最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.4
妻は、いつも私を応援してくれていた。
実力を認めてもらえず、もがき苦しんでいた時も、彼女だけは、ずっと傍に居てくれた。
そんな妻との間にできた娘は、いつも私のことを尊敬してくれていた。
世界で一番可愛い娘の笑顔を見る度に、疲弊した私の心は洗われ、明日も頑張ろうという気持ちが生まれてくる。
だが、そんな二人を、私は裏切ってしまった。
十年前のある日、一人の男が現れた。
黒いローブを羽織り、目深に被ったフードはその青年の目鼻立ちを見事に隠していた。
一見して怪しい風貌の彼は、こう尋ねてきた。
『どんな病気をも治し、体を切断されるような傷をも癒す神秘の秘薬にご興味はありませんか?』
聞くからに怪しいその謳い文句ではあったものの、私はその人の言葉が課題表現とはとても思えず、不思議とその男を家に招き入れた。
男の言葉は聞くからにありえないと断言できるようなものではあったが、それと同時に私の知的好奇心はそそられていた。
そして最後に、後少しで完成なところで、自分の限界を感じ、別分野で高名な私を頼ったのだと彼は告げた。
全ての説明を聞き終え、彼は私に向かって手を伸ばした。
だが、その手をはね退けたのは、妻である静香だった。
彼女は呆気にとられる私達に向かって堂々と告げた。
「夫をそんな聞くからに怪しい薬に携わらせる訳にはいきません。夫はこれまで誠実に取り組み、真面目に頑張ったことでその地位を確立させた偉大な人間です。そんな麻薬みたいな怪しい薬の製作に夫を巻き込まないでください!! 即刻お引き取り願います」
そこで男はおとなしく引き下がった。
だが、最後にこう言い残した。
「私はあなたの傍にいます。そして、お心が変わった時に、またあなたの前に現れるでしょう」
「この人の妻である私がいる限り、そんなことはありえませんので、もう二度と私達の前に現れないでください」
最後に妻がそう告げたことで、その男は去っていった。
その後、暫くしてから、今度は正式なオファーという形でアメリカの大手会社が新薬の開発に携わってほしいと言ってきた。
娘と妻は、快く私を送り出してくれたし、私自身も自分の力が良いことに使われると喜び、迷うことなくアメリカへと向かった。
だが、数ヶ月後、友人の櫻木から妻が倒れたという一報を受けた。
私は何事かと思い、急いで病院へと向かったが、数ヶ月ぶりに会った妻は、植物状態となっていた。
理由も不明で、起こす手立ても無く、いつ目覚めるかもわからない状態になっていたという。
櫻木の話によると、発見した朝に、三春が泣きながら櫻木の家があるマンションに来たそうで、そこで妻が倒れたという情報を知ったそうだ。
毒物等の反応も無く、当時幼かった三春の記憶能力はあまりにも不鮮明であった為、結局原因がわかることは無かった。
今でも思う。
もし、私があの時家にいたら、妻があんな目にあうことは無かったのでは?
もし、私があの時家にいたら、妻がああなってしまった原因もわかるのでは?
妻が目覚める為に、自分に出来るあらゆる限りの手を尽くした。だが、八年の月日が流れても成果は得られず、結局妻は、帰らぬ人となってしまった。
あの時程自分の無力さを痛感したことは無い。
自分の大切な人一人救えずに、なにが多くの人を救うだ!!!
傲慢にも程がある!!!
……妻に会いたい。
また、あの優しい笑顔におかえりなさいと言ってもらいたい。
私は、また家族三人で幸せな暮らしができるなら、他に何もいらない。
だから、私の前に、再びあの男は現れた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




