2話:朝起きて、そこにあるのは、臭い足、苛つく俺は、倍返しだ!!(前)1
今日もまた、俺はいつものようにベッドの上で起きてしまう。
「……今日の夢はいつも以上に酷いな……」
そんなことをぼやきながら、近くにあった時計で時間を確認する。そのデジタル時計はいつも通りの時間に起きたことを証明するかのように、六時と表示していた。
だが、今回ばかりはいつもと違う感じがした。
夢の中で自分が助けたあの銀髪の少女、彼女が気になって気になって仕方がない。
そんなことを思っていると、いきなりチャイムが鳴った。
「……まさか……な……」
こんな非常識な時間帯に人の家に来ようとする人物は、一人しか思い至らない。
だが、もし彼女なら出ない訳にはいかない。
自分の部屋から廊下に出たタイミングで、外で待っている彼女が声を発してきた。
「どうせ起きてるんでしょ? 入るよ~」
鍵が解錠され、彼女は人の了解もなく入ってきた。
「あっ、誠! おはよ~」
「……おはよう、三春……今日はいつも以上に早いな……」
中に入ってきたことに関しては何も言うまい。合鍵を渡した以上覚悟のうえだからな。だが、おじさんはこのことを知っているのか不安になってくる。
「いやぁ、昨日もお父さんが仕事に熱中して帰ってこなかったんだよね~。だからせっかくだし、誠と一緒に朝ごはん食べようと思って来たんだ~」
袋をこちらに差し出してくる三春から袋を受け取り、俺は彼女と共に台所へと向かう。
「普通そういうのはさ、前もって連絡するもんじゃないの?」
「え~? ちゃんとメールしたよ~?」
そう言われ、俺はスマホを確認する。
確かに彼女からメールは来てた。五分程前に。
「……まぁいいや、三春のご飯はうまいし、とりあえず俺は着替えてくるから、台所は勝手に使っといてくれ」
「りょうか~い」
彼女は嬉しそうに返事をし、エプロンを着ける。
その姿は新妻を連想させ、俺は頬が紅潮するのを実感するが、次の瞬間、彼女が一瞬、夢で見たゾンビのように見えた。
慌てて頭を振り、彼女をもう一度見る。
そこには、いつも通りの彼女がいた。
「……ん? どうかした?」
「いや……ちょっと見とれてただけだ。そのエプロンよく似合ってるね。三春の旦那さんになる奴は幸せもんだろうな」
「ちょっ……ちょっとなに言ってんの!!? 私達はまだ高校生なんだよ!! まだ結婚は早いというか……」
「……いや、別にそういうつもりで言った訳じゃ無いんだが……」
俺がそう言うと、三春の表情が一瞬で真っ赤に染まった。そんな可愛いらしい彼女の一面を見て、つい笑みがこぼれてしまう。
あれは夢に過ぎない。そう、夢に過ぎないのだ。
現実にゾンビなんて存在する筈がない。俺が銃なんか握れる筈がない。
俺は自分にそう言い聞かせ、部屋に戻ろうとした。
「……ありがと、誠」
いきなりそんなことを言われ、顔だけで彼女の方に目を向けると、ニンジンを切っている彼女の頬は少し赤らめて見えた。
食事を終え、彼女と色々話をしていると、スマホのアラームが鳴った。スマホで時間を確認すると、既に八時を過ぎていた。
「さて、そろそろ学校に行くか」
「え~もうちょっとお話してこ~よ~」
「駄目だよ。俺と話してて三春を遅刻させたなんて知られたら、俺がおじさんに怒られるじゃん」
そう言うと、三春は頬を膨らませてきた。
「はいはい、膨れても駄目だよ」
「えぇええええ……あっ、じゃあさ! 一緒に歩いて学校行こうよ!!」
俺が鞄を用意していると、彼女がいきなりそんなことを言ってきた。だが、歩くの面倒だとか言って電車通学にしたのは彼女自身だ。いったいどういう心変わりなんだ?
「……別にいいけど……それじゃあ玄関にある折り畳み式の傘を持っといた方がいいかもしれないな。今日明後日は降る確率が高いって話だったし」
「おっけ~」
そう言って準備を始めた三春を待ち、俺達は久しぶりに歩いて学校へと向かった。
俺は学校に着くと自分の席に座り、机に突っ伏しながら今日の夢について考えていた。
いつもはそこまで気にならないというのに、あの夢の内容が頭から離れない。夢に出てきた銀髪少女の姿が頭の片隅から離れてくれない。
「……欲求不満とかなのかなぁ……」
「大丈夫か、櫻木?」
クラスメイトの田中が俺の心配をしてくれたのか声をかけてきた。とりあえず俺は、手だけを上げて大丈夫だと返す。
すると、田中は向かいの席に座って体をこちらに向けてきた。
「珍しいな、いつもは授業中どころか休み時間にすら寝ないのに」
「昨日変な夢を見てな……」
「夢? 怖い夢か?」
「……わりと……」
そう言った瞬間、田中がおちょくるように笑い始めた。
「怖い夢見て眠れないとかガキかよ」
そんなことを笑いながら言ってくる田中に溜め息を吐くと、チャイムが鳴り響き、教室の扉が開かれた。
「おらっ、席に着け! ホームルームを始めるぞ!」
ホームルームを始める為に入ってきた担任がそう言った瞬間、クラス内が騒然となった。
再び机に突っ伏していた俺には何故そんなに騒がしいのかわからなかった為、周りの反応を聞いて顔を上げる。
そして、俺は体が硬直してしまう程の衝撃を受けた。
「急なことだが、今日は転校生を紹介する。ほら、挨拶して」
担任に促され、そこにいた銀髪の少女は口を開いた。
「胡蝶玲奈」
銀色の髪をボブカットというヘアースタイルにしているその少女は、とても普通の高校生とは思えない程大人びて見えた。
体つきは小柄な方なのだろう。だが、彼女から醸し出されるそのミステリアスな雰囲気と、彼女の落ち着いた態度が同世代の者達とは一線を画していた。
そして、それは確信をもって言えた。
己の名前だけを告げた少女は、確かに夢の中で見たあの少女だった。
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