1話:この時は、夢幻か、現世か、夢と見たるは、世界の終わり(後)1
目が覚めた俺は、寝袋から出てあぐらをかき、近くにあったランタンを手に取り、慣れた手付きで火を灯す。その時だった
「あ~やだやだ、なんでこんな野郎どもと一緒に寝なきゃならんのかね?」
不満そうな声が隣の寝袋から聞こえてきた為、俺はそちらに視線を向けた。
「珍しいな、涼太……お前いつも最後の癖に……」
そう言うと、彼は寝返りを打ってこちらにくまの浮かんだ顔を向けてきて、不満そうに口を開く。
「お前こそどういう神経してたらこんな男だらけのむさい空間ですやすやと寝れんだよ? 無神経にも程があんだろ!」
「俺が寝た時は一人だったからな」
起き上がりながらそう答えると、涼太は露骨な溜め息を吐いた。
「そういやそうだったな……まぁいいや、とにかくさっさと準備終わらせるぞ。こんな悲しい野宿は二度とごめんだ!」
「それには激しく同意するよ。予定だと今日中に例の地点まで行かなきゃならないからな。頼りにしてるぞ、親友」
俺の言葉に涼太は困惑してはいたものの、彼の表情を見れば、嬉しいのだとすぐにわかった。
「きゅ……急に照れ臭いこと言ってんじゃねぇよ! 俺は先行ってるぞ!」
少し口調を荒くした涼太が、大型トラックの荷台の扉を開けて外に出ていく。それを見送った俺はおもいっきり背伸びをした。
「さてと、今日もいい夢を見れるように頑張るとしますか」
そんな独り言を口にし、俺は大型トラックの外に出た。
そこは、夢で見たあの懐かしい景色とは正反対の、荒れ果てた町並みが広がる東京という廃都だった。
◆ ◆ ◆
三年前、日本の東京で一つの事件が起きた。
それがきっかけで、日本の人口約一億三千万人のうち、その九割近くが死んでしまった。
他国の情勢なんてものもわからず、中枢機関も一年足らずで崩壊。
俺達の国は、たった一年で滅びへの一途を辿ることになってしまった。
その原因がアンデッド。通称ゾンビと呼ばれる化け物達の増殖だった。
三年前、突如として発生したそいつらは、町ゆく人々を襲った。
恐怖におののく者、泣き叫び逃げ惑う者、カメラでそのおぞましい光景を生放送する者、彼らは等しくゾンビになってしまった。
すぐに自衛隊や警察機動隊の出動がなされるも、致命傷を負ってもなかなか活動停止にならないやつらとの対戦は、国の防衛機関に大ダメージを与えるだけに過ぎなかった。
それだけではない。
やつらに噛まれたり傷をつけられた者は、すぐに感染するとは限らなかったのだ。
ゾンビから攻撃を受けた者は最大十時間という長い時を経て、徐々にゾンビへと化していく。
それが、感染拡大に繋がった。
政府がゾンビを架空の存在と認識し、対応が遅れたのも問題の一つだと挙げられているが、一番の原因は感染者が東京から出てしまったことだと言えるだろう。
自分は大丈夫だという根拠のない自信で、危険な東京から逃げようとする。未だに接触していないのであれば何の問題もないが、引っ掛かれたり、噛みつかれた者まで同じような行動を取った結果、東京から関東へ、関東から日本全国へ、遂には世界各国でもゾンビが発見されるようになった。
そんななか、ゾンビを倒す集団が現れ始めた。
それが、意外なことに高校生や大学生といった者達を中心にした若者達だった。
彼らは多くのゾンビゲームで培った知識と、SNSの繋がりによる情報伝達の速さを用いて、ゾンビを倒せる方法を模索し、倒し始めた。壊滅した自衛隊や警察官の人と連携して武器や食料を集め、彼らはゾンビと戦った。
特に、大学という広い学舎の中で自給自足の生活を始めたりする者達もいる。
かくいう俺もその一人だ。
