3.イザベルはヒロインと婚約者にブチ切れる
そのままの話です。
学園祭前の生徒達の様子を知りたいと風紀委員会に依頼し、調べてもらった学園内の“噂”をまとめた報告書。
パラパラ音を立てて紙を捲り、自分に関係する噂を確認したイザベルは苦笑いした。
「“イザベル・アルザスは婚約者と親しくしているミネット・シュガーに様々な嫌がらせをしている”、“ノートに落書きをした”、“体育着を盗み便器に投げ入れた”、“靴に画びょうを入れた”ですって? 小説のヒロインが受けた内容よりも随分と幼稚な嫌がらせね」
小説のヒロインが悪役令嬢から受けた嫌がらせは、平民が何度も買えない高価な学用品を捨てる、祖母の形見のブローチを壊す、擦れ違いざま背中を押して階段から落とす、といったものだった。
王子に止めるように言われても悪役令嬢は嫌がらせを続け、ヒロインに怪我を負わせた結果、卒業式の後の夜会で断罪されて婚約破棄される。
その後、娘の醜聞を知り怒り狂った両親により、修道院へ送られるという結末を迎える。
小説では、悪役令嬢が悪役らしい行動をしてヒロインと王子の恋を燃え上がらせてくれたとしても、現実では違う。
実際、ミネットの私物が盗まれているとしたら、移動教室の時に教室の施錠を担任が怠っていることになる。
学園の警備体制と生徒の風紀が乱れていることになり大問題へ発展するのだ。
「騒いでいるのはミネット嬢と彼女の周辺だけ。もしかして彼女は小説と同じことをしようとしているのかしら? ほとんどの生徒が信じていないのは良かったわ。前世でも少女漫画にこういう展開があったな。ヒロインに意地悪をする悪役は、途中で更生して親友になるか更生しない場合は必ずひどい最後を迎える」
もしもミネットが小説を参考に動いているとしたら、イザベルを悪役に仕立てればアデルバードの気を引き、彼の心を掴めると信じているのか。
それならば、国を揺るがす大きな問題に発展する。
王家とアルザス公爵家は対立し、他の貴族達も混乱するだろう。
「問題が大きくなる前に、こちらから婚約を解消してもらうようお父様に相談しなければならないわね。馬鹿王子、恋人の手綱くらいしっかり握りなさいよ」
メイドに持ってきてもらった万年筆を手に取ったイザベルは、父親宛てに近況報告とアデルバードとの婚約解消を願い出る手紙を書き始めた。
翌日、約束通り生徒会室には生徒会長アデルバードの姿があった。
放課後、教室の前で彼を見かけた時はミネットに張り付かれていたから、てっきり打合せには来ないと思っていたイザベルは恋人よりも生徒会長の責務を優先した彼を少しだけ、爪の先分だけ見直した。
生徒会役員、専門委員長全員が揃い、アデルバードが打合せ開始を告げる。
書記の男子生徒が資料に目を通すように言い、室内にはページを捲る音が聞こえた。
バタバタバタ! バァンッ!
突然、廊下を走る誰かの靴音と勢いよく扉が開く音が響き渡った。
大きな音に驚き、一斉に顔を上げた全員の目が点になる。
「酷いわ!!」
勢いよく扉を開いた人物、髪と息を乱したミネットは開口一番そう言い放った。
「イザベルさん! 昨日、私が補習へ行かなかったことを先生に言いつけるだなんて酷いわ!!」
「「「は?」」」
真っ赤な顔でイザベルを睨むミネットの言葉の意味が分からず、生徒会役員達は顔を見合わせる。
「ミ、ミネット、待つんだ」
続いて息を切らしてやって来た騎士団長子息オリヴァーは、生徒会役員達の視線を一身に浴び口元を引きつらせた。
「何があったのだ?」
怪訝そうに眉を寄せたアデルバードが立ち上がると、怒りに満ちた表情を崩したミネットは口元に手を当てた泣き顔となり彼を見詰めた。
「アデルバード様ぁ~聞いてくださいー。イザベルさんが先生に告げ口をしてぇ」
アデルバードへ事情の説明をするミネット甲高い声で、連日小説を読み耽ったせいで睡眠不足のイザベルは目の奥が痛み出すのを感じた。
痛みを和らげようと、目を閉じてこめかみに手を当てた。
必死にイザベルのせいで教師に怒られ、次に赤点を取ったら卒業できないかもしれないと言うミネットと、相槌を打ちながら話を聞いているアデルバードに対して、イザベルの内から沸々と苛立ちが生じて来る。
打合せの邪魔だと、生徒達が思っていてもアデルバードがミネットの話を聞いている以上、他の者が二人の会話を遮断できない。
口を挟めるのは、副会長であり王太子の婚約者のイザベルだけ。
机に両手をついてイザベルは椅子から立ち上がった。
「あのねミネットさん。わたくしが告げ口をするなんて、くだらないことをすると思っているのですか? 補習担当の先生は誰が来なかったか把握していて当然でしょう? もしもわたくしが動くのでしたら、徹底的に、証拠も残らずに貴女を潰しますわ。貴女の振る舞いは、無知だとしても非常に失礼で不愉快です。そして打合せの邪魔です」
怒りを滲ませた声色に、隣に座る書記の男子生徒はギョッと目を開いて身を縮めた。
「ミネットさん、話は後で担当の先生に同席してもらい聞きます。何度も言いますけど打合せの邪魔です。殿下と一緒に退室しなさい」
退室を命じたイザベルを睨み付けたミネットの顔は、怒りで徐々に真っ赤に染まり勢いよく床を踏み鳴らした。
「邪魔ですって? うるさいわね!! アンタが悪役令嬢の動きをしてくれないから! アデルバード様の攻略が上手くいかないのよ!! ちゃんと役目を果たしなさいよ!!」
叫び声と共に身を翻したミネットは、目にも留まらない速さでイザベルへ掴みかかった。
「ミネット!?」
ダンッ!
