1話:この時は、夢幻か、現世か、夢と見たるは、世界の終わり(後)2
太陽の光すら射さない曇天の下、俺達が降り立ったのは破壊された都市のど真ん中だった。ゾンビ共が出現して以降、ビル等の建物は倒壊したり、廃車が道路のど真ん中に放置されていたりで整備された道はほとんどが使えなくなっていた。
真っ直ぐでは数キロの範囲内でも、ゾンビやそういった障害物を回避するためにはかなり迂回しなくてはならない。正直肩が凝って仕方ない。
俺はコキコキと肩を鳴らした後、腕を軽く回し、二丁のサプレッサー付きベレッタM9をいつでも撃てるような状態にし、予備の銃弾やベレッタが入ったショルダーバッグを装着した。
「おいおい、たった数体のゾンビに予備まで持っていくとか……いくらなんでも必要ないだろ。俺も居るんだし」
「備えあれば憂い無しってやつだよ。お前も死にたくないなら気を引き締めろよ。ここからはさっきまでの安全空間とは違うんだぞ」
「わかってるさ。それで大島隊長? 敵は何処なんです?」
涼太による質問の直後、インカムから大島隊長の声が聞こえた。
「近くの廃ビルに入り込んだようだ。灰色のローブを着た人物を追っているらしい。もしかしたら例の救援要請をだしたグループの一人かもしれん。見捨てる訳にはいかん! 至急向かってくれ!」
「しょうがないっすねー。じゃあ、今日のおかず一つでどうです?」
「……拳骨なら今すぐにでも食らわせてやるぞ?」
「じょ……冗談に決まってるじゃないですかーやだなーあははははは!!」
引きつった笑みを浮かべる涼太のそんな返答を聞きながら目的地を視認した俺は、涼太に教えるべくそこを指差し、彼が頷いたのを確認してから二人で突入した。
廃ビルの中は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせており、ところどころ荒らされ、いつ崩れてもおかしくないように思えた。
微かな足音や、奴らの発する不気味な声を聞き取り、大まかな場所の確認を行う。そして、俺と涼太は真っ直ぐに灰色のローブを着た人物がいると思われる場所に向かった。
静かに階段を駆け上がり、二階へと到達。
そして、廊下の角を曲がろうとした瞬間、俺は涼太の前に素早く手を差し出した。
声で合図を出した訳ではないのだが、涼太は俺の意図を察して足を止めた。
俺がそっと角から先を覗くと、案の定、奴らはそこにいた。
赤き瞳を爛々と輝かせ、傍で倒れていた灰色ローブの人物へと向ける。その醜悪な見た目と微かに香る悪臭は何度遭遇しても気分が悪くなる。
だが、それなりに場数を踏んできた自信はある。三体だけならいつもよりも少ない方だ。
それに、救助対象が倒れている以上、深く作戦を考えている場合ではなかった。
(援護は任せろ)
敵に気付かれないように手信号を送ると、涼太はこちらに向かってサムズアップしてきた。
涼太は飛び出すと、腰の鞘に収めていた刀を引き抜き、こちらに気付いたであろうゾンビとの距離を一瞬で詰め、一瞬の躊躇いもなく、ゾンビの首を斬った。
(相変わらずだな。刀を引き抜いてゾンビの首を斬るまでの動作に微かな無駄も無い)
姿を晒し、涼太の動きを見ながらそんなことを思った俺は、そのまま両手に握った拳銃の引き金を引く。
サプレッサーによって小さくなった銃声が二発鳴る。
直後に涼太が口笛を吹いた。
「さっすが俺の相棒! 残り二体の眉間にドストライクだ!」
そんな呑気なことを言いながらも、殺気は一切解かない涼太。彼は手に持つ刀で、未だに生きている二体のゾンビの首を素早く斬った。
「これでローブの人を襲っていた奴は全員か?」
「おそらくな。だが、警戒は怠るなよ」
「わかってるって」
涼太の質問に答えながら、俺は倒れている灰色ローブの人物のもとに近寄る。
だが、涼太は少し距離を置いていた。
その理由を知っているだけに、俺はその行動に対して何も言わなかった。
「おいあんた、大丈夫か?」
肩を揺すると、その人物の体が仰向けになり、素顔が伺えるようになった。
その人物は、銀髪のボブカットが特徴的な高校生くらいの美少女だった。
「……意識はあるのか?」
「……ん? あぁ、意識は……どうやら無いみたいだ」
彼女の容姿は異常に整っており、一瞬見入ってしまった。涼太から声をかけられなかったらしばらくの間は動けていなかったかもしれない。俺はもしものことを考え、慎重に彼女の様子を確認した。頬を軽く叩いても意識は戻らないが、幸いなことに呼吸は正常のようだった。
「……どうすんだよ?」
少し不機嫌そうに聞いてきた涼太を一瞥し、俺は少し考えてみた。だが、やはりここに放置していくわけにはいかないだろ。
「……とりあえず連れ帰るか」
「はぁ!!?」
涼太の呆れたような言葉が俺の背中に向けられるが、俺はその言葉を聞き流しながら、背中に回していたショルダーバッグを胸の前に持ってきて、彼女を背負った。
あんまり胸が無かったこととローブが厚いせいで柔らかい感触なんてものは残念ながらなかった。
「おい! 本気で連れて行く気かよ!」
未だに涼太は不服そうだったが、俺は構わず彼に声をかけた。
「すまんが両手が塞がってるんだ。もし出たら頼む」
「そいつがゾンビになるかもしれねぇだろうが!」
涼太の言葉は最もだったが、それでも俺は彼女を置いていく気にはなれなかった。
理由はよくわからないが、そうしないと後悔するような気がしてならなかった。
「今はまだ平気かもしれないが、数時間後には俺達を襲う化け物になってるかもしれないんだぞ!」
「ならないかもしれないだろ? それに、大島隊長からの指示は彼女の救出だ。彼女が感染していようがしてなかろうが、大島隊長の判断を先ずは聞くべきだ」
俺が大島隊長の名を出した瞬間、涼太は押し黙ってしまった。
「……わかった。とりあえず大島隊長のもとに連れてって判断を仰ぐ……誠の言い分も最もだからな……」
「悪いな……お前の事情を知ってるのにこんなことして……」
俺が背中を見せた彼に謝ると、彼は何も言わずに俺の前を歩き始めた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。