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1話:この時は、夢幻か、現世か、夢と見たるは、世界の終わり(前)


●1日目:『この時は、夢幻(ゆめまぼろし)か、現世(うつつよ)か、夢と見たるは、世界の終わり』


 それはなんてことのないいつも通りの朝だった。

 太陽の眩しい日射しがカーテンの隙間から部屋に入りこみ、俺の目を刺激する。ゆっくりと重たい瞼を持ち上げ、陽光に顔をしかめる。

 そして、自分に乗っかった布団をめくりあげ、上半身を起こす。

「また……あの夢か……」

 左手を顔に当てると、自分が顔をしかめているのがなんとなくわかる。まぁ、あんな夢を見てるんだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 勉強机の上に置いてあるデジタル時計に目を向ければ、それは2031.06.09.06:00と表示していた。

「……頭痛い……」

 頭痛を感じ、再びベッドに寝転がるも、眠気は一切感じない。ベッドの上で右往左往するも、その行動は何の意味もなさない。

 だから俺は、いつものように諦め、朝食を作りにベッドから抜け出した。

 

 誰も居ない食卓に並んだ一枚のトースト。その隣にインスタントのコーンスープを並べ、俺は席に着く。

 いつものように飲もうとして気付く。

「……野菜ジュース……」

 面倒だとは思いつつも、俺は気だるげに席を立ち、冷蔵庫の方まで歩くと、中からペットボトルの野菜ジュースを一本取り出し、欠伸をしながら扉を閉める。

 食器棚からガラスのコップを取り出して野菜ジュースを注ぐと、再び席に着き、俺はようやく朝食をとった。


「くっそ……なかなか直らないなぁ……」

 いつも以上に抵抗してくる寝癖に対抗しつつ、俺は自分の髪型を整える。ただ、正直言って自分のこの日本人離れした赤い髪は嫌いだ。

 皆が黒髪のなか、一人だけ無駄に目立つし、地毛だと言ってもなかなか信じて貰えないし、なんか不真面目に見られるし……でも、あいつが鮮やかで綺麗だねと言ってくれたから、今はこの赤い髪と水色の瞳は個性だと受け入れている。

(そういえばあいつが来るまであと……三十分くらいか?)

 立て掛けられた時計を確認し、そんなことを思っていると、不意に玄関のチャイムが鳴り響く。

 来客の時間としてはいささか非常識だとは感じるが、こんな時間に来る客なんて一人しか思い浮かばなかった。

 洗面所から出て玄関に向かう際にもう一度寝癖がないかを確認し、俺は玄関の方へと向かう。扉についている覗き口を覗き、外にいる人物を見て、俺はゆっくりと解錠し、外開きの扉を開く。

 するとそこにいた人物は、こちらに満面の笑みを向けてきた。

「おはよう、誠! 今日も早いね〜」

 そんなことを言ってくる彼女に対して、七時前に人の家に来るお前がそれを言うのかと密かに心の中でツッコミを入れた。


 彼女の名前は滝井三春(たきいみはる)。西条女学院という女子校の二年生で、近所に住む幼馴染みでもある。

 昔から人見知りで、特に男子は俺以外に懐いているところを見たことがない。明るい茶髪のくせっ毛がアイデンティティーの彼女は、中学時代から男子の人気者だった。

 ただどういう訳か、未だに誰とも付き合っていない。


「……どうしたの? 具合悪い?」

 何も喋らない俺を心配しているのか、彼女は上目遣いで近寄ってくる。

「……いや、大丈夫。おはよう、三春。今日は早いね」

 俺がそう答えると、彼女は胸を撫で下ろした。あざといとわかっていても、それを可愛いと思ってしまう。

「いや~この前寝坊した時に寝顔見られちゃったから、今日は逆に私が見てやろうと思ったんだけど……いや~さすが誠、今日も早起きだね~」

 手で後頭部をかきながら苦笑する彼女に対して、俺は露骨な溜め息を吐いた。

「……だったらチャイム鳴らすのはおかしいだろ……」

 そう呟くと、彼女はまるで気付いていなかったかのような表情を見せた。

「……毎度のことながら本当に学年トップの才女か疑わしくなってくるな……」

「いや〜それほどでも〜」

「一応言っておくが褒めてないぞ? まぁいいや、もう少し準備に時間かかるだろうし、上がって待っててくれ」

「は〜い! おっじゃまっしま〜す!」

 そんなやり取りをして、俺は彼女を家に招き入れた。


 部屋に招き入れると、彼女は部屋の中でキョロキョロと視線をせわしなく動かしていた。

「いや〜相変わらず男子の一人暮らしとは思えないくらい清潔な部屋だな〜」

「そりゃあ、どっかの世話焼きの幼馴染が毎日のように乗り込んでは勝手に掃除してくれるからな」

「なに? 迷惑だって言いたいの?」

 頬を少し膨らませながら聞いてくる三春。冗談混じりで言ったのに通じなかったかな?

 機嫌悪くする前に謝っとくか。

「ごめんごめん。いつも感謝してるよ、三春」

「海外転勤しちゃったおじさんについていったおばさんから誠のお世話を頼まれちゃったしね〜! ほんっと、誠は私がいないとダメダメだからな〜」

 俺の反応がそんなに面白かったのか、三春が上機嫌になっていくのが目に見えてわかった。

 ダメダメって言われると正直辛いが、家事炊事が全然出来ない俺が今もこのマンションに居られるのは三春がお袋の信用を勝ち取っているからである為俺は苦笑することしかできなかった。


「ねぇ、ところでさ」

 椅子の上に三春が手提げカバンを置いたのを見て、俺は部屋に戻ろうとしていたのだが、三春に呼び止められたことでその足を止めた。

「やっぱり昨日も()()に寝たの?」

 彼女はいきなり深刻そうな表情でそう聞いてきた。

 正直なところ、その質問に対しては首を横に振ってあげたかったが、俺はそれにうなずくことしか出来なかった。

 すると、彼女が今にも泣きそうな顔を見せた為、俺は彼女の頭に手を乗せた。

「体のどっかに異常が出ているわけじゃないんだ。三春が悪いんじゃ無い。だから、あんまり気にすんな」

「……うん……」

 彼女は頬を紅潮させながら、俺の言葉に頷いてくれた。


 そこからはいつもと変わらない日常を送った。

 別々の学校ではあるが、駅までは一緒に登校し、違う駅で降りる。

 東ヶ丘高校に着き、クラスメイトのいる教室に入り、いつものように席に着く。

 いつものように授業を受け、いつものように購買で昼食を買い、いつものように一人で飯を食う。

 いつものように授業が終わり、いつものように三春と待ち合わせをし、いつものように三春と歩いて帰る。

 いつものように彼女がご飯を作り、それを一緒に食べる。

 いつものように彼女を家まで送り届け、いつものようにまた明日ねと言われ、いつものように帰宅する。

 いつものように風呂に入り、いつものように就寝した。


 そして、いつものように朝日は昇る。


「……また……あの夢か……」

 いつものように寝袋の中で目を覚ました俺は、溜め息混じりにそう呟いた。


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


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