こいつは『ミケ』
高校へ行くための道に、ちょっとだけ高い塀で囲まれた所がある。その塀の上では、いつも野良猫達がのんびりしていて、テスト当日の朝に見かけた日なんか、「猫は気ままでいいなぁ」なんて思ったりする。
ある日、その道で塀の上に座る2匹の猫と向き合っている子を見た。私と同じ学校の制服を着た男の子。ひょろっとしていて、学校指定のカバンが肩からずり落ちていた。
「…………」
猫も彼も、お互いを見つめて動かない。因みに猫は、黒猫と白猫だった。彼を警戒するでもなく、ただじっとその場にいた。
ふと、彼が此方を見た。朝だからなのか、そういう造形なのかは知らないけれど、眠そうな瞳が私を見た。
「……きみも、猫好き?」
「え、いや普通です……」
「そっか」
のんびりとした口調、話し終わった後、へにゃ、と笑う様子も含めて、なんだかなよなよしているな、なんて思った。別に他人の様子を評するほど、私も容姿が整っているわけではないけれど。
その日は2時間目に英語の単語テストがある日だった。だから私は、猫に視線を戻した彼と会話を続けようとはせず、後ろを通って学校へと向かった。
私の後ろで、にゃあ、と猫が鳴いた。
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「…………」
「やぁ、また会ったね」
「……そう、ですね」
帰り道、同じ場所に彼がいた。朝と違ったのは、同じ面子の猫達が塀から降りて彼の足下にいたことだ。それと、3匹目の猫を抱えていたこと。
因みに誰も気にしちゃいないだろうけど、2時間目の単語テスト全は然点が取れなかった。別に彼のせいだなんて思ってない。勉強しなかった私が悪い、うん。
「……猫好きなんですか?」
「うん」
「そうですか」
彼が優しい手つきで抱えた猫を撫でる。腕の中の猫は目を瞑って大人しく彼に撫でられていた。よく見ると、黒と白と茶色の三毛猫だ。こんな猫いたっけ、初めて見た。
じっとその三毛猫を見ていると、彼が此方に近づいてきた。足下にいたモノクロの猫達も一緒にひょこひょこと着いてくる。あの後仲良くなったんだろうか、猫達は彼に懐いているような感じだった。
「触る?」
「いや、遠慮しておきます」
「あはは」
ふいに黒猫が、彼の足によじ登ろうと身体を起こした。ズボンに爪を立てられた彼は、あ、と声を漏らして黒猫に手を伸ばす。
「こら、だめだぞクロ」
「クロ」
「こっちはクロで、そっちがシロ」
「そ、そのまま……」
「分かりやすくていいでしょう?」
「安直」
「辛辣だね」
クロとシロは暫く彼にすり寄っていたが、満足したのか飽きたのか、2匹仲良く去って行ってしまった。猫は気まぐれ、と言うけれど、それにしたっていきなりすぎて、私はぽかんとした顔で2匹を目で追った。
「うーん、良い名前だと思ったんだけどな」
「……そもそも、野良猫ですよね」
「うん、そうだけど。でも名前を呼ばれるって猫でも嬉しいと思うから」
「そうでしょうか」
「まぁ、俺の自己満? はは」
ふいに、腕の中の猫が大きな欠伸をした。彼の手がまた優しく三毛猫の頭を撫でると、ごろごろと咽を鳴らした。よほどご機嫌と見える。
「懐いてますね」
「こいつは特にね」
「……名前は?」
「うん? あぁ、こいつはミケだよ」
やっぱり安直だ。三毛猫だからミケ。思っていたとおりの名前で、思わず私は吹き出してしまった。そんな私を、彼が不思議そうに見つめてくる。
「え、笑うほど?」
「だって、思った通りだったから」
「えー……」
ごろごろごろ、ミケが気持ちよさそうに咽を鳴らした。それに応えるように、彼が頭を撫でる。
ミケはごろごろと咽を鳴らし終わった後、円らな瞳を彼に向けて、にゃあ、と鳴いた。
「こいつは綺麗な毛をしてるから、美毛ってつけたんだけどなぁ……」