならもう、死になさい」

 今の俺は既に立っているだけで限界だった。

 そんな俺に対し、薄墨は魔法陣の描かれた手を向ける。

 先程玲奈が吹き飛ばされた攻撃が来るんだと身構え、目を閉じた瞬間だった。


「流石(まこと)だな」

 その聞き覚えのある声は、薄墨のものと思われる絶叫が轟いたのと同時に聞こえてきた。

 その聞き覚えのある声を聞いた瞬間、俺はまさかとおもいながらもゆっくりと目を開けた。

 その光景を見た途端、俺は自分の頬に一筋の涙が流れているのを自覚した。

「玲奈の奴……粋なことしてくれるよな……」 

 俺が見ていることに気付いたのか、倒れている薄墨を見下ろしながら血に濡れた日本刀で血振りした少年がこちらを向いた。

 そして、人を斬った後とは思えない程、満面の笑みを見せてきた。

「よっ、誠、久しぶりだな」

 それは、どっからどう見ようとも見間違うことなどありえない人物だった。


「久しぶりって言うとまたなんかおかしな気がするな……でも、また会えて嬉しいよ、涼太」


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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