1話:この時は、夢幻か、現世か、夢と見たるは、世界の終わり(後)4
(……散々な目にあった……)
体力切れになったハナちゃんからようやく解放された俺は、目的地に到着した大型トラックから降りながら、そんな感想を抱いた。
「なんだ? 女の花園に行った割には元気が無さそうだな?」
声をかけてきたことで、俺はこちらに歩いて来ている涼太の存在に気付いた。
「女の花園? 俺にはあそこが処刑場にしか思えなかったよ……」
「どゆこと?」
首を傾げる涼太に対して、俺は露骨な溜め息を吐く。
俺は大型トラックの荷台で起こった出来事をかいつまんで涼太に伝えた。
「…………ってことがあったんだよね……どうした?」
涼太の顔を見ると、なんか複雑そうな表情でこっちを見ていた。
「ハナちゃんってあれ? なんか大学でよくお前に絡んでくる前髪パッツンの黒髪のあの子?」
「そうそう、何故か剣士のお前じゃなくて銃を使う俺に個人指導を頼んでくる子……なんだその顔?」
涼太の顔がどんどんがらが悪くなっていき、ガンを飛ばしてきそうな表情になっていた。
「要するにあれか? お前は俺が話しかけても雑な返ししかしてくれない嵐山先輩と二人で荷台に揺られている間、女子達と楽しくキャッキャウフフと遊んでいたわけか?」
「お前は話を聞いていなかったのか? 俺は何故か懐いてくれていると思っていた後輩に終始命を狙われた挙句、女子達から非難の視線を浴びせられ、唯一誤解を解いてくれそうな人に笑われ続けてたんだぞ? これのどこにキャッキャウフフなんてあるんだよ!」
「うるせぇ!! 俺だって可愛い後輩女子から可愛らしく先輩って呼んでもらいたいんじゃあああ!」
涼太の居合いをよろめくように避けた俺は尻餅をつくが、涼太は何故か未だに俺の喉元に剣先を向けてきた。
「その罪、万死に値する」
「知るか!! だいたいお前が二年前の事件で今回みたいに怪我したハナちゃん連れて行くのを拒んだからお前が嫌われているってだけで俺はなにも悪くないじゃん!!」
「黙れ!! 死ね! お前なんか死んじまえ!!」
涙まで流し始めた涼太が半狂乱状態で刀を振るってくる。
それはいつものような剣筋ではなかった為、疲れた俺でもなんとか避けられた。だが、それは一回では終わらず、俺は慌てて立ち上がって駆け出す。
「バカ!! ハナちゃんならともかく、お前の剣はマジ洒落にならねぇって!!」
「うっさい! うっさい! なんかあの美人の女医さんにも『誠くん』なんて親しげに呼ばれやがって!! 俺の悲しみをその身で思い知れ!!!」
追いかけてくる涼太の刀を必死に避けながら走っていると、目の前に屈強な男が現れた。
「おい!! そこのバカ二人!! バカやっとらんで積み荷を下ろすの手伝わんか!!」
そう言われた瞬間、俺と涼太は足を止め、彼に向かって敬礼した。
「「わかりました、大島隊長!」」
何度も拳骨を食らった成果なのか勝手に体が反応してしまう。
威圧的な風貌でありながら現二十四歳のこの少し紫がかった黒髪をかきあげたような髪型をしている男こそが、チーム桜の大島隊長なのであった。
「あと涼太、仲間に死ねという言葉を使うな!!」
その怒りの込められた言葉の直後に涼太の頭を一発の重い拳が襲う。
「っぐぅ……ぁ……あい……」
「では俺も仕事に戻る。くれぐれもさぼるなよ」
「サーイエッサー」
敬礼しながら大声で返事をする俺とは違い、拳骨をもらった涼太はうずくまりながら弱々しい声で返事をし、大島隊長は踵を返して再び仕事に戻っていった。
「……相変わらず恐ろしい人だな……大丈夫か、涼太?」
うずくまった涼太に手を伸ばすと、涼太は俺の手を握って立ち上がる。その表情は不満そうに見えた。
「全然大丈夫じゃない! 頭蓋骨陥没した! 絶対訴えてやる!」
「今の世界に法なんてあって無いようなもんだから、いい加減諦めろ」
その言葉に項垂れる涼太に肩を竦めていると、いきなりジト目をこちらに向けてきた。
「……ところであいつはどうだった?」
「……あいつ?」
「あの灰色ローブの女だよ。……感染の可能性は?」
真剣な表情でそう言われ、ようやく涼太が言ったあいつの正体がわかった。
「吉乃さんの話だと、外傷らしきものも見つからず、倒れていたのは極度の緊張によるものだろうという話だった。ただ設備が無い以上充分な検査が出来た訳じゃない。一応、念のために数時間監禁はしてみるらしいんだが、確率はゼロに近いそうだ」
「……そっか……お前の判断が正しかったんだな……」
涼太はそう言った時、少し嬉しそうな表情を見せていた。
「俺は危うく平常な人間を見殺しにするところだったって訳だ……」
そう呟くと、涼太は荷物を乗せてきたトラックに向かっていき、俺も彼と一緒に手伝いに向かった。
その後、嵐山先輩の明らかな私怨がこもったとしか思えない厳しすぎる特訓を終え、俺達は疲れるように布団に潜った。
この日、銀髪の少女が目を覚ますことはなかった。
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