表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/75

5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)6


「…………お茶?」

 何が出てくるのかとワクワクしていた三春は、神代が右手に握ったお茶のペットボトルを見て、首を傾げた。

 だが、対照的に吉乃の表情には衝撃で溢れていた。

「な……なんで主任がそれを持ってるんですか!!!」

 吉乃の悲鳴に近い怒鳴り声を聞き、三春はビクリと体を震わせた。

 それによって、ようやく三春はこの抹茶の如く綺麗な緑色をしている液体が、普通のお茶でないことに気付いた。

「よ……吉姉、これ、なんの薬なの?」

 怒鳴り声を全く聞かない従姉の様子から危険な薬物なのではないかと想像した三春の声音は震えていたが、吉乃はその様子を見ても、バツの悪そうな顔を見せるだけだった。

「ごめんなさい。機密情報だから、いくら三春ちゃんが相手でも話せないの」

「いいじゃないか。娘はこれからこの薬による奇跡を見る第一人者になるんだ。教えてやって損は無いだろう」

「……いったいどういうつもりで持ち出し禁止の薬を使おうとしているのかは存じませんが、主任がそう仰られるならお教えしましょう。三春ちゃん、あの薬は現在私達が総力を上げて取り組んでいる薬品でね、その効果は不老不死の力を摂取させた相手に持たせるものなの」

「不老不死ってあのおばあちゃんにもならないし死ななくなるってあれ?」

「ええ、そうよ。私も研究に携わってきたけど、マウス実験では凄い効力を発揮していたわ。病原菌を投与されて死にかけだった鼠が元気に走り回ったし、ナイフで多少の傷をつけても、その傷は塞がった。試しにと、神代さんがどっから持ってきたかよくわからない拳銃で鼠を撃ったら、少しの間ぐったりと動かなくはなったものの、数分後には再び元気に走り回っていたわ。多少凶暴化するという欠点があるくらいで、あまり副作用は見受けられなかったわ。まぁ、だからといって、人体になんの影響も無いとは断言出来ないから、数週間後に実験を控えているんだけど……それをどうして持ち出してるんですか、主任?」

 真剣な表情で問う吉乃の目は、持ち出し不可の薬品を手に握りながらくつくつと含み笑いを始めた神代を見て、徐々に鋭くなっていく。

「君達には伝えていないがね。この薬はどうやら私の望みを叶えてくれる代物なのだそうだ。だから私は、この薬を作ろうと決めたのだよ」

「……望み?」

 眉をひそめた吉乃の口から放たれたその疑問に満ちた言葉を聞いた瞬間、神代は目を伏せ、穏やかな表情を見せた。

「私は妻と娘の三人で過ごしたあの幸せな日々を取り戻したいんだ。……だから、私の邪魔をするな!!!!!」

 突然の感情爆発に驚く吉乃の目にサイレンサーのついた拳銃が映った。引き金には左手の人差し指がかけられており、それを見た瞬間、吉乃は恐怖で目を閉ざしてしまった。

 次の瞬間、吉乃は横から来た衝撃で、目を開いた。

 小さく抑えられた発砲音の直後に、小さなうめき声が放たれた。

 だが、そのうめき声は吉乃の口から放たれたものでは無かった。

 

