最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.9
「三春!!」
三春が眠るベッドの元に急いで駆け寄り、容態を確認した。
彼女は俺に目を合わせるどころか心ここにあらずという様子で、虚空を見続けていた。
「三春? どうしたんだよ三春? しっかりしろって!!」
明らかな異常を前にして、俺はどうすればいいのかわからなくなり、彼女の肩を揺らし、必死に呼びかけた。
すると、俺の耳にボソリと呟かれた言葉が届いた。
「……まこ……と?」
さっきまで虚空を見続けていた彼女の目は焦点があっており、しっかりとこちらを見ていたことで、俺はいつも通りの彼女に戻ったんだなと、溢れ出てきた涙を拭うことを忘れ、心の底から安堵した。
だが、次の瞬間、俺の頬は彼女によって叩かれた。
「……え?」
訳がわからないまま叩かれた頬を押さえていると、ベッドに寝ていた三春がベッドから降りているのが見え、俺はすぐさま彼女に目を向けた。
三春は涙目の状態で俺を強く睨みつけていた。
「誠の裏切り者!!」
強い憎しみが込められた言葉に、俺は頭が混乱していくのを感じた。
「はぁ? いったいなんの話だよ?」
「とぼけないで!! 私知ってるもん!! 誠がすっごく綺麗な子と一緒に歩いてるところ見たんだから!! この二股野郎!!」
「はぁ!!? 俺は二股なんか……」
そう言いながらも三春が玲奈と歩いている現場を目撃したことで勘違いしたのだろうというのはなんとなく察しがついた。
だが、そうなると説明が難しい。
どうやって俺と玲奈の関係を信じてもらうか考えていると、三春の目から涙が溢れてくるのが見えた。
そして、ポツリポツリと彼女の足元に滴り落ちていく。
「……そうだよね……私達別に付き合ってる訳じゃないもんね……ただの幼馴染みってだけで……私が一方的に誠を好きなだけで……誠は私のこと、本当は好きともなんともないんだよね……」
呟くように告げられたその言葉を聞いた瞬間、俺の感情は爆発してしまった。
「……ざけんなよ……」
「……え?」
「ふさけんな!! 俺がいったいどんな気持ちで三年間もお前を探し続けたと思ってんだ!! 何度も何度も戦場に出た!! 最初の頃は人の食われた痕を見るだけで吐いたし、ゾンビとはいえ元は人だったというだけで撃つのを躊躇い、隊長にしこたま怒られた!! 積み重ねた訓練が戦場では物を言うと教えられ、血反吐を吐くほどの鍛錬を何年もやってきた!! 何度も挫けそうになった。何度も前線から退きたいと思った。でも!! お前を見つけ出すという揺るがない目的があったから!! 俺はここまでやってこれたんだ!! それなのにお前は、俺がお前のことをなんとも思っていないって言うのかよ!!!」
「な……なんの話よ……」
「俺のことが信じられないって言うなら勝手にそう思えばいい。だが、俺はお前のことを世界で誰よりも愛してるし、他人とそういう関係になるつもりなんて毛頭無い。その言葉だけは疑ってほしくない」
俺は思いの丈を彼女にぶつけた。
そして、大声を出し続けたことで息が切れ、酸素が脳に回った状態で彼女の様子を確認した。
彼女は耳まで真っ赤になっていた。
そんな三春の様子を見て、俺も自分がとんでもないことを口走っていたことに気付き、自分の顔が紅潮していくのを自覚した。
「……本当に? ……本当に信じていいの?」
「と……当然だ。逆に聞くが、三春は人に正気を取り戻してもらうためとはいえ、人の腕に発砲するようなやつを好きになるのか?」
半袖を捲って隠していた腕の撃たれたところを見せると、三春は信じられないといった様子で腕を注視し始める。
「これ本当に撃たれた痕なの?」
「なんなら包帯取ろうか?」
「い……いい!! じゃ……じゃあ、夜のあれは? あの銀髪の子と一緒に寝たんじゃ……」
「夜に来た? もしかして九時以降に来たのか? 俺その時間いつも寝てるじゃん。いやまぁ、確かにあいつは八時半まではいたが、それはあくまで作戦会議みたいなもんだ。それ以降は見てないからてっきり帰ったんだとばかり……あいつ、三春が来るかもだからさっさと帰れって言ったのに……」
「えっと……じゃあ私の勘違い?」
その言葉に頷くと、三春は急に膝から崩れ落ちた。
「良かったぁ……私の勘違いだったんだぁ……」
涙を指で拭いながらそんなことを告げている三春を見て、俺も誤解が解けたのだとほっと胸を撫で下ろす。
だが、次の瞬間、緩んだ俺の意識が突如として発せられた殺気に反応し、崩れ落ちていた三春の体を強引に抱き寄せて横に飛んだ。
「えっ、なに?」
三春が戸惑いの声を上げた直後だった。
けたたましい銃声が鳴り響き、ニ発の銃弾が先程まで三春が寝ていたベッドを穿つ。
三春が短い悲鳴を上げるが、それに構わず近くの機材の裏に三春を連れて隠れた。
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