4話:叫びだし、その現実は、夢と化す、渇望するも、それは叶わず(後)15
空気中に漂う腐敗臭の中に残る確かな鉄の香りと、まるで大きな筆で赤い絵の具を塗りたぐったかのように広がる戦いの跡。
凄惨な戦いがここで起こったことは、容易に想像出来た。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
βとΔの隊員達とゾンビが地面に転がっている中、たった一人だけ、その場に立っていた。
だが、それは人と言うには大きすぎた。
首を失った隊員を片手で軽々と握りしめる巨大な腕、そのパーツを不自然と思わせない巨大な体は硬そうな皮膚に覆われており、俺達の警戒心を煽るには充分と言えた。
人よりも猿に近しい顔は何かを貪っており、俺達を見ようともしない。
「なんだありゃ……あんなの見たこと無いぞ。とりあえず大島隊長に報告しないと」
すぐに報告しようとインカムのスイッチを入れようとした。だが、隊長の声が届く前に、涼太の叫ぶ声が俺の耳に届いた。
「避けろ誠ぉおおおお!!!」
声に驚き、一瞬離していた目を前方へと向けた。
油断をしていた訳では無いとは言いきれなかった。
こちらを見向きもしない相手の行動を見て、ゾンビの速さなら動いてからでも避けれるとたかをくくっていたのは紛れも無い事実だ。
ポケットに入れていた隊長のインカムを使用するべくポケットに意識を向けたのは、間違いだったと言わざるを得ない。
目の前に迫りきた巨大な拳は空を切り、俺の身体を容易に吹き飛ばした挙げ句、隣校舎の壁に激突させた。
一瞬息が出来なくなるほどの衝撃で俺の視界は暗転し、そのまま眠るように意識は闇の中へと放り込まれた。
◆ ◆ ◆
「こっちに来るんじゃねぇよ、外国人。さっさと国に帰れ!!」
それは見た目七歳程の少年達が一人の子どもを囲んでいる映像だった。
中にいる子どもは暴言を放つ子どもにその赤い髪の毛を引っ張られ、涙目になっていた。
それが俺の小さい頃の記憶だなんてことは、一目瞭然だった。
子どもの頃、俺は同級生達に見た目が日本人っぽくないというのを理由に、よく仲間外れにされてきた。いや、仲間外れだけならまだいいが、中にはああして徒党を組んで俺の見た目をバカにする輩も多かった。
クオーターであり、祖父の血を色濃く引いていた俺の髪と瞳は他の子とは明らかに違い、事情を知らない先生の中には髪を染めた不良のレッテルを貼るような人もいた。
どんなに俺が日本人だと訴えかけても、俺を馬鹿にする声は収まらない。
もういっそのこと、髪をばっさり切ってしまおうかと考えた時、彼女は言ってくれた。
「なんで? 誠君の髪、私は好きだよ。だってお花みたいで綺麗だもん」
子どもの何気ない発言だったのかもしれない。
それでも俺にとって、その何気ない言葉が、心を救ってくれたことに違いはなかった。
◆ ◆ ◆
「……と、しっかりしろっ、誠!!」
その声で俺は闇の世界から回帰した。
そこは三年前の平和な世界などではなく、目の前には涼太が必死に例の巨大なゾンビと戦っている戦場だった。
涼太の立ち回りはまるでゾンビの意識を俺からできるだけ離そうとしているように見えた。
(何分意識が持っていかれてた?)
そう思い動こうとしたが、足と背中に激痛が走ったことで、動くことは出来なかった。咄嗟に出した左手の防御が間に合ったのか、左手からは絶え間なく痛みがやってくるものの、悶絶する程では無かった。
とはいえ、アドレナリンが切れればそれがどうなるかはわからない。
(くそっ……左手に掴んでたせいでインカムまで粉々かよ)
無事とはお世辞にも言えない状況ではあるが、幸いなことに涼太のお陰で、ゾンビの意識はこちらに向いていない。
だが、それもいつまで続くか。
(あの個体に銃が果たして効くのか? 一発で仕留めなければ……下手すりゃ死ぬな)
右手は幸いなことに問題なく使える。
俺は何かこの状況を打開する策はないかと懐のポケットを探った。
そして、懐に入れてあったそれに、俺の手が触れた。
ゆっくりとそれを引き抜くと、俺の視界に銀色の拳銃が映った。
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