5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(前)4
俺は今、玲奈と食卓で向かい合う形で座っていた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
「その前に訊いておきたいのだが、ここは機密性が保たれているのだろうか? 君にも親という存在がいるのだろう? 万が一にも訊かれた場合、記憶消去の処置をしなくてはならないのだが?」
「それについては心配無いよ。父さんは海外で仕事をしていて母さんもそれについていってるんだ。兄弟もいない」
「そう言えば、そんなことを聞いたことがあるかもな」
「……あれ、言ったか? 俺、お前とそんな話をした記憶が無いんだけど?」
「すまない。君からでは無いんだ。別の協力者からと答えた方が明確で良いだろうか?」
俺が変なことを言う彼女に疑問を抱くが、彼女は一切の動揺を見せることなく淡々と答えてきた。
「別の協力者ってことは仲間がいるのか? どんな奴なんだ?」
「残念ながら、それに関する情報漏洩は規約違反に該当する。申し訳ないが、個人に関する情報には答えられない」
「ケチくさいな」
「すまない。だが、言えば我々……というよりもこの胡蝶玲奈の中にいる私が消えることになる。まぁ、解決出来なければ同じことなのだがな……」
若干ながら遠い目をして告げられた意味深なセリフに、俺は息を飲むことしか出来なかった。
「とはいえ、これだけは言っておく。この胡蝶玲奈に入った私と君以外に戦力は無い。道具は色々とあるが、我々の存在を公に出来ない以上、こちらの三年前の世界では使用を極端に抑える必要がある。ゆめゆめ忘れるな」
玲奈の深刻な表情に気圧されながらも、俺はそれに対し頷いた。
「話を戻そう。家族が話を聞く可能性がないというのはわかった。では、君の想い人である少女、滝井三春がこの場所に来る可能性は?」
「……流石に今日は来ないと思うぞ?」
気分的には二日前だが、実際には昨日起こった出来事が鮮明に思い浮かんで頬が熱を帯びるのを感じた。
お互い憎からず思っているんだろうとは思いながらも、今一歩が踏み出せない関係だったというのに、あんな大胆なことをしたのだ。
拒絶されなかったからいいものを、あんなことして即日顔を合わせるのは流石に厳しいだろう。
「昨日やらかしたのもあるが、それ以前に俺と三春は学校が別だ。俺が休んでこんなことになってるなんて、三春が気付けるはずないよ」
「それはどうだろうか……」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない。では、これから君には我々が先日入手した情報を与えよう……ただその前に……」
玲奈がそう言った直後、俺の腹が盛大な音を鳴らした。
「……まずは腹ごしらえから始めよう」
少しうんざりとした様子を隠そうともせずに伝えてくるが、正直これは仕方ないと思う。
昨日は戦いに次ぐ戦いで呑気に食事を取っている暇なんて無かったし、今日は朝から何も口に入れていない。
「昨日は三春も夜は来なかったから材料が何も無いんだよなぁ……少し面倒だが、コンビニにでも行くか」
「では我々もついていくとしよう」
「ぇ……なんで?」
玲奈の予想外過ぎる発言に思わず言葉が出てしまい、彼女のジト目攻撃を真っ向から向けられた。
「我々は電池で動いている訳じゃないんだ。いざという時に栄養失調で倒れた場合、君一人でゾンビの発生を食い止める事ができるのかい?」
そう言われては何も言い返せない。
俺は渋々彼女をコンビニに連れていくことに決め、身支度を始めた。
◆ ◆ ◆
スーパーから出てきた滝井三春は、ビニール袋に入った食材を満足そうに見つめていた。
「いや~色々と調べてたらすっかり遅くなっちゃったな~。きっと誠もお腹空かせてるよね~! 早く帰らないと!」
嬉しそうな笑みを浮かべていた三春だったが、スーパーの前で歩き出そうとした瞬間、その表情は陰りを帯びた。
「……今度は食べてくれるといいな……」
そう言った彼女は、自分が弱気になっていたことに気付き、首を勢いよく左右に振った。
「ダメダメ! 私が落ち込んでたら誠が元気になる訳ないじゃん!!」
三春は自分の頬を両手で叩き、弱気になっていた自分を叱咤する。
「よしっ!」
赤く腫らした頬から手を離した三春は涙目になりながらそう意気込むと、帰りの道を走り始めた。
自分の大切な人が待っている。
何者にも代え難い大切な存在。
彼は一年程前、大好きな母を病気で亡くして落ち込んでいる時、ずっと傍に居てくれた。
ヒステリックになって、何度も何度も彼に八つ当たりをしたというのに、彼は毎日毎日変わらぬ笑顔で自分に接してくれた。
あの頃の彼が、今の自分と同じくらい辛い思いをしていたのだと今ならわかる。
だったら自分も、あの時の彼のように、彼が元気になってくれるその時まで待とう。
突然、誠の家を目指して駆けていた三春の手から、食材の入った袋が落ち、何かが潰れたような音が鳴る。
だが、彼女はそれを見向きもしない。
彼女は立ち止まったまま、ある一点を見つめ、呆けていた。
そして、彼女の目から一筋の涙が流れ、彼女の頬を伝い、足元に落ちた。
彼女が見たもの、それは、大切な人が見知らぬ女性と共に歩いている光景だった。




