4話:叫びだし、その現実は、夢と化す、渇望するも、それは叶わず(前)3
「……はぁ? 世界滅亡の危機に立ち向かうんじゃなかったのか?」
俺は彼女に訊いた。
その言葉は彼女への質問であるのと同時に、威圧的なものになっていることも自覚していた。だが、彼女はそれを意に介した様子を見せない。
「君はただの手掛かりに過ぎない。あちらの世界では多少腕に自信があったようだが、それだけだ。君はただの中継地であり、我々の予備の器に過ぎない」
「はぁ? 予備の器だと?」
「そうだ。この器が壊れた時の予備以外にもはや君の価値なんてない。その説得の為に君の望む話に応えたのだ」
その言葉は俺の怒りを買うには十分過ぎるものだった。
「予備……だと?」
俺という存在を蔑ろにするようなその言葉のせいで、俺の心を怒りという感情で蝕んでいく。
「俺はそっちの手伝いを買って出ると言ってるんだぞ?」
「その態度が気にくわない」
「こっちのセリフだ!!」
ため息混じりで告げられた胡蝶玲奈の発言で俺の堪忍袋の尾はあっさりと切れ、俺は彼女に一撃を与えるべく動いていた。
しかし、彼女はまるで俺が取るであろう行動がわかっていたかのように、俺の顔を右手で鷲掴みにし、コンクリートの床に俺の身体を打ち付けた。
全身を駆け巡る痛みに耐えきれず、俺の口からうめき声が漏れる。
そして、思わず閉じていた目を開いた時、俺の顔は彼女に鷲掴みされたまま、銃口を突きつけられていた。
「……俺を殺せば器は無くなるんじゃないのか?」
もはや負け惜しみでしか無い言葉に対し、胡蝶玲奈は淡々と告げた。
「安心したまえ。これは単なる電気銃だ。簡単にゾンビを焼き殺すことも出来るが、威力調整で今は気絶する程度に済ませてある」
まるで俺のようなちっぽけな存在など消そうと思えばいつでも消せると言われているようで、俺は悔しさのあまり歯を軋らせることしか出来なかった。
「……こんなことする相手に身体を渡せだと?」
「先に攻撃の意思を示してきたのは君だ」
「普通協力を促すものじゃないのか?」
「君はあれだけの非日常的な話を聞いておいて、まだ我々に普通を説くのか? まぁいい、少なくとも我々がそれに準ずる道理もない」
「チッ、あっそ……少なくとも俺は身体をお前に渡すつもりはないぞ? 日本語の勉強して出直してこいよ」
「ふむ。君はもう少し頭を使った方がいい」
「なんだと?」
「君はあっちの世界で君が愛する滝井三春の存在を認識できたかな?」
その言葉を聞かされた瞬間、頭の中でいくつもの仮定が浮かび上がってきた。
三年後の世界で生きていた俺の記憶の中に、三春の生死情報は無い。東京の中にある避難所に彼女とその父親である神代さんの所在に関する情報はまったく無い。
俺を東京から連れ出してくれた吉乃さんも、二人の所在については知らないとしか言ってくれない。
だから、俺は胡蝶玲奈の言葉に、何も言い返せなかった。
「答えは後日改めて聞かせてもらうとしよう。それまでによく考えておきたまえ」
胡蝶玲奈は呆然と床に転がる俺を放置し、出入口の方へと去っていった。
「俺はいったい……どうすればいいんだよ……」
ポツポツと降り始めた雨は、まるで俺の心境を表しているかのように、徐々に強くなっていった。
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