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5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(前)5


 家に帰りついた俺は、近所のコンビニで買ってきた弁当が入った袋を片手に玄関で靴を脱いだ。そして、廊下を歩いたところで違和感に気付き、後ろを振り向いた。

「どうかしたのか?」

 帰り道の途中から深刻そうな表情を浮かべ、今までずっと黙っていた胡蝶玲奈が何故か玄関で立ち止まっていた。

「……今回は異様に早いな……」

「何が?」

「いや……君が知る必要性は無い」

 ぼやくように言った玲奈の言葉に疑問を抱くが、彼女がその言葉を最後にいつもの仏頂面に戻った為、そこまで気にすることではないのかもしれないと思い、俺はリビングに向かって再び歩を進め始めた。


 お腹が減っていたこともあり、昼食の時間は呆気なく終わった。食事中、ずっと話しかけてくる三春と違い、彼女はその何を考えているのかがまったくわからない表情のまま、無言でこちらを見続けてくる。

 沈黙に耐えきれなくなった俺が話を切り出そうとしたものの、話は食事が終わってからだと言われ、押し黙ることしか出来なかった。

 そんなこんなで食事の時間は終わり、片付いたテーブルを挟んで俺と玲奈は向き合っていた。


「さっきの話の続きをしてもいいか?」

 そう訊くと、彼女はゆっくりと頷いた。

「我々は君という人間を見つけ出す為にあらゆる手段を取ってきた。それはこの事件の鍵を握るのが君だけだったからだが……実は君と接触したことで君以上に事件と関連している存在があの校舎にいることがわかった」

「俺以上に事件に絡んでる存在?」 

「そうだ。滝井吉乃はゾンビ発生の原因となった事件に関わっている」

 もったいぶることなく淡々と言われたその言葉を、俺はうまく飲み込めなかった。だが、そうなることを知っていたのか、彼女の言葉が続く。

「三年後の世界では、アルバス大学救護班所属の人員で、人体医学や薬学に関するエキスパートではあるものの、研究員としてゾンビウイルスの抗体に関する研究を専門的に行っているそうだな?」

「そりゃあ元々吉乃姉は三春の親父さんである神代さんの助手として薬学関連の研究所に勤めてたらしいからね。その技術力を高く評価されて大学では研究室ももらってるけど、そんなにおかしなことじゃないだろ?」

 そんな情報をたった一日でどうやって調べたのかとか色々聞きたいことはあったが、それよりもどうしても聞きたいことがあった。

「というか、吉乃姉が事件に関わっているというのがよくわかんないんだけど……それって確かなことなの?」

 睨みをきかせて訊いているというのに、玲奈は平然とした表情のまま答えてきた。

「確固たる証拠は無い。滝井吉乃という人間が、少なくともゾンビ発生の発端となった事件の鍵を握っているというのがわかっただけなのだからな」

「吉乃姉が事件に関わっている……言われてみれば、一つ引っかかっていたことがあるんだ」 

 ゾンビ発生の原因は、正直よくわかっていない。

 避難民達の間では、闇の組織の陰謀だとか、神の試練だとか、どこかの研究室で研究が失敗した結果だとか色々噂されていたが、そのどれにおいても証拠は無い。

 ただ、発生した時期は三年前の六月下旬辺りだということはわかっていた。

 そして、ゾンビが発生したと思われる時期に熱を出して休んでいた俺を家から無理矢理連れ出し、助けてくれたのは、他ならぬ吉乃姉だった。

 熱で朦朧としていたし、あまりはっきりと覚えてはいないけど、風邪が治った時、俺は静岡のホテルで寝ていて、傍には看病してくれたであろう吉乃姉だけが座りながら眠っていた。

 当時は何がなんだかわからなかったけど、起きた吉乃姉から、突然ゾンビが発生し、東京は壊滅的な状況に陥っているのだと教えられた。

 当然、そんなこと信じられなかったし、俺は更に吉乃姉を問い詰めた。

 すると、吉乃姉はスマホで一つの動画を見せてきた。

 それは、どこかの女性レポーターが深刻そうな形相でヘリから中継している動画だった。

 ゾンビが発生し、壊滅的な被害を受け、自衛隊や警察組織等もゾンビによって多大な損害を負ったという情報を伝えながら、街を徘徊するゾンビ達を上空から映すものだった。

 そして、動画が終わる直前、鳥型のゾンビと思しきものがヘリを襲い、ヘリは為す術もなく墜落。そこで動画は終わった。

 その一部始終を見れば、なにかの冗談程度にしか思わなかったが、当時使っていたSNSに書き込まれた大量のゾンビ情報が、事の重大性を俺に教えてくれた。

 そして、俺は現実を受け止めた後、吉乃姉に一つの質問をした。それが、三春の居場所についてだった。

 だが、吉乃姉は突然涙を流し、膝から崩れ落ちた。

 ごめんなさい、と何度も何度も告げる吉乃姉の姿を見て、俺は最悪な未来を想像した。

 だが、俺はその未来を信じることができなくて、逃げようと訴えてくる吉乃姉の反対を振り切り、東京へと戻り、色々あって今に至った。

 ただ、思い返せば不自然な点が一つどころかいくつかある。

 ゾンビ発生のせいでどうでもよくなって頭から一瞬抜けていたが、あの時真っ先に浮かんだ疑問が……。


「吉乃姉、あの時なんで白衣なんか着てたんだろう……」 

「……いったいなんの話だい?」

 俺の突発的に出した疑問に、玲奈は懐疑的な眼差しを向けてきた。

「いやね、確か俺は熱で動けなかったから出席出来なかったんだけど、俺が熱で休んだあの日は三春の母親である三鷹(みお)さんの一周忌だったはずなんだ。姪にあたる吉乃姉も多分出席してたはず……なのに白衣っておかしく無いか?」

「君の記憶が正確であるならば確かに不自然ともとれるな。日本において一周忌での正装は暗色のスーツであるのが基本だ。近親者でありながら白衣を着るのは常識的な観点から言えばありえないと言える」

「もちろん何らかの理由があって一周忌に出席しなかったのかもしれないし、単純に着替えただけなのかもしれない。でも、多くの人が逃げ遅れてるなか、あの人は病人である俺を運び出す余裕もあった。それなのに三春やおじさんは助け出せなかった。今思えば不審な事だらけだ。……吉乃姉が事件の犯人とは思えないが、少なくとも発生の原因は知っていてもおかしくないと思う」

「なるほど。では、明朝滝井吉乃に話を聞くとしよう。当然協力してくれるよね?」

「それは別に構わないんだが、どうやって吉乃姉と玲奈を引き合わせるんだ? お前、今、脱走中だから他の人に見つかったら隔離されかねないぞ?」

「それを今から話しあって決めるんじゃないか。当然、君も力を貸してくれるんだろう?」

 その挑発的に繰り出された言葉に、俺はもちろんと返し、玲奈と共に色々とこれからの作戦について話しあった。


 結局話し合いや情報交換は夜の八時半まで続き、この日、三春が家に来ることは無かった。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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