3話:恋文を、彼へと出した、その者は、世の理を、壊す者なり(前)1
「……やっぱりあの夢か……」
目が覚め、いつもどおりの天井を見て、俺はその独り言を口にした。この夢が関連しているのか、妙に頭が痛い。
とりあえず体を起こし、昨日のことを思い出して携帯を開く。案の定、メールボックスの中に彼女からのメールが届いていた。
その内容は、今日は日直の為、朝はこちらに来れないというものだった。
とりあえず、そのメールに返信することにした。
軽く朝の挨拶を先頭に持っていき、そこからの文に悩む。
夢の内容なんて話したところであまり面白い話ではないだろう。特に夢の中の自分が他の女性のことで頭一杯になっていたり、夢の中の親友と決闘して負けたとか、正直言って書きたくない。
「……とりあえず、頑張ってとでも送っておくか……」
メールを返信し、携帯をポケットにしまおうとした瞬間、すぐに携帯がメールの着信を報せてきた。
慌ててメールを開けば、彼女からの返信がもう来ていた。
そこにはありがとうとブイサインの顔文字があった。
俺はそのメールを見て小さく笑い、朝の支度を始めた。
教室に入り、隣の席を確認するが、そこには誰も居なかった。まるで使われていないんじゃないかと思わせる程の机に私物なんて置かれてはいない。
本当に昨日彼女はここに転入してきたのか?
それとも俺が彼女のことを考えすぎて彼女の幻覚でも見たのか?
そんなことを考えていると、教室の扉が開かれた。
そこには、昨日の転校生が突っ立っており、教室を見渡し始めた。
そして、すれ違うクラスメイトに挨拶されながら俺の隣の席に座った。
彼女は一言も発さなかった。
そのせいでクラスメイトからの評価は下降傾向にあった。
「お……おはよう……」
隣の席に座って挨拶をしないのも流石に悪いと思い、一応挨拶したのだが、彼女は返してこなかった。
他の人にも挨拶してなかったし、昨日も誰かと話しているところを見ていなかっただけに返ってくるとは思ってなかったが、やはり無視は中々に堪えるな。
しかし、そう思ったのも束の間、いきなり彼女はこちらにその容姿端麗な顔を向けてきた。
その唐突な行為に何も喋れなくなってしまうが、彼女は未だに喋ってこない。
彼女はこちらをじっと見つめ、俺もまた、彼女の目から目を逸らせなかった。
感情も、考えていることもまったく読めないその目が、不思議と怖いという感情を抱かせた。
「……な……なに?」
唾を飲み込み、勇気を振り絞って彼女にそう聞くが、彼女は何も言わずに俺から視線を逸らし、再び前を向き始めた。
いったいどういうつもりでこちらを見つめ続けてきたのかと困惑する気持ちもあったが、すぐにホームルームの予鈴が鳴ったことで、俺はその質問をすることは叶わなかった。
結局、彼女とは一言も話すことなく、そのまま授業は進み、昼休みになった。
昼食でも買いに行くかと席を立ち、俺は売店に寄ることにした。
今日もいつも通りの光景がそこにはあった。
我先にと、数の限られたパン等を奪い合う生徒。そんな彼らに対処していく売店のおばちゃん。
「……かったるいな……」
いつもならそこに入り込むのだが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。
とりあえず自販機のもとまで行き、お茶を購入する。
午後の授業をこれだけで耐えられるか不安だったが、俺の足は既に、売店を離れて教室の方に向かっていた。
教室に戻ると、席を隣り合わせにして食べる生徒達ばかりがそこに居た。とはいえ、一人飯には一人飯ならではの良さがある。
静かに自分のペースで食べられるところとか、他人に気を遣う必要がないところとか、話を無理して合わせる必要がないところとか。
そんな訳で、俺はスマホにイヤホンを差し込み、一人で音楽を聞きながら、本を読もうとした。
すると、本を取ろうと机の中を漁った時、一枚の封筒が膝の上に落ちた。
その訳がわからない状況に、俺の頭が疑問符で埋まっていく。
そして、慌ててそのハートシールが貼られた封筒を机の中にしまう。
(これはいわゆる……例のあれ……なのだろうか……)
わからない。
実は男友達によるドッキリでした。という悲しい展開なのかもしれない。
ちらりと横を見る。
彼女は綺麗な姿勢のまま、黒板の方を見つめている。
というか、飯はいつの間に食ったのだろうか?
いや、そんなことはどうだっていい。
彼女がこちらに視線を向ける様子が無いのであればそれでいい。
窓際の一番後ろである以上、彼女にさえ警戒していれば内容を知られることはないだろう。
俺は丁寧に封を開き、手紙の内容を確認した。
『夕刻十六時に屋上で待つ。その身に降りかかる命運を振り払いたくば、覚悟を持ちて参られよ』
(……果たし状かなんかか?)
読んだ感想はそれしか出なかった。
本当にラブレターなのか疑いたくなる手紙。とはいえ、送ってくれた以上、すっぽかす訳にはいかない。
俺の心には既に決まった人がいると伝える必要がある。
(……とりあえずちゃんと会って断らないとな……)
そう自分に言い聞かせ、俺は放課後の予定を決めた。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




