ブラウン管テレビの存在を君は覚えているか?
「パンパカパーン!おめでとうございまーす!貴方は『何でも好きなことを一つ忘れられる権利』を獲得いたしましたー!どうしますか?何を忘れたいですか?」
急に目の前が真っ暗になったと思ったら、瞼を上げた途端、目の前に現れた少年が満面の笑みでそう告げた。意味がわからない。
「…忘れる?」
「そうでーす!あるでしょ?生きてれば、忘れたいことの一つや二つ」
そう言われて過ったのは、一つの記憶。
「本当に…何でも忘れられるのか?」
「ええ、もちろん、なーんでも!」
少年はとても楽しそうだ。
この不可思議な状況が、何だかどうでも良くなり始めた。僕には、忘れたい記憶が確かにある。もしかして、本当に忘れられるのか?どっ、どっ…という心臓の音が、身体に鳴り響く。
「貴方は、『ブラウン管テレビ』を覚えていますか?」
「ブラウン管…?ああ、液晶になる前の、箱型のあれか。覚えてるよ。今君に言われるまで、忘れてたけど」
「そうそう、そんな風に、忘れていたこともふとした切欠で思い出してしまうものでしょう?でも、僕にかかれば綺麗さっぱり!記憶を消すことができるんでーす!」
少年のテンションは最高潮といった様子だ。
ごくり、と一つ、唾を飲み込む。そして僕は少年に告げた。
「…忘れたい。僕が、忘れたいのは…」
ーーー
「今回もダメだったなー」
口にした内容とは裏腹に、少年は相変わらず笑顔である。
「貴方は、『ブラウン管テレビ』を覚えていますか?」
「ブラウン管…?ああ、液晶になる前の、箱型のあれか。覚えてるよ。今君に言われるまで、忘れてたけど」
そういうものなのだ。人間は新しい記憶を積み重ねていけば、自然に過去を心の奥に仕舞えるようにできている。でも、あくまでそれは「仕舞う」だけだ。それは「忘れる」のとは違うのに、「忘れた」と勘違いしてしまう。
記憶は繋がっている。記憶と記憶の間を結ぶ線は、決して途切れることはない。全部、繋がっている。つまり、ある物事を忘れるということは、それに付随することも一緒に、まるっと忘れるということなんだけど…。
「もうこれで何人目かなあ。」
全てを忘れた人間がどうなったか。少年はその行末を知らない。しかし、知るつもりもなさそうだった。
「目の前にぶら下がった人参を我慢するのは、難しいよねぇ」
少年はそう言って微笑んだ。