5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(前)1
まだ日も上がりきっていない空の下、格式高いと謳われる西条女学院の白い制服に身を包んだ滝井三春は、住宅街の中を一人で歩いていた。
表情には満面の笑みを浮かべ、鼻歌まじりにとある場所を目指す。
左肩にバッグをかけ、朝食の食材を入れた袋を右手で持つ彼女は、目的地のマンションが見えてきたことで、更にテンションが上がる。
自動ドアが自分の存在に気付き、いつものように迎え入れてくれたことで、三春は部屋番号を入力する機械の元に行き、ポケットから取り出した鍵でもう一つの自動ドアを開かせる。
そして、エレベーターのボタンを押し、下に来たエレベーターへ乗り込むと、彼女は迷いなく八階のボタンを押した。
エレベーターの中は一人だった。
エレベーターの動く音と自分の呼吸音しかしないこの場所で、三春は昨日のことを鮮明に思い出していた。
紅潮する頬に、彼女は手を当てた。
「……いつもみたいに接せるよね?」
そう呟くと、胸に手を置いた三春はゆっくりと呼吸を整える。いつも以上に緊張するものの、彼女の中に行かないという選択肢はなかった。
エレベーターから出た三春は、部屋までの道のりを無言で歩き、端の部屋の前で立ち止まる。
そして、昂る心を押さえる為、もう一度深呼吸をした。
「よし! 誠~起きてる~?」
インターホンを押しながらいつものように声をかけた三春は、少し経っても何の反応も見せない扉に首を傾げる。
彼女は携帯の電源ボタンを押し、ロック画面を開く。
数分とはいえ六時を過ぎている以上、彼ならとっくに起きていてもおかしくはない。
「おかしいなぁ?」
そんなことを呟きながら、三春は再びポケットから鍵を取り出した。
中に入った三春は靴を脱ぎながら奥に向かって声をかけた。
「入るよ~」
だが、反応はない。
いつもと異なる様子に疑問を抱きながら、三春はキッチンに食材の入った袋を置く。
そして、リビングの隣にある彼の部屋に通じる扉をノックし、その部屋を開いた。
次の瞬間、三春は肩にかけていた鞄が落ちるほどの衝撃を受け、絶句した。
中にいた少年、櫻木誠は毛布で体を覆いながら、ガクガクと震えていたのだった。
三春は一瞬、目の前にいる存在が本当に誠なのか信じることが出来なかった。
昨日の彼も確かにおかしかった。
いつもの彼なら絶対にあんなことをしない。
ましてや、昨日彼が起きた時も明らかな異常を見せていた。
色々な考えが脳裏を過ぎった。
「大丈夫なの誠!!」
落ちたバッグを気にすることなく、彼女は誠の傍に駆け寄った。
だが――
「来るな!!!!」
いきなり怒鳴った誠に怯え、三春はその足を止めた。
「…………ま……誠……?」
何故いきなり怒鳴られたのかはわからないものの、誠のことが心配であることには変わらない。
三春は不安そうな面持ちで誠に向かって手を伸ばす。
次の瞬間、彼女の手は彼の手によって振り払われた。
目を見開く三春の目にうっすらと涙が浮かぶ。
だが、ここで涙を流す訳にはいかないと、彼女は腕で乱雑に目元を拭う。
大切な人が怯えている。
彼の家族は海外で暮らしており、誠はたった一人でここに住んでいるのだ。
頼れる親族は数駅先に住む祖父母のみ。
だが、今の誠がその人達を頼れるとはとても思えなかった。
自分しか居ないのだ。
精神的に弱っている今の誠を支えることができるのは自分しか居ないのだ。
ここで自分が彼を見捨てれば、彼は生きていくことが出来ないかもしれない。
三春は怯えた表情で髪をかきむしり始めた誠を見て、覚悟を決めた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




