2話:朝起きて、そこにあるのは、臭い足、苛つく俺は、倍返しだ!!(後)4
「植物状態、か……」
昼食を食べに行く道中で、俺は先程の話を思い出していた。
ドラマとかアニメの中でならよく聞く状態だが、実際にそれを見たのは初めてだった。
(いや……そういえば三春の母親である静香さんも、確か亡くなる前は植物状態って言われてたんだったか……)
原因も不明、いつ目覚めるかも不明、ゾンビに襲われた際になにかが起こったのかもしれないということはわかったが、一番の問題点は他にある。
ここには生命維持装置がないということだ。
大学に戻れば、医者や病院から運び出した機材を使うことでなんとかなるだろうが、ここは急遽使用することになった廃校だ。そんな便利な道具は存在せず、そういう状況に対する備えもしていない。
このままでは、せっかく助けた少女を死なせてしまう。
「……それを回避する為には……移動の準備を早々に終わらせる必要があるということだな……」
使える資材を運ぶ為には、あと数日かかるかもしれないという話になっている。念のため、吉乃さんが彼女の事を大島隊長達に伝えるとは言っていたが、もしかしたら俺も呼び出されるかもしれないと言っていた。
「……となれば、さっさと飯を食べていつでも行けるようにしとかないとな……」
そう思い、校内の食堂の扉を開くと、そこは今朝よりも騒がしかった。
現在の時刻は十二時を少し回ったところであり、幼い子ども達が食事をしている予定だ。救護チームのメンバーは三十人前後の為、各自運搬作業や訓練の空いた時間を利用して食べるということで決まっている。
面倒な騒ぎに関わるのは正直ごめんな為、とりあえず決められた食事をトレイに受けとりに向かった。
(おっ、今日は珍しく手作りプリンがあるのか)
久しぶりのデザートに興奮しつつ、俺は空いた机を探す。
すると、騒ぎの輪の中に、涼太を見つけた。
「おい涼太、何があったんだ?」
肩を軽く叩いてそう聞くと、彼は俺の方に耳打ちしてきた。
「実はさ、さっきチームβの長谷川が子どものプリンを取ったんだ」
それを聞いた瞬間、俺は心の中でくだらなそうだなと思いながら、涼太から詳しく話を聞いた。
事の発端は、子どもの一人が卵アレルギーでプリンは食べれないという発言をしたことだった。
こればっかりは仕方ないことなのだが、問題はここから。
そのプリンを誰が食べるのかを子ども達がじゃんけんで決めた。そして、勝った女の子がそのプリンをもらおうとした時、そのプリンを横から長谷川がかすめ取ったらしいのだ。
勝った少女は大声で泣き、それを見たチームαの女子達が長谷川に激怒、というのが事のあらましだった。
「こちとら毎日のようにしんどい訓練してんだ! 毎日ただ飯食らってるクソガキに食わせるくらいなら俺がもらったっていいだろうが!!」
「ふざけないでください! 毎日きついと思っているのは長谷川さんだけじゃないんですよ! ましてやそれを理由に子どもから食べ物を奪うなんて最低です!! 早くこの子にプリンを返して謝ってください!」
一触即発の雰囲気を漂わせている長谷川とハナちゃんを見ていると、正直溜め息しか出てこない。
「どうする?」
「どうするもこうするもないだろ?」
俺は不安そうに聞いてくる涼太にそう返し、二人の近くにいた八歳くらいの女の子の元へと向かった。
「おい! なにやってんだ!」
長谷川の怒鳴り声を無視しながら、俺は泣いている女の子の前にしゃがみ、自分のトレイにあったプリンを手渡した。
「……いいの?」
泣き止んだ女の子が不安そうに聞いてくる為、俺はその子の頭を撫で、優しく微笑んだ。
「じゃんけんで勝ったんだろ? なら、ちゃんと賞品は欲しいよな?」
「お兄ちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
満面の笑みでお礼を言ってきた女の子は、周りにいた数人の子ども達と共に自分達の席に戻っていった。
「これで問題はなくなったろ?」
俺はしゃがんだままの状態で先程まで口喧嘩していた二人に聞いた。
「すみません、先輩。ご迷惑おかけしました」
「いいっていいって、ハナちゃんは女の子の為を思って怒ってくれたんでしょ? なら君は悪く無いよ」
素直に頭を下げるハナちゃんと違い、長谷川の方は何も答えられず、俺の目から逃げるように視線を反らす。
そんな長谷川の姿を見て露骨な溜め息を吐き、俺は立ち上がって長谷川に鋭い視線を送った。
「おい長谷川……」
「な……なんだよ?」
俺の威圧的な視線に長谷川は怯んだ様子を見せた。
「子ども達だって何もしてない訳じゃない。あの子達も俺達同様家族や友達をやつらによって奪われたんだ。それがトラウマになった子だっている。それでもあの子達は毎日恐怖と戦ってるんだ。俺達に心配かけまいと泣かずに我慢しているんだ。二度とこんな真似はすんな」
「……くそっ…………わかったよ……」
悪態をついたところで、俺に勝てる実力を長谷川は持っていないということを彼自身理解しているようで、彼は諦めるようにその言葉を呟いて、取り巻きと共に食堂を去っていった。
「面倒事には巻き込まれたくないんじゃなかったのか?」
嫌みったらしく聞いてくる涼太に、俺は小さく溜め息を吐いた。
「子どもの前であんなくだらない喧嘩を続けさせる方がよっぽど面倒になるだろ。もしあそこから殴りあいの喧嘩に発展してみろ? 俺達は人を殺す道具を常に携帯しているんだ。……何かが起こってからじゃ遅いんだよ……」
そう言うと、涼太は俺の意図を察したのか、自分の刀に手を置いた。
「確かにな……まぁ、誠が来てくれて助かったよ。……俺は子どもの存在が必要かどうかを考えることしか出来なかったからな」
「それこそ考えるだけ無駄だ。俺にとって子どもは守るべき対象で、それはよく考えて出た答えじゃない。ただ単純に、後悔したくないだけなんだよ」
「後悔、か……」
そう呟いた涼太に背を向け、俺は食事をとる為に近くのテーブルに座り、少し冷めてしまった昼食をとり始めた。
そしてこの日、大島隊長から一つの指令が来た。
その内容は、明日の午後十四時に、元々の予定を大幅に早め、資材等は諦め、人材のみを集めて早々に帰還するというものだった。
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