4話:叫びだし、その現実は、夢と化す、渇望するも、それは叶わず(前)4
学校のチャイムが放課後になったことを知らせてくる。
雨の降り止む気配は無く、体中がびしょ濡れになっても、動く気力が沸かなかった。
結局俺には、どうすべきなのかがわからなかった。
「……もう帰らないと……」
濡れた体のまま、俺は屋上を出て、階段を降りる。
教室に向かう理由もなく、俺は玄関に着いた。道中、多くの視線に見られる感覚に襲われたが、別段気にすることはなかった。
誰かに話しかけられるが、今はとても、話をしたい気分ではなかった。
玄関を出ても、雨は止んでいない。
バッグの中には常備している折り畳み式の傘はあったが、今日はなんだか雨に濡れたい気分だった。
ぬかるんだ地面を歩きながら校門へ向かうと、色とりどりの傘を差した生徒達の中に、彼女はいた。
「誠!!」
不安そうな面持ちで三春が駆け寄ってくるのが遠目で見えた。
走ったことで泥が跳ね、衣服やバッグに付着しようと、彼女はそれらに構うことなく一直線にこちらへと来た。
「なんで傘差してないの! 今週は雨が降るから傘を持てって誠が教えてくれたんじゃん! ほら、ちゃんと傘に入って! 風邪引いちゃう!」
彼女は自分の傘を俺に持たせ、肩に掛けてた鞄からタオルを取り出し、俺の髪を拭き始めた。
「……なんでいるの?」
俺の質問に、彼女は顔をしかめた。
「誠が心配だったからに決まってるじゃん!!」
タオルで俺の髪を拭く彼女の手に力が込められる。
「朝からずっと変で……学校終わって連絡しても全然出ないし……心配したんだからね!」
彼女は今にも泣きそうな表情でそう言うと、タオルから手を離した。
「……やっぱりタオル一枚じゃ足りない……ちょっと待ってて! すぐに近くのコンビニでタオル買ってくるから!」
そう言って離れようとした三春の手首を俺は掴んだ。そして、彼女が驚いた表情を見せた瞬間、俺は彼女の手首を引っ張り、彼女の身体を抱きしめ、彼女の唇を奪った。
手放した傘が地面のぬかるみに触れた時、俺は何がなんだかわからず混乱している彼女を解放した。
だが、すぐに彼女は色々と理解し、顔を紅く染め上げていく。
「ば……ばっかじゃないの!!」
三春が俺に向かって怒鳴る。
「ここ校門の前で人目がいっぱいあるってのに何考えてんの!?」
いつの間にか野次馬が周りに出来ており、三春の怒る理由ももっともだと言えた。だが、今の俺にとってそんなものなどどうでも良くて、俺は目から涙が流れ落ちるのを抑えきれず、顔を真っ赤にして怒る三春を強く抱き寄せた。
「ちょっ……誠!? 話聞いてた!?」
「お前を! 失いたくない……っ!!」
俺は心の奥底からにじみ出たその言葉を、叫ぶように告げた。
三年後の意識と繋がったことで、俺は知ってしまった。
あのゾンビが蔓延る世界において、俺はある日を堺に三春と会えていなかった。
奥底に秘めたこの想いを伝える前に、彼女は俺の前から姿を消してしまったのだ。
隊長はきっとどこかの集落で生きているとは言ってくれたが、それでも多くの人は生きている可能性が低いと告げられた。
それでも俺は、三春がきっとどこかで生きていると信じ、鍛錬を続け、外へと出続けた。
しかし、玲奈の口から告げられた言葉が、俺の内にある芯に決して小さくない罅を入れた。
「……どうしたの、急に?」
奇怪な行動をとっている俺に戸惑っているのが、彼女の声から伝わってくる。
それと同時に、彼女が俺のことを本気で心配してくれているのが伝わってきた。
俺はそんな三春のことがずっとずっと好きだった。
だからこそ、彼女を失いたくなかった。
「行かないでくれっ! 何処にも行かないでくれ! 頼むから……俺を一人にしないでくれ!!」
今になって思えば俺は明らかにどうかしていた。
場所も顧みず、彼女に多大な迷惑をかけていたのだろう。
突き飛ばし、俺を置いて帰ることだってできたことだろう。
だが、それでも三春は、そんな俺を突き飛ばすような真似をすることなく、優しく受け入れてくれた。
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