 吉乃は壁に体をぶつけながらも、その光景から目を離すことは無かった。

 神代が握る拳銃の先にいた自分を突き飛ばし、そのせいで撃たれてしまった従妹の末路を、吉乃は何もすることができず、ただただ見ていることしか出来なかった。

 目の前では玄関の床を赤く染めていく三春が、か細い呼吸をしていた。

 命の灯火が今にも消えそうになっているというのに、自分は何も出来ずに見ているだけ。

 時間にすれば一秒かそこらだったが、吉乃にとってはかなりの時間をただ見るという作業に費やしていたように思えた。

 ハッとした吉乃は、急いで動こうとしない三春の側に寄り、血が流れ出るのを止めるべく、必死に血の流れる場所を押さえた。

 だが、それは三春を呻かせるだけで、なんの効果も無いように思えた。

「駄目よ!!! 私なんかを庇って死ぬなんて!! 気をしっかり持って!! 三春ちゃん? 三春ちゃん!!!」

 吉乃の目から大粒の涙が溢れ、震える声で何度も三春の名前を呼んだ。

 だが、三春は今にも閉じそうなまぶたに抗いながら、何故か笑い、今にも消え入りそうな声で、呟いた。

「……良かった……無事で…………お父さんが……誰かを傷つけるとこなんて……見た……く……無かった……」

「三春ちゃん!! 三春ちゃん!!! 駄目!! いっちゃ駄目!!!!」

 まぶたに抗っていた三春は、必死に叫ぶ吉乃の声に応えることなく、笑顔のまま、ゆっくりとまぶたを閉じた。

「……嘘……でしょ?」

 目の前に転がる現実を前にして呟いた吉乃の表情には絶望が広がるのと同時に、確かな怒りが湧き上がってきた。

 歯を軋らせ、怒りで鋭くなった目を、吉乃は神代に向けた。

 神代は呆然と座り込み、ただただ三春を見つめており、吉乃のことなど視界にすら入っていないように思えた。

 そして、頭に血が上った吉乃は神代の胸ぐらを掴み、叫んだ。

「なんで!! なんでこんなことをしたんですか!!!」

 だが、神代の虚ろになった目には吉乃が映っていないのか、まるで壊れたおもちゃのように、こんなはずでは、としか呟かなくなっていた。

 そんな神代にイライラしている吉乃の視界に、ペットボトルのお茶に偽装した薬が転がっているのが見えた。


 よくよく考えての結果じゃなかった。


 藁にもすがる思いでそのペットボトルを拾い、吉乃はキャップを外し、中の液体を三春の傷口に注いだ。


 無駄に終わるかもしれない。


 無意味な行動なのかもしれない。


 だが、可能性がゼロじゃないのなら、それにすがりたかった。


 三春の傷口は血が薬によって流されたことで服に空けられた穴からでも確認出来た。だが、薬が空になる頃には、まるで何事もなかったかのように、傷口は塞がっていた。


 空になったペットボトルを適当に投げ捨て、神に懇願した。三春が生き返って、また笑顔を見せてくれますようにと、目を閉じ、ただただ願った。

 そして、何かが立ち上がるのを音で察した吉乃は、もしかしてと思い、希望に満ち溢れた目でそちらを見た。


 だが、そこに立っていたのはいつもの三春などでは無かった。


 口からよだれをたらし、目は赤く爛々と輝かせ、更には体がボコボコという音を立てながら膨らんでいた。

 明らかな異常を感じとり、慌ててその場から立ち上がった吉乃は、呆然と座り込んでいる神代の横を通り抜け、壁際まで寄り、そこで改めて三春の方を見た。

 そこには三メートルになりそうな程の化物が立っていた。

 理性は今すぐ逃げろと警告してくるが、こみ上げてくる感情が、それに応じてくれることは無かった。


 化物の目が、座り込んで動こうとしない神代に向けられた。

 神代は呆然としたまま、三春を見ていた。

「こんなことになるなんて……すまなかった、三春」

 頬を伝い、床に涙の粒が落ちた瞬間、神代の上半身は、化物の手によって、一瞬で肉塊と化した。


 その一部始終を、返り血がかかる程の近距離で見ていた吉乃は、思わず息を飲んだ。

 自分がまだ実験段階の薬を使ったせいで、こんなことになってしまったという自覚はあった。

 これは自分に対する罰なんだと、死を覚悟した時だった。


 化物は吉乃の方に目もくれず、玄関の扉を突き破って去っていった。

 一瞬のことで、何がなんだかわからなかったが、目の前に広がる惨状を前に、こみ上げてきたものをその場でぶちまけた。

 胃の中が空っぽになったような感覚をいだきながら、吉乃は口元を拭った。

 そして、無事だった愛車の方までトボトボと歩いていき、そのまま自宅まで帰った。


 血で染まった服をその場に脱ぎ捨て、潜るようにベッドへと入った。

 これは全部夢だと自分に暗示をかけ、彼女は眠りにつこうとした。その時だった。

 目を閉じ、暗闇となった世界に三春の顔が浮かび上がり、彼女はゆっくりとこう告げた。

「誠をよろしくね、吉姉」

 その言葉で彼女は目を開け、現実逃避を辞めた。


 ベッドの上に脱ぎ散らかしていた白衣に袖を通し、財布や市販の薬を持ち、最後に誠の家の鍵を握り、誠の家へと向かった。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