「ぐっ!?」
制止の言葉をアデルバードが言い終わる前に、イザベルへ掴みかかったミネットの体は後方へ吹っ飛び壁に激突する。
襲い掛かったミネットの手首を掴んだイザベルが、勢いを利用して壁へ向けて投げ飛ばしたのだ。
静まり返る室内に、白目を剥いて気絶したミネットの呻き声だけが大きく聞こえた。
「殿下……恋人がこれでは殿下の品位も問われますわよ。これからも彼女と一緒にいたいのでしたら躾をしておいてください」
今まで聞いたことが無い、底冷えするような声と氷のように冷たい眼差しをイザベルから向けられたアデルバードは、ビクリと体を揺らした。
「イザベル、落ち着け」
「……落ち着け? 殿下の婚約者というだけで妙な噂を流され、失礼な方から悪役令嬢と言われたのに? わたくしが好き好んで殿下の婚約者になったとお思いですか? わたくしの意思ではありませんし、貴方と結婚なんて冗談じゃない。すぐにでも解消したいと思っています。ええ今すぐに解消しましょう。其処で伸びているミネットさんと婚約して、二人でお幸せになってくださいませ」
「イザベル」
手を伸ばそうとしたアデルバードを睨み、触れられるかもしれないという拒否反応からイザベルはスカートが捲り上がるのも気にせず右足を上げた。
「触らないで!!」
ゲシッ!!
「ぐああ!?」
近距離で放たれたイザベルの回し蹴りがアデルバードの股間へ直撃する。
目玉が零れ落ちんばかりに目を見開いた彼はその場に崩れ落ちた。
「あら、防衛本能で体が勝手に動いてしまいましたわ。そうだ、常識が無い恋人と一線を超えて問題となる前に、ここを潰して差し上げましょうか?」
「「ひっ」」
嘲笑を浮かべて淡々と言うイザベルに震えあがり、男子生徒達とオリヴァーは思わず股間を手で押さえた。
「これで、殿下に暴行を働いたとして、わたくしは婚約破棄、処罰を受けますわね。そうそう、先日面白い噂を知りました。婚約者に贈り物の一つも渡さない最低野郎が、恋人が強請るままにアクセサリーを贈ったと。わたくしをないがしろにしてくださった記録は全て、代筆だと分かるお手紙と一緒に確保してあります。勿論、彼方で気絶されている恋人様が貴方以外の男子と物陰で致していた行為も記録済みです。全てお父様に送りましたから、今頃国王陛下と王妃様もご覧になっていますね」
脂汗を流して悶絶するアデルバードを見下ろし、目を細めたイザベルは至極楽しそうにくすくす声を出して笑う。
「ぐうぅ、イザベル、私は、違う」
痛みで震える手を必死で伸ばし、息も絶え絶えの状態で声を出すアデルバードの両目から涙が流れ落ちる。
「違う? 涙を流して言い訳するとは情けないわね。やはり潰してしまいましょう」
汚物を見るような冷たい視線をアデルバードへ向け、イザベルは右足の靴先で彼の股間部をつつく。
「も、もう止めろ! これ以上やったら殿下が死ぬ!!」
床に倒れて身動きが取れないでいるアデルバードの股間目掛けて、再び足を振り下ろそうとするイザベルを我に返ったオリヴァーが羽交い絞めをして止めた。
「駄王子のイチモツを潰してやるのよ! 離しなさい!」
「王太子を再起不能にしたらご両親も咎を受けるぞ!」
オリヴァーと生徒達の必死の説得によりイザベルが落ち着きを取り戻した頃、股間の痛みで呻いていたアデルバードは意識を失っていた。
「殿下……」
気を失ったアデルバードの股間が濡れているのには気が付かない振りをして、書記の男子生徒は自分のジャケットをそっと哀れな生徒会長へかけた。
潰そうとしたけど、フルボッコまでしていないなと思い、タイトルを変更しました。
次話で完結予定です。