付近の大学に匿ってもらい、ゾンビと戦う戦力として、仲間達を守る。
新設アルバス大学に属する正規チーム《桜》の戦闘員、それが今の俺の生活だ。
大型トラックに乗っている俺と涼太は、揺れる車内でトランプをしていた。
「飽きた!!」
トランプをいきなり叩きつけた彼の言葉に、俺は何度目かの溜め息を吐いた。
すると、涼太が突然気怠げな表情で訊いてきた。
「なぁ……まだつかないのか?」
「……大島隊長が残り二時間で着くって言ってからまだ三十分も経ってないぞ?」
「まじかよぉ……」
「まぁ……気持ちはわからないでもないがな」
俺はトランプを片付けながら、涼太に向かってそう言った。
俺達は現在、救援要請をしてきた人達を回収するべく、とある場所に向かっている。
大島隊長の話によると、彼らは数日前に拠点が襲われたらしく、命からがら逃げ出した数十名で今は難民キャンプをしている状態なんだそうだ。一桁の子ども達もいるせいで移動が困難なうえ、食料問題も併発。近くの廃墟となった高校で身を潜めているということらしい。
訓練中に大型バイクでその人が乗り込んできたせいもあって上層部は乗り気じゃなかったが、そこはうちの男気溢れる大島雲竜隊長がうちのチームが行くと損得勘定で動こうとする上層部を黙らせた。
大島隊長は、厳しくも、弱きを助ける男の中の男で、男性女性関係なく人気が高い。
その為、大島隊長の志に惹かれた若手のチームが今回の作戦に参加し、五台の大型トラックを用意して、出撃になったのだった。
「トランプを二人でってなるとやれることは限られてくるしさ、唯一ここにいる嵐山先輩は黙って本ばっかり読んでて話しかけても無視されるからつまんないし……俺も女子チームと一緒のトラックでわいわいお喋りしたかった……」
今、嵐山先輩が凄く鋭い目を涼太に向けてたんだが……見なかったことにしよう。
「……そりゃ自業自得だろうが。お前が初日にテンパって同乗者の女性陣に対してセクハラ発言連発したから俺まで巻き込まれてこっちに隔離されたんだぞ?」
「別に好きなタイプくらい良くない?」
「いや、お前その質問してないからな? キョドってやばい質問しかしてなかったぞ?」
「そりゃ緊張だってするだろ! 普段はむさ苦しい男連中としか話してなくて久しぶりの女の子達との会話だったんだぞ!! しかも今回の作戦に加入したあの女医さんがあんなに美人だとは思ってもみなかったんだもん! 引きこもりのおばさんをイメージしてたんだけど、蓋を開けてみればボンキュッボンの黒髪ロングの美人さんじゃん! せめて年齢とか趣味くらいは聞きたかったな~」
「年齢? 年齢なら確かもうすぐ三十路いくって愚痴ってたような……」
「……なに? 誠ってあの女医さんと知り合い……!?」
涼太が俺に詰問しにこようとしたタイミングだった。
甲高いブレーキ音と共に、俺達の乗っているトラックが止まった。
その理由は定かではないが、先程までナイフの切っ先を布で磨いていた先輩も、さっきまで女の話をしていた涼太も、人が変わったように目が鋭くなる。
当然だ。
まだ、目的地に着く筈がないのだから。
右耳につけていたインカムに反応があり、俺はスイッチを入れた。そこからすぐに大島隊長の声が聞こえてきた。
「誠! 涼太! 出ろ!」
「「了解!!」」
大島隊長の指示に、俺と涼太はすぐに返事を返すと、傍に置いていた武装を身につけ、戦闘の準備を終えた。
「さぁ、鬱憤でも晴らすとしますか!」
「油断だけはすんなよ、涼太」
嵐山先輩がトラックの扉を開き、俺と涼太は停車したトラックの荷台から飛び出した。
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