5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(前)3
寝間着の上を脱いで下着姿になった俺は、三年後の世界での記憶を頼りに簡易的な治療を施し、左腕に包帯を巻いた。
こっちでは初めて行う筈なのに、俺の手つきは自分が思っている以上に手際が良かった。それを見て、大島隊長の手によって強制的に連れていかれた合宿を思いだしてしまった。
毎日のように体を傷だらけにされ、戦闘で常に治療してくれる相手がいると思うなと叱られ、俺は吉乃姉に治療方法を直接教えてもらった。涼太は大島隊長に直接指導されたけど、不器用過ぎるあいつの治療は結局、いつも俺が担当していた。
治療中ずっと愚痴ってくるし、治療してもすぐに傷だらけになって戻ってくる……でも、もうあいつを治療することなんて出来ない。
一緒にゲームをすることも、一緒に愚痴を言い合うことも、一緒にバカやって大島隊長に怒られることも……もう一生することが出来ない。叶うことなら、これから先もずっと……あいつとバカやっていたかった。
でも、それを言う資格は、俺には無いのかもしれない。
なぜならその機会を奪ったのは、他ならぬ俺なのだから。
俺が部屋に戻ると、椅子に座っていた胡蝶玲奈と目があった。
色々と彼女には言いたいこともあったが、その気持ちを押し殺し、彼女に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
感謝の言葉を伝えると、胡蝶玲奈は何故か首を傾げてみせた。
「我々は君の怒りを買うようなこと以外は何かをしたような記憶はないぞ?」
謙遜なのか、本当にそう思っているのか、それは彼女の表情から察することは出来なかった。
「確かに肩を電気銃で撃ち抜くのはどうかと思うが、それでも正気を取り戻すことが出来たのは他ならぬあんたのお陰だ。それに、あっちでもあの電気銃を貸してもらったことであのでかいゾンビに大きなダメージを与えることが出来た。まぁ、殺しきれはしなかったが、そこは俺の技量不足だからあんたを責める気はない。……それに涼太を殺してしまったショックに耐えきれなくなった俺を麻酔銃かなんかで眠らせてくれたのもあんただろ?」
俺がそう訊いた瞬間、彼女が一瞬だけ顔をしかめたのを俺は見逃さなかった。だが、うつむいて目を閉じた彼女が再び俺の方を見た時、彼女は先程までと同じような仏頂面を見せ、椅子のひじ掛けに手を置いて立ち上がった。
「勘違いしてもらっては困る。電気銃を貸したのは人間でもあれが使えるかどうか試す為に過ぎないし、君を眠らせたのも君がうるさすぎてゾンビが寄ってくる可能性を排除しただけに過ぎない。君の正気を取り戻させたのだって、その状態だと話がしにくいと感じたからだ。決して君の為におこなった訳ではない」
「それでも俺はあんたに感謝してる。だから、そんなあんたにこんなことを頼むのは忍びないんだけど……」
俺は床に膝をつき、胡蝶玲奈に向かって額を床にこすりつけた。
「頼む! 俺にあんたの手伝いをさせて欲しい!!」
胡蝶玲奈の話だと、このままだとこの平和な世界はあの世界と同じ歴史を辿ることになる。だが、俺はそれをなんとしても止めたい。
何が出来るでもない俺の力なんかが、彼女の役に立つかはわからない。だが、それでも俺は、ただ見ているだけというのは我慢ならなかった。
「俺は確かにただの人間で、あんたの足手纏いにしかならないかもしれない。……でも俺は!! あんな世界を受け入れることなんてやっぱり出来ない!! 友達も家族も、そして三春を……俺から奪ったあの未来を! 俺はどうしても変えたいんです!! だからお願いします!! 俺にも未来を変えるお手伝いをさせてください!!!」
俺は彼女が了承するまで頭を上げるつもりは無かった。例え彼女が拒否をしようと、絶対に諦めるつもりは無かった。
だが、胡蝶玲奈は俺の予想とは違い、駄目だと言わず、俺を見下ろしながら、小さな溜め息を吐いた。
「……我々がやろうとしていることは原因の究明と原因の排除だ。例え手伝ったとしても、英雄になるなんてことはない」
「元よりそんな称号に興味なんてないです!」
「……我々は、その目的を遂げる為に、必要なら君を見殺しにすることすら厭わない」
「問題ありません!」
「…………もしかすると、君の取る行動が君を慕ってくれている相手からの心証を悪くするかもしれない……それでもいいのか?」
「……それはいったい……?」
「質問に答えたまえ!!」
質問の真意がうまくわからなかった。ゾンビの蔓延る世界を回避する行動が何故誰かに嫌われるという結末に行き着くのかが、俺にはまったく理解出来なかった。
だが、胡蝶玲奈は顔を上げた俺に対し、真剣な顔で怒声を上げた。
意味は理解出来なかったが、真剣な眼差しには真剣に応えたいと感じ、俺はゆっくりと立ち上がり、彼女の真剣な眼差しを真っ向から迎えうった。
「例え誰かに嫌われることになったとしても、挽回のチャンスはいつかきっと来る。……だったら俺は、そのチャンスすらないあの最悪な未来を打ち砕いてみせる!!」
その言葉を聞いた玲奈は、何故か一瞬懐かしそうに俺を見つめ、小さくボソリと呟いた。
「やっぱり君はどんな道を通ろうと、君なんだね」
その声はあまりにも小さすぎて、俺には何を言っているのかが聞き取れなかった。しかし、聞き直そうとする前に、彼女は再び真剣な表情を向けてきた。
「合格だ。君はこれから我々の協力者だ。だが、この事を忘れてはならない。我々には上も下もない。君と我々の関係は対等な協力者だ。肝に銘じておくように」
胡蝶玲奈は対等という言葉を強調しているようにみえたが、その意図はいまいち掴めなかった。だが、そんなことよりも彼女が俺を協力者と認めてくれたのが嬉しくて、俺は彼女が差し出してきたその白い手を真っ向から握った。
「わかった。よろしく、胡蝶玲奈」
「我々を呼ぶ時はこの娘の個体名である玲奈でいい」
「あんまり女子の下の名前を呼び捨てで呼ぶのは気が引けるんだけど……」
「そんなことを気にしている場合か? いざという時にフルネームでは連携に支障をきたすこともあるだろう?」
「……まぁ、一理無くもないか……わかった。玲奈って呼ばせてもらう」
「それでいい、期待しているよ、誠君」
こうして俺こと櫻木誠は、未来からの来訪者である胡蝶玲奈と、ゾンビの発生を食い止めるという目的の下、協力関係を結ぶことに成功したのだった。
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