最終話:我が夢が、桜の如く、散る中で、立ち塞がるは、もののふ二人.1
「まったく……君という人間には最後まで驚かされてばかりだ……」
マンションにある自室のベッドで健やかな寝息を立てる櫻木誠の姿を見て、胡蝶玲奈は溜め息交じりにそう告げた。
胡蝶玲奈は何度も同じ時間を繰り返していた。
あのゾンビが蠢く未来を変えるべく遠い未来よりやってきた彼女には、一つの権限が与えられていた。
それが、世界の時間を設定した時まで戻す機能の使用である。
例え全滅しようが、解決出来なかろうが、そこで全てを投げ出し、改めて設定した時間に戻す。そうやって彼女は、数えるのが億劫になって来るほど、何度も時を繰り返してきた。
戻す時間は三年後の世界で櫻木誠に手紙を渡した瞬間であり、どんなに願おうが、彼女の魂はそれより前に戻ることはなく、それを上書きすることも出来ない。
その為、記憶は残り、情報も全て揃っている。
そう思っていた。
だが、それは玲奈の勝手な思い込みだった。そして現在、玲奈は自分がどうすべきかわからなくなっていた。
というのも、これまでの世界で唯一の情報源となる滝井吉乃が一切情報を吐かなかったからだ。
何十回何百回と繰り返し、ようやく滝井吉乃が事件に関わっているのを調べ上げたが、理由やそのきっかけはまったくの不明。あらゆる道具を用い、全てを調べ上げようとするも、彼女の痕跡を辿ることはどうしても出来なかった。
そのうえ、いざ聞こうとすると、彼女は何故か躊躇うことなく、自殺という手段を選択した。
そうなれば、誠との関係も悪化してしまい、せっかく築きあげた協力関係も破綻してしまう。
それは、ある意味、世界の崩壊を意味していた。
そこで前回行ったのが、滝井吉乃を三年前の世界で暗殺することだった。その結果、喜ばしいことに、ゾンビの発生確率はゼロとなった。
だが、そのことを玲奈は誤って誠に伝えてしまった。
全てを知った誠は、自分の力が及ばなかったせいで親しい人間を失ってしまったことを心底後悔した。
だが、彼は玲奈を責めなかった。
それを正しいと理屈ではわかっていながらも、彼はその方法を取った玲奈に目を向けることなく、自室で自ら首を吊った。
それを目の当たりにした玲奈は、自分の判断が誤っていたのかと悔いるが、結果的には二人の犠牲だけで世界が救えたということで、すぐに帰還命令が成された。
だが、誠の亡き骸を腕に抱いたまま涙を流す三春の姿を見て、玲奈は不思議と自らの持つ『時を戻す』権限を行使した。
そして、誠に呼び出された玲奈は、誠からの協力を蹴るというこれまで取らなかった選択肢を選んだ。
それによって、どれほどの運命がねじ曲がったのかはわからない。
誠に協力し、これまでは容易に撃退してきた怪物も、静観するという選択肢を取ってしまったことで、相棒が死ぬという最悪な結末を彼に辿らせてしまった。
だが、悪いことばかりでは無かった。
人知れず殺すつもりでいた吉乃が自殺を躊躇ったことで、彼女から重大な情報を引き出すことにも成功した。
とはいえ、この情報が次にも引き継がれるのかといえば、そう楽観視出来る状況では無いのも事実だった。
(もしかすると、あの時取った判断は誤りだったかもしれない。ただでさえ、何度も何度も君という人間を利用し、何度も何度も辛い思いをさせてきた。それなのに、我々は再び君を利用している。だから、こんなことを思うのは許されざる行為かもしれない。だが、それでも言わせてほしい)
玲奈は健やかな寝息を立てる誠の前髪に指でそっと触れると決意のこもった眼差しで、扉の方へと向かっていった。
そして、扉を開けると、顔だけを誠の方に向けた。
「私は、全てが終わった後も、君に笑って生きていてもらいたい。だから、その為にやれることは全てやる。それが例え、規約に反する行為だとしても」
その言葉を最後に、胡蝶玲奈の姿は扉の奥へと消えていった。
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