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4話:叫びだし、その現実は、夢と化す、渇望するも、それは叶わず(後)5


「そこ左に曲がって次の角右ね」

 背中におぶった吉乃姉の指示に従って、俺は子ども達が避難していると言われている家庭科室に向かっていた。


 その部屋は俺達が使っていた保健室と同じ校舎の二階にある教室なのだが、少し離れた階段を上る必要があった。

 というのも、先程一番近い階段を確認したところ、数体のゾンビがたむろっていたのだ。

 物陰から隠れて観察しただけな為、明確な数は不明だが、見えるだけでも五体はいた。見えない位置からもゾンビのうめき声や何かを貪るような音が聞こえた為、今は通るべきでは無いと判断した。

 校舎の大体の配置は吉乃姉が把握していた為、少し離れた位置にあり、尚且家庭科室にも近いその階段を利用することにした。


「……ごめんなさい、足手纏いになっちゃって……」

「ん? あぁ、別にこれくらい大丈夫だよ」

 申し訳なさそうに謝ってくる吉乃姉に、俺は一瞬何事かと思ったが、すぐにその言葉の真意はわかった。

 俺が吉乃姉をおぶっている理由は、彼女が運動を得意としていないのともう一つ、彼女がヒールを履いていたからだった。

 こんな状況下で履く靴ではないだろうが、緊急時である以上、履き替えることが難しいことくらいわかっていた。

 それに、救助者が歩けない時の為に、人を背負って走る訓練は日頃から強制的にさせられているし、実践も何度か経験がある。吉乃姉一人をおぶって走るくらいゾンビ相手の戦闘に比べれば雑作もない。


「それにしても誠くんは大きくなったねぇ……少し前までは泣きじゃくる誠くんを私がおんぶしていたというのに…」

「いやいや吉乃姉、それ十年以上前の話だから」

「そうだったかしら? ところで誠くん、呼び名が吉乃姉になってるけど、恥ずかしかったんじゃないの?」

「あっ……」

 吉乃姉に指摘され、自分が無意識的に吉乃姉と呼んでいたことに気付いた。でも、不思議と以前と違って気恥ずかしさはもう感じない。

 これも三年前の意識とリンクしたからなんだろうか?

「確かに人前じゃ恥ずかしいけど……やっぱり吉乃姉はいつまで経っても吉乃姉だから」

「そっか……そっか」

 吉乃姉の腕の力が少し強くなったような気がしたのと同時に、俺の耳が不気味な声を感知した。

「あっ、そこの角を曲がったところにある階段を登ったらすぐそこだよ」

「うん、わかった」

 完全に立ち止まり、吉乃姉に向かって返事を返し、俺は静かに彼女を下ろした。

 そして、向かい合うように立ち、俺は吉乃姉に向かって人差し指を口の前で立てた。

 意図が通じたのを確認し、俺は壁を使って身を隠しながら階段の方を見た。


 案の上、そこには二体のゾンビがいた。


「二体いる」

「そんな……じゃあまた迂回する?」

 小声で返してきた吉乃姉に対し、俺はどうすべきか迷った。

 先程の階段とは違い、今度は奴らの気配を上に感じない。とはいえ、できれば道中では弾薬は出来る限り使いたくない。

「吉乃姉、他の道は……」

「ここも使えないなら、隣の校舎を使う必要があるから遠回りになるね。しかも、一階で渡り廊下を経由する必要がある」

 吉乃姉が言わんとしていることは、俺も危惧していることだった。

 渡り廊下という校舎と校舎を行き来する為に作られた廊下の中には、外に出るタイプが多い。

 俺も胡蝶玲奈の捜索をする際に使用したことがある。

 ここは腰程の高さしか無いコンクリート壁がある程度の渡り廊下だ。ゾンビと接触する可能性は非常に高い。

 しかも、そこを無傷で抜けられたとして、利用しようとしている階段にゾンビがいないとは限らない。しかも、ここより多い可能性だってある。

(……ここを突破するしかないか……)

 現状、そうするのが一番手っ取り早いように思えたし、これ以上、ここで待っていたところで数が増える可能性もあった。

 ゾンビの特徴として印象的なのは、銃が剣等の刃物に比べてあまり効果的ではないことだろう。

 数秒の行動停止は出来ても、拳銃でトドメを刺すとなると、少なくとも頭に五発以上ぶちこむ必要がでてくる。

 だが、俺の戦闘スタイルはそもそも援護や状況判断を重視したもので、単独で戦うのは得意としていない。

 いつもなら俺と嵐山先輩でゾンビの足止めをし、その隙に涼太や隊長がトドメをさすのがうちの一番得意としているフォーメーションであり、嵐山先輩と違って火薬仕込みのナイフや近接戦闘用のナイフを所持していない俺は、単独で動くのはこれが初と言って良いだろう。


 大学のチームに加入して以降初の単独戦闘でありながら、銃弾もあまり使用できないという状況に、自分の心が焦っていくのを感じていた。

 時間はもはや一刻の猶予も無いと言っても過言ではない。

(……銃弾を一発も使用しないで突破出来ると思うな。俺の評価は涼太という優秀な前衛がいて初めて成り立つ評価だ。ここでこいつらとタイマンをはれると驕らないことこそが、今の自分が一番心に刻まないといけない教訓だ)

 思い浮かんだ案はとても最良とは言いがたいものではあった。だが、今考えられる中で最善の方法と言えた。


 作戦内容が定まり、俺は吉乃姉に小声で説明する。

「……わかった……やってみる」

 説明を終えた後、小声でやる気を示した吉乃姉を見て、俺は大きく深呼吸をし、覚悟を決めた。

「いきます!」

 吉乃姉にぎりぎり聞こえるであろう声でそう伝え、俺はゾンビ達の前に姿を現す。その瞬間、音に敏感な奴らがこちらに顔を向けてきた。

「走って!」

 飛び出すと同時に既に構え終えていた二丁の拳銃をゾンビ二体の額にそれぞれ合わせる。

 そして、俺が合図を出すと同時に、吉乃姉が壁から飛び出していくのが見えた。

 倒せるとは限らないと事前に伝えたというのに、吉乃姉は一切の迷いを見せることなく走っていく。


 俺を迷いなく信じてくれた吉乃姉の信用に絶対応えたい。


 サイレンサーで極限まで音を消した発砲音が二発ぶん発される。俺の放った弾丸はゾンビ二体の頭に風穴を通すが、それで倒せる程ゾンビというのは生半可な存在ではない。

 一発で倒れないのであれば容赦なく撃つつもりでいたのだが、幸いなことに、ゾンビ二体は一発で背を床につけることとなった。

 その脇を吉乃姉が走り抜け、手すりを握りながら階段を駆け上がっていく。

 ゾンビ達が倒れたのを確認し、俺も急いで吉乃姉の後に続いた。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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