君は何処から洗う?
「ただいま」
「おかりなさーい」
家の鍵は開いており、明かりもついている。そして、僕の声に対して返事がくる……一人暮らしをしていると忘れがちだが安心感があっていいなと僕は思う。
「じゃーん。似合う?」
結衣はエプロン姿を僕に見せつける様に体を捻りながら全身を見せてくれた。
「似合ってるよ。人妻って感じ?」
「もー、褒めても何も出ないんだからね?」
そう言って結衣は台所に向かった。僕は靴を脱いで家にあがると玄関を開けた時から美味しそうな匂いの正体に気付く。
「ハンバーグ? 褒めたらハンバーグが出て来るそうです」
「お勤めご苦労様です……なんちゃって」
栗色の長髪は料理中なので髪留めを使ってうまい具合に纏めている。そして、笑顔で料理をする姿は本当に可愛い。
「もーちょいで出来るからお着換えしてきなさい!」
「わかったー」
僕は自室に行きクローゼットを開けては着替えを始める。帰ったらご飯が待ってるっていいなぁ……ジャケットは衣文掛けで吊るして洗濯物を洗い物コーナーに置いてある籠に放り投げると結衣の元に行く。
「良し……完成! 結衣の手作りハンバーグです」
「ふむふむ。見た目は普通に美味しそうだな」
「もー、味も絶対……いや、多分美味しいんだから! お肉感を強めようと思って玉ねぎは少量なのでご理解ください」
「あはは。食べようか」
こぶし大のハンバーグにポテトやサラダが添えらえていて早く食べたい。
「あ! 待って待って」
「どうしたの?」
テーブルに料理を置いた結衣が片足に体重を掛け両手を絡ませてやや下を向きながら口を開いた。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
ここで上目遣いという悩殺ムーブをするが、僕は先手を打つ。
「ご飯たべよー」
「あー! ここは結衣が食べたい! とか言う場面じゃないのかな?」
「冷めないうちに食べよ?」
「んふふー。それもそうだね」
そう言って結衣はエプロンを脱いでソファーに座った。僕も隣に座る。
「いただきまーす」
「おたべおたべー」
ハンバーグにケチャップをつけてナイフを入れると肉汁が溢れる。一口食べると確かに肉感が強いけど美味しいな。ステーキとハンバーグの良い所を持ってきた感じで美味しい。
「どうかな? 美味しい?」
「うん。美味しいよ。結構あれかな、ワサビとか使ってもいいかも!」
「そうなのよー。お肉って感じが強いけどけど。いいでしょ? お肉の油が熱で溶けない様に混ぜるの苦労したんだからっ」
「よくできましたー」
「えへへ。もっと褒めて」
結衣と付き合って一年を超える。彼女の職業は保育士で毎日子供と付き合っている、そのせいか結衣自身も少し子供っぽい所が可愛いと思う。それなのに、僕より一歳だけ年上だから何て言うか……ギャップ萌え? 本人は出来るお姉さんを目指しているみたいだけど、感覚的には可愛い妹に近い。
「あ、そういえば。どうして休みになったの?」
明日も平日だし……保育士のお仕事はあると思うんだけど。
「えっとねー。結衣がお休み予定の日が結構前に会ったんだけどね。その時に同僚ちゃんがどうしても外せない用事があって! とか相談されて出勤したんだよねー。その子、前から明日休みの予定を取ってたんだけど『結衣先輩! この前はありがとうございました! 私が出勤するので代わりに結衣先輩が休んでください! お休みの交換です!』とか言うから甘えちゃった」
業務の調整で休みを取る事は普通に見る光景だな……まぁ、僕もある意味似たような物だけど。残業のし過ぎ……残業は未来の前倒しと言っても過言では無いかもしれない。
「で、偶然だけどお休みが被ったって事ね?」
「そうなのー。明日は一緒にお出掛けする?」
「いいねー。さて何処にいこうかな」
突然の休みは基本的にやることがない。なぜなら、休日じゃなければ友達もお仕事しているから遊べない。なので、急に暇が訪れると家に籠って一日が過ぎる。しかーし、今回は違う! 彼女と一緒に過ごす休日だ!
「ご馳走様でした」
「満足? ねぇ、満足した?」
「うん。とっても美味しかったよ」
「やったー! えっと、ご飯にする? うん? 違う違う。お風呂にするー? それとも……」
「とりあえず、お風呂に入ってくるね。汗は流したいし」
「あー、もー。じゃぁ入ってきなさい! 洗い物はお任せください」
ビシッと敬礼する彼女に全て任せよう。
「ありがとね」
「任せなさい!」
僕はお風呂の準備を始めた。お湯を張ろうとしたら既に張られていて驚いた。少し熱々のお湯を追加したらいい感じになりそう。僕が返ってきた時にはご飯もお風呂も用意してたのか……まてよ。結衣を選んでいたら?
まさか、既に準備済みなんて無いよね。
お湯を追加しつつ着替えを取りに部屋へ戻り、ついでに会社の携帯に連絡が無いかを確認すると何もないので僕はお風呂に入る。結衣が鼻歌混じりで洗い物をしていたのでお礼をしようかな。後で、肩でも揉んであげよう。
シャンプーで頭を洗いながら考える。何処に遊びに行こうかな……平日だし遊園地に行ってもいいし、ショッピングセンターに行ってお買い物するだけでも楽しいと思う。映画を見るのもいいな。
頭を洗い流した……顔を洗顔で綺麗に洗うと最後に体を洗ってお湯に浸かろう。そんな事を考えていると後ろの扉が開く音が聞こえた。振り向くと結衣がにやにや此方を見ている。
「あのー、結衣さん? 覗きですよね? 悲鳴をあげますよ?」
「ふっふっふ。結衣は悠真くんの無防備な姿を堪能しているだけなのでお続けください」
「では、遠慮なく」
僕は無視してボディーソープに手を出すと体を洗い始めた。
「あー、無視されると寂しいかも。ねーねー。無視しないでー」
「あはは。洗い物は終わったの? ありがとね」
「ふふふ。結衣は出来る人なので洗い物は完璧にしました。なのでお風呂に入ろうと思います」
僕が無視している間に服を脱いでいた。ドアをゆっくりあけると背中に柔らかい感触が押し付けられる。
「お背中お流しします」
「大丈夫です。自分で出来ますので」
「あー、ここは年上のお姉さんにきゅんってする場面じゃないの?」
「きゅんってしてるから恥ずかしいんですよ」
ぎゅーって僕の体が抱きしめられる。ボディーソープのお陰でぬるぬるしていて気持ちいい。
「あ、僕洗いながらして湯舟に入りますね」
「待って待って、結衣もすぐ体洗って入るから!」
僕は湯舟に浸かりながら結衣を眺めていた。
「悠真くんがエッチな目で結衣の胸を見ている気がしますよ?」
「おっぱいを見ているのは否定しないけど人がどういう風にお風呂入るのかって気にならない?」
「えー、どういう風に? どういう事?」
僕は頭から洗っていたけど……。
「結衣は顔から洗ってるでしょ? 僕とは順番が違うみたいな?」
「あー、女の子はお化粧するからかな? 早く顔を洗ってスッキリしたい! みたいな?」
「なるほど。そういう意味なら納得です」
「結衣も早くスッキリしたいのです。悠真くんもスッキリしたい?」
にやにや無邪気に笑う結衣の手が上下に動いている……。
「ぶくぶくぶくぶく」
「あー、悠真くんが鼻まで浸かってる」
この後、仲良く湯舟に浸かって疲れを癒していた。