2話:朝起きて、そこにあるのは、臭い足、苛つく俺は、倍返しだ!!(後)3
「……本当にそんな願いで良いのか?」
「もちろんだ。ぜひ頼む」
俺は涼太にもう一度確認をとる。だが、彼に負けた以上、その命令に従うしかない。
俺は目の前にある扉をノックする。すると、中から入室の許可が下される。
「お邪魔します」
保険室の椅子に座った吉乃さんにそう声をかけると、彼女は露骨ににやついた。
「ようやく来たと思ったらお客連れかい?」
手に持ったコーヒーを口元に運んだ彼女がわかりきったことを聞いてくる。
彼女は俺が負けた現場におり、彼が伝えた命令も目の前で聞いていたはずだ。というか、こちらの勝利条件がペイント弾を相手の急所に当てるとかいうふざけた条件である以上、木刀でペイント弾を叩き斬る相手に勝てる訳ないだろ!
俺は露骨な溜め息を吐いて、緊張している涼太の方を見た。
「おい涼太、この人は滝井吉乃さん。昔からよく俺達の面倒を見てくれていた姉のような存在の人だ。人体医学のプロフェッショナルで、年は確か……」
一瞬、殺気を伴った視線が吉乃さんの方から向けられ、俺は言葉を飲み込んだ。
「取り敢えず、お前も大学に席を置いている以上お世話になるんだし、ちゃんと挨拶しておけ」
「よろしく、河津涼太君。君のことは誠くんからよく聞いてるよ。自分にはもったいないくらい頼りになる相棒なんだってね。これからも誠くんをよろしくね」
「ひゃ……ひゃい!」
背筋をピンと伸ばし、涼太は吉乃さんに差し出された手を握る。
「お……俺も誠君には、い……いつも頼りにさせてもらっていましゅ!」
噛み噛みで顔を真っ赤にする涼太に向かって、吉乃さんはクスリと笑う。
「ところで、涼太君も来るかしら?」
「え……来るって、どこに?」
涼太は用意されていたコーヒーを飲む俺を何がなんだかわからなさそうな表情で見てきた。
そして、涼太が再び吉乃さんの方へ顔を向けた時、彼女は人の良さそうな笑みを向けた。
「昨日襲われた女の子のところよ」
吉乃さんに案内された場所は、コンピュータールームと書かれた教室だった。
ノックをして反応がないことを確認すると、彼女は鍵を開けた。その時、涼太が刀の柄に手を置いていたところを俺は見逃さなかった。
「大丈夫よ、涼太君」
吉乃さんもきっと気付いたのだろう。彼女は涼太に優しく声をかけると、その扉を開いた。
そこは電気が供給されなくなってガラクタと化したパソコンが散乱した部屋で、その一画に組み立て式のベッドがあり、少女はそこに寝かせられていた。
「とっくに危険とされる十時間は過ぎてるわ。それでも彼女に変化はない。貴方達の早急な対応のお陰で一人の女の子を助けることが出来たわ」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす俺とは対称的に、涼太は罪悪感を抱いているような表情を見せた。
「……俺には彼女と合わせる顔がありません。ここで失礼します」
そう言った涼太は、吉乃さんに深々と頭を下げ、何処かへ行ってしまった。
「面白い子だね?」
「そこがあいつの良いところですから」
涼太の背中を見て、昨日の反省会を俺は思い出していた。
涼太は、自分が目標の安全より先に、敵を殺すことを優先したことを後悔していた。その原因の一つが俺の援護射撃。
いつもであれば、それは普通のこととして受けとる涼太も、気絶している少女を放ったらかしにしたという己の不甲斐なさに憤慨していた。
俺自身は、援護で敵の注意が一瞬でもこちらに向くようにしただけだし、実際うまくいったのだから問題はないと思った。
だが、あいつは自分ならそれが出来たのに慢心してしまったと、その行いを悔いていた。
普段は適当に流す性格のくせして、剣のことになると人が変わるあいつの性格が、俺は案外気に入っていた。
「……誠くん、誠くんってば!」
「……すいません、なんでしょう?」
少し上の空になってしまっていたらしく、彼女は心配そうにこちらを見てくる。
「心配なのはわかるけど、まずはこっちに集中してくれると助かるな」
「すみません」
「しょうがない。じゃあ聞いてなかった誠くんの為にもう一度説明してやろう」
(……わざわざ嫌みったらしく言ってくるところが、叔父にそっくりだな……いや、悪いのは俺だけどさ)
「実は一つ問題が起こっていてね……」
「問題……ですか?」
そう聞くと、吉乃さんは言うかどうか迷っているような表情を一瞬見せた。
「実は彼女……目覚めないんだ」
「……それは俺らが遅れたせいとか?」
「いや、それはない。少なくとも外傷は見当たらないし、そういう心配はしなくてもいいと思う……ただ……」
「ただ?」
そう聞くと、彼女は深刻そうな表情で告げた。
「うちの大学から持ってきた機材で詳しく調べたところ……彼女はどうやら……植物状態みたいなんだ」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




