最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.5
携帯電話に送られてきた地図の情報を頼りに向かうと、十階層はありそうなビルの前で、彼女は立っていた。
だが、目の前に広がる異常な光景に、俺は不審を抱いてしまう。
(人が……いない?)
そこは都心であるというのに、広大な敷地内にそびえ立つビルの前に一人の警備員が立っているくらいで、周りに俺と玲奈以外の人影は誰一人として見当たらなかった。
てっきり吉乃姉やおじさんが出勤するから土曜も出勤だとばかり思っていたんだが、そうじゃないのか?
「すまん、待たせたか?」
神妙な面持ちをビルに向けていた玲奈に声をかけると、彼女は俺の存在に気付いたのかすぐにいつもの何を考えているのかわからない表情に戻り、こちらを向いた。
「嫌な予感がする。急いで向かおう」
てっきり観察するものだとばかり思っていたが、彼女は意外にも俺にとっても都合の良い判断をしてくれたことで、俺は迷うことなくその判断に頷いた。
「そこの二人、すぐに止まりなさい」
俺と玲奈は怪しまれないように一定のスピードで歩いたのだが、当然の如く、ビルの入口前で警備員の青年が立ち塞がってきた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。即刻立ち去ることをオススメするよ」
不思議な雰囲気を持つ青年で、見た感じ二十代前半だったが、十代後半と言われても信じてしまいそうな程の若き見た目で、こちらに爽やかな笑みを向けてきた。
だが、俺達もはいそうですかと立ち去る訳にはいかない理由がある。
「すみません。こちらに滝井神代さんって方が働かれていますよね? 俺達、その人に大事な用があって来たんですよ」
「用……ですか?」
「お手数ですが、神代さんに櫻木誠が来たとお伝えしていただけませんか?」
警備員の青年は、あまり気乗りしない様子で一度ビルの中に引っ込むと、一分程度で戻ってきた。
「確認してみたところ、君には失望したとかで追い返せと言われたんですが……」
「はぁ!?」
その意味不明すぎる返しに俺は思わず心の内を言葉に出してしまった。
つい先日まではわだかまりのない親しい関係だったはずだ。それがいったいどうしてそんな評価になると言うんだ。
「ちょっ、少しおじさんと話させて――」
俺が慌てて手を伸ばした瞬間だった。
俺の視界は一瞬で反転した。
「っっ……!!?」
首をコンクリートの地面に叩きつけられそうになった瞬間、俺は無意識に両足を即座に地面へとつけ、すぐに体をひねって強引に手を離させ、警備員の青年に対し構えを取った。
「へぇ……結構やりますねぇ」
こちらに先程同様笑みを向けてくるが、その笑みからは言いしれぬ恐怖感を覚える程の威圧感があった。
正直、三年後の戦い慣れた記憶が無ければ受け身をとるどころかそのまま頭をコンクリートの地面に叩きつけられていただろう。そう思うと、ゾッとしてしまう。
「玲奈、こいつは俺が引き受ける。お前は――」
「誠ちゃん?」
警備員の青年から目を離さず玲奈だけを先に行かせようとした瞬間、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえ、俺は反射的にそちらへと顔を向けた。
そこには予想した通りの人物が立っていて、俺は思わず呆気にとられた。
「……吉乃姉?」
急いできたのか息が上がっている吉乃姉は、こちらに驚いた様相を向けていた。
この距離だ。間違いなく、さっきまでの一部始終は見ていたのだろう。
「こんなところで何してるの?」
震えた声で聞いているのはおそらく俺の構えが吉乃姉に不審感を抱かせているからなのだろうと瞬時に判断し、俺は警備員への警戒を一切緩めずに構えをといた。
「吉乃姉、あんまり時間が無いから端的に言うよ。俺とこいつはおじさんや吉乃姉がやっている研究について話があって来たんだ。でも、関係者じゃないからと門前払いをくらっている。吉乃姉、俺達を中に入れてもらえないかな?」
俺は警備員から目を離さずに、言えるところだけを伝えたが、吉乃姉の方からは困惑している様子が伝わってきた。
「……えっと……一応大丈夫だとは思うんだけど……なんか誠ちゃん大人びてない? 一年くらい前に会った時とは別人みたいなんだけど……」
「気の所為じゃない?」
「そうかな〜?」
首をひねりながらも、吉乃姉は警備員と共に入口の方へと歩いていき、少しして、腕で大きく丸を表現してくれた。
良かった。なんとか第一関門は突破だな。
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