最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.6
研究所でおじさんの助手をしている吉乃姉に従い、俺達はエレベーターに乗って十階にあるという実験場に向かっていた。
「……それで? その子は誰? 三春ちゃんは?」
エレベーターの扉が閉まった瞬間、吉乃姉は真剣な顔をこちらに向け、その質問を行ってきた。
聞かれることはわかっていたが、いざそう問われると何も言えなくなる。
「ごめん……全部終わったらちゃんと話すから……今はおじさんを止めないと……とにかく大変なことになるんだ!」
吉乃姉はこちらを訝しむように見て、すぐに笑顔を見せた。
「……まぁいいわ。誠ちゃんが私に嘘なんてつく訳ないから今はそれで信じてあげる。でも、今回の実験やこれまでの研究にだって膨大なお金が動いてるんだからね? 私だって昨日の夜中にいきなり来いって言われたからあんまり乗り気じゃないけど、それでもこの研究には人類の希望が詰まってるんだから、関われることが嬉しいの。だからね、止めようとする以上、ちゃんと私達に理由を包み隠さず説明すること。いいわね?」
吉乃姉があっさりと俺の言葉を信じてくれたことに俺は心の底から感謝した。
そして、吉乃姉がエレベーターのボタンに体を向けたのと同時に俺が上の方に視線を移した時だった。
「避けろ!!!」
その叫び声と直後に届いた微かな発砲音に驚くが、俺はそれに反応することすら出来なかった。幸運にも避けられたのは、玲奈が寸でのところで俺の袖を引っ張って射線から外してくれたお陰に過ぎない。
油断していたと言われればそれまでだろうが、俺達三人以外が乗っていないこの密閉されたエレベーターの中で銃に警戒をしろという方が土台無理な話だ。
だってそうだろ?
いったい誰が予想出来るってんだ。
子どもの頃から姉のように慕ってきた相手に銃を向けられる。
そんな悪夢のような状況を。
「……吉乃姉?」
サプレッサー付きの拳銃をこちらに向けながら先程までとは別人のような冷淡な目つきでこちらを見てくる吉乃姉を見て、心の底からこみ上げてきた感情が荒ぶる。
「なんで!! なんで吉乃姉がそんなもん持ってんだよ!!」
その俺の叫びに吉乃姉は答えず、淡々と二発の銃弾が火を噴いた。
だが、不意打ちでもない限り、至近距離からの拳銃なんて怖くもなんともない。
俺は吉乃姉が引き金を引こうとした瞬間、こちらに向けていた拳銃の持ち手を掌で打つことで、弾道を上にそらした。
その動きは、俺の中に存在する未来の三年間で行われてきた訓練の再現。少し前の俺であれば撃たれるだけだったかもしれないが、今の俺には未来で培った三年分の記憶と経験がある。
素人相手に遅れを取る気はない。
だが、右手に決して少なくはないダメージを負った吉乃姉がよろめく姿を見た瞬間、何度も行ってきた次の動きを繰り出すことは出来なかった。
体の差異が影響してか、うまく掌底打ちが決まらなかったせいで吉乃姉は未だに銃を手放していない。
だからこそ、間接技をかけ、相手の銃を手から放させる必要があった。だが、その一連の動きを繰り出そうとした途端、大好きな吉乃姉を痛めつけるという考えが邪魔をして、つい躊躇ってしまった。
目的の階についた合図が、俺の意識を現実に引き戻し、再び俺の視界に銃をこちらに向けた吉乃姉が映る。
一瞬の隙が最大のチャンスを逃し、逆に相手に立て直す時間を与えてしまった。今更悔やんでも、吉乃姉は既に引き金を引こうとしており、手は間に合いそうにないのだと頭が瞬時に理解した。
そして、撃たれると思った瞬間、右の脇腹に強烈な蹴りをもらい、開いたドアから廊下へと転がった。
倒れた状態でなんとかそちらを見てみれば、玲奈が吉乃姉の腕を握り、銃を落とさせ、その銃をこちらに向かって蹴っている光景が映った。
直後、何かが引きちぎられるような音がし、彼女がこちらに向かって何かを投げる姿が見えた。
それは、吉乃姉が首にかけていた社員証だった。
「ここは我々がなんとかする。誠くんは急いで研究を!」
「でも!!」
「安心しろ。彼女は何かに操られているだけだ。洗脳を解いたらすぐに戻る」
横目でこちらを見た玲奈は、その言葉を最後に、エレベーターの扉がゆっくりと閉じたことで、俺の視界から消えた。
吉乃姉が誰に洗脳されたのかとか、色々と頭を悩ませるものはあったが、俺は急いで拳銃と社員証を拾い、二人のいると思われる場所に向かって走った。
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