4話:叫びだし、その現実は、夢と化す、渇望するも、それは叶わず(後)6
階段を上りきった先で、俺は膝に手をついて息が上がっている様子の吉乃姉と合流を果たした。
「ハァ、ハァ……大丈夫だった?」
吉乃姉は俺にそう言ってくるが、顔を真っ青にした吉乃姉の方が無理しているように見えた。
「俺は大丈夫だよ。足の方は?」
窓ガラスが散乱している以上、裸足では走らせることが出来ない。その為、あまり高くないとはいえヒールを履いた状態で走ってもらう必要があった。
足をひねっていては大変だと思い訊いてみたのだが、彼女は気丈にもこちらに微笑んできた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。それに家庭科室もすぐそこだからおぶってくれなくてもいいわ」
吉乃姉が指を向けた先には消えかかった文字で家庭科室と書かれた部屋があった。どうやら家庭科室近辺にゾンビはいないようだ。
「ごめんけど、休憩は家庭科室に入ってからにしよう。こんなところで休んでたらさっきのゾンビが二階に来るからね。それに、中の子ども達が無事かも確かめておきたい」
吉乃姉は少しきつそうではあったものの、俺の言葉が意味するところを理解したようで、すぐに息を整え、俺を先導するように、前へと歩き始めた。
俺が家庭科室の引き戸を開けようとすると、なかなか開かなかった。
鍵はかかっていないようだが、何かがつっかえているのかうまく開かない。
仕方無い為、微かに開いた引き戸の隙間に近付いた。
「おーい、助けにきたぞー」
軽くノックをしてから声をかけると、中から何かがぶつかるような音と、聞き覚えのあるような悶絶する声が聞こえ、すぐに扉が開かれた。
そこに立っていたのは何故か制服ではなくフリフリのワンピースを着たハナちゃんだった。
「ぜんぱいぃ」
何故か涙目で頭を押さえているハナちゃんに首を傾げるが、取り敢えず中に入れてもらった。
俺と吉乃姉が中に入ると、カーテンで遮光された部屋の中に多くの子ども達がいた。何人いるかはわからなかったが、中には長谷川にプリンを取られた女の子や二日目に校庭で泣き出した女の子もいた。
ある者は机の下に隠れ、ある者は自分より幼い子どもの手を握り、ある者はこちらに向かって構えていた。
吉乃姉の手によって閉められた引き戸の近くには、ほうきが不自然に立てかけられており、先程開かなかった理由も容易に推測出来た。
「……言っておくが、ほうきで扉をつっかえさせたところでゾンビにはあまり効果ないぞ。あいつら扉は開けずに破壊するから。寧ろ、いざって時に出れないから危険だ」
「そうなんですか!?」
「引き戸をご丁寧に開けてくるゾンビなんて見たことないだろ? せめてバリケードを作るとか……まぁいいや。そんなことよりどうしてハナちゃんがこんなところにいるんだ? 当初の予定通りならハナちゃんのチームはこの時間訓練中だったろ?」
大島隊長からここを守るように言い渡されたのかとも思ったが、それにしては格好が明らかにおかしすぎる。
「実は旭山さんにお願いされて一緒にここで子ども達の相手をしていたら突然銃声がしまして。旭山さんは状況を確認してくるからと私にここを任せて行ってしまわれたんです」
「旭山さんって確かここの中で最年長でリーダー格だった女の人だよな?」
「はい。でも、全然帰ってこないし銃声は鳴り止まないしで心配で……先輩、いったい外で今何が起こってるんですか?」
その質問に、俺は言葉を詰まらせた。
インカムを支給されていないハナちゃんが状況を理解出来ていないというのはおかしな話では無い。問題は彼女が二年前に今回のような大規模襲撃で多くの友達や家族を失ったという悲惨な過去を持っているということだ。
そんな彼女が今も正気を保っていられるのは、単に知らないからだろうが、その過去がトラウマとして残っているかもしれない以上、どうやって打ち明けるべきか……。
「ゾンビによる大規模な襲撃が発生中よ。誠くんは私の監視下で子ども達の警護を桜チームの大島隊長から任じられているわ」
先程までとは別人のように思える吉乃姉の冷静な立ち居振る舞いで、吉乃姉は俺が告げるべきか悩んでいたことをあっさりと告げてきた。
「ちょっ、吉乃ね……吉乃さん!」
「誠くん、冷静になりなさい。彼女の辛い過去は私も当然把握しています。ですがこの状況下で現状把握が出来ていないのは危険極まりないということも貴方ならわかっているはずよ」
「だけど……」
「この場において指揮権は私にあります。華さん、指揮系統の混乱を避ける為、今回だけ貴女を私の直属とします。…………華さん?」
不審な目をハナちゃんに向ける吉乃姉の様子を見て疑問を抱いた俺は、体ごとハナちゃんの方を向いた。
ハナちゃんは腕を掴みながら小刻みに震え、真っ青な表情で下を向いていた!
「ゾンビの襲撃? ……パパ? ママ? 茜……?」
まずいと思った時には既に手遅れだった。
「いやぁぁああああああああ!!!」
しゃがみこんで突然叫び始めたハナちゃんの声音に、俺は無意識に耳を塞ぐように動いた。
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