4話:叫びだし、その現実は、夢と化す、渇望するも、それは叶わず(後)13
窓の方を見れば、数えるのも億劫になりそうな程のゾンビが窓に張り付いていた。
だが、それは一枚だけの話では無い。
廊下に面する窓全てにそれらはびっしりと張り付いており、それを見た子ども達や吉乃姉が怯えた表情を見せていた。
(しくじった。窓から突き落とした連中が復活しやがったのか!!!)
まさかここにきてツケが回ってくるとは思っていなかったが、後悔や反省は後回しにすべきだと俺の勘がそう囁いてきた。
「全員窓から離れろ!!」
俺が叫ぶと同時に、近くの窓が甲高い音を立てて砕け散ってしまった。
まばらであれば対処は容易だったというのに、展開はそううまくはいかなかった。
俺は急いで弾を詰め直した二丁のサイレンサー付きベレッタを持ち、前方から迫ってくるゾンビに弾丸をぶち込んだ。
そして、目の前のゾンビで硬直している二人に声で指示を出した。
「吉乃姉、ハナちゃん!! 急いで子ども達をまとめてくれ!! 援護しようなんて考えなくていい。とにかく二人は俺の射線に子どもを入れさせないようにしてくれ!!」
後方からすぐに二人の返事をする声が聞こえると、すぐに二人による避難誘導が始まった。だが、相手はこちらの万全を待ってはくれない。
更に二枚の窓ガラスが割れ、涼太のいる方向からも窓の割れる甲高い音が響いた。
(くそったれ!! こんな数相手に一人で抑えろってのかよ!!)
そう思った直後、俺のすぐ横にある窓ガラスが突然割れ、その破片が飛びかかってきた。
(そんな!? そっちにはいなかったはず!!)
破片から顔を守るべく咄嗟に腕を構えたが、運良く破片がこちらに届くことは無かった。
しかし、安堵は出来ない。
距離の関係上、一番厄介になるであろうと考え、そちらからのゾンビに対処しようとしたのだが、何故かゾンビはいなかった。
代わりに、どこかで見覚えのある銃が落ちていた。
(……これって確か!!)
その正体に気付き急いで拾おうとしたが、その直前に突如として大規模な爆発が起こった。
急いでそちらに視線を戻すと、俺の前にいたゾンビの群れが腐臭と共に皮膚が焼け焦げる匂いを発しながら悶え苦しんでいた。
「戦闘中の他所見は厳禁言われとったやろ。そんなことも忘れたんか?」
こちらへ近付いてくる足音と共に聞こえたその声は、とても聞き覚えのあるものだった。
「嵐山先輩……来てくれたんすね」
爆炎の中を平然と歩いてくるその姿を見て、俺は一筋の希望を見出したが、先輩は何故か俺の額にデコピンをかましてきた。
「このポンコツぅ、自分もチームの一員ならこんぐらい余裕持って対処せんかい。なんで俺が自分のケツ拭わないかんのや」
「イッタ!!? こんな状況でよくお巫山戯出来ますね! 現状見えてないんすか!!」
思わず涙目になってしまう程の衝撃が容赦なく俺を襲い、俺は訴えるように文句を言った。
だが、何故か先輩は愉しそうにニヤついてきた。
「ど阿呆。現状見えとらんのは自分の方やろ」
その意味深な言葉に内心疑問を抱いた直後、遥か後方から何かが壁を殴りつけるような音が廊下内に轟いた。
その音に驚き、後ろを振り向くと、ゾンビ達の前に見知った影が立っていた。
尻餅をついた涼太を背にし、たった一人でゾンビの大群を相手に一騎当千の戦いぶりを見せるその巨漢を見間違えるはずがない。
「大島隊長……」
飛び道具を一切使わず、特注のガントレットを嵌めた拳のみでゾンビ達を死滅させていくその人こそが、俺達が全幅の信頼を寄せる大島雲竜隊長その人だった。
◆ ◆ ◆
「誠、涼太、子ども達の護衛任務、ご苦労だった」
俺と涼太は大型トラックの前で、大島隊長に向かって敬礼を返した。
俺達は大島隊長達と合流した直後、すぐにこの大型トラックが置いてある駐車場までやってきた。
大島隊長と嵐山先輩が合流した途端、大量の返り血に染められた大島隊長の風貌に何人かの子どもは泣きだしてしまうが、この時ばかりはガムテープを口に貼り付けてて良かったと心の底から思った。
とはいえ、二人の合流は本当に心強く、お陰で女子チームや他校の人間が待機していたこの地点までスムーズに来ることが出来た。
それにしても涼太は子どもの護衛任務を受けた訳ではなく、独断専行だったと聞いていたんだが……どうやらそういうことにしてくれるようだ。
「それで質問なのですが……何故いきなりゾンビ達のスタンピードが起こったのでしょうか?」
「どうやら壁が老朽化していたようだ」
「老朽化、ですか?」
俺はここまでずっと気になっていたことを大島隊長に訊いた。正直、不明だと告げられると思っていたのだが、意外にも大島隊長はあっさりと答えてくれた。
「そうだ。この駐車場の付近にある壁が一部崩れていてな、どうやらそこからわらわらと入ってきたらしい。一応、トラックの一台を使って今は塞いでいるが、いつ他が崩れてもおかしくない。一刻も早くここを出る必要がある。そこで合流早々に悪いが、誠と涼太にはゾンビの残党を処理しつつ、チームβとΔの捜索をしてきてもらいたい」
「男子チームには数珠掛さんが一緒なんですよね? ここにはいなかったんですか?」
「あぁ、殉職した奴なら何人かいたが、それでも半数は見つかっていない。残念ながら梅護の奴も見つかっていない。だが、あいつならここの重要性を私よりも理解しているだろう。あの銃声も考慮するのであれば、おそらく初の襲撃でパニックになった新人達も最初は梅護の指揮の下、戦うも仲間が死んでいくのを見て、梅護の指示を聞かずに逃げ出し、ここから退避したのだろうな。梅護も戦線から離れていた身だ。一人になれば勝てぬと判断しただろうな。いや、あいつなら未来ある後輩達の助けに向かったかもしれんな」
「せめて逃げる前に大島隊長のところに行って報告さえしてくれればこんなことには……」
舌打ちしながら告げた涼太の言葉に、大島隊長は心苦しいのを隠そうともせず、優しく嗜めるように告げた。
「そう言うんじゃない。咄嗟の状況判断というものは場数や経験がものを言う。今回の原因のそもそもは、私が新人である彼らを連れてきたからだ。責めるなら私を責めろ」
大島隊長はそう言うが、実際は今回の任務を上が認めなかった為に起きたことだ。
報酬も出ないと言い含められ、それでも助けに出ようと決断した隊長に魅入られて俺達はついてきている。
今回の件で隊長を責めるのは筋違いだ。
「わかりました。彼らの捜索に最善を尽くします」
再び敬礼をすると、涼太も不満そうではありながら、大島隊長に対し敬礼をした。
「よろしく頼む。それとこれは私のインカムだ。……次は壊すなよ」
息も忘れてしまう程の威圧的な笑顔でそう言われ、俺はか細い声ではいと返事した後、大島隊長からインカムを受け取った。
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