5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)7
「……後は誠くんも知ってるでしょ? 誠くんのマンションに着いた私は、マンションの管理人さんに手伝ってもらいながら誠くんを車に乗せ、東京を出たわ。……もし、その子が言う通り、私が三春ちゃんに実験段階の薬を使用したことがゾンビ発生の原因だというのなら、私は何の罪も無い人々の命を奪った大罪人になるわね」
自虐的に告げた吉乃姉の言葉を否定することができない程、吉乃姉が告げた話は、俺に衝撃を与えた。
だが、俺にとって、吉乃姉が犯人だとかは、正直どうでもよくて、頭に浮かんだこの疑問を否定してもらいたい気持ちでいっぱいになった。
正直聞きたくない。だが、聞かない限り、この胸に溜まったモヤモヤが晴れることは無いだろう。
俺は深呼吸をしてから、意を決してこの質問をした。
「吉乃姉……俺達が倒したあの猿顔のゾンビは……もしかして三春だったのか?」
吉乃姉はその質問に顔を顰めると、俺から目を反らした。その仕草がもたらした衝撃はあまりにも大きかった。
「わからない。でも、昨日のゾンビはこれまで見てきたゾンビ達の中でも極めて大きかった。それこそあの日の三春ちゃんくらいには。……あなたの為にも違うと言ってあげたいけど……どうせそれは気休めにもならないわよね……」
吉乃姉は辛そうに告げるが、それを落ち着いて聞いていられる余裕を、俺は持ち合わせてはいなかった。
髪をかきむしるように掴み、昨日の出来事がフラッシュバックしてくる。
次の瞬間――
「おそらくそれは無いだろう」
俺の耳に、玲奈の落ち着いた声が届いた。
「……どういうことだ?」
「まず第一に、あのように大きなゾンビが出現するという情報が広まっていないのはおかしいと言える。残酷な物言いになるが、おそらく三年前の時点で、その身は殺されていると考えていい。そもそも、あれは男性器をつけていた。君の思い人であるはずがない」
「……男?」
玲奈の告げてくれた言葉は、俺を落ち着かせるのに充分な力を持っていた。
「そうだ。ところでそろそろ集合の時間では無いのか? 作戦はまた後で立てるとして、君達はそろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
その言葉を告げた玲奈は、部屋に飾ってあった時計を指差した。
時計は、集合と言われた時間の五分前を差しており、俺はその場から立ち上がった。
そして、こちらを見上げる吉乃姉に、俺は冷静に告げた
「悪いけど吉乃姉。ここでのことは皆には黙っていてほしい。全部終わったらちゃんと話すから。だから、お願い」
吉乃姉は俺の言葉に戸惑っている様子だった。そして、俺の顔色をうかがうように、震える声でこう訊いてきた。
「私を……軽蔑しないの?」
「なんで?」
「なんでって……私は三春ちゃんを化物に変えた張本人なんだよ!!」
いきなりすぎる質問に俺が間髪入れずに答えると、吉乃姉は立ち上がり、俺に向かって怒鳴りちらした。
そして、吉乃姉の目から一筋の涙が床へと滴り落ちた。
「誠くんがずっと前から三春ちゃんを好きなことは知ってる。そんな誠くんに私はずっと嘘を吐き続けてたんだよ? どんなに探そうと、どんなに強く願おうと、三春ちゃんはこの世にいないのを知っていた癖に……それなのに私は誠くんに見捨てられるのが怖くて、周りに責め立てられるのが怖くて……この三年間、誰にも言わずに黙ってきたの!! 私は非難されて然るべき人間なの!!! だからッッ!!」
「吉乃姉は悪くないよ」
「!!?」
「吉乃姉が三春に薬を使ったのは、三春を助けたかったからなんでしょ? 他にどうしようもなくて、頭が混乱した時、そんな便利な薬があるなら、俺だってそれに縋る。確かに、実験していない薬を使用するなんて良くないんだろうけど、俺は吉乃姉の行動が間違っているなんて思っちゃいない。だから俺は……少なくとも俺だけは、絶対に吉乃姉を責めないよ」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
その場に泣き崩れた吉乃姉は、何度も何度も謝罪の言葉を口にした。
三年もの間、誰にも打ち明けることのできない罪悪感に、いったいどれほど苦しめられてきたのか、俺には見当もつかない。
だが、俺の予想だにしない苦しみがあったことは容易に想像出来た。
だから俺は、三年前の吉乃姉には、絶対にこんな思いをさせないと、ひっそりと心の中で誓った。
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