悪魔
「あ、みて。貫禄があるね」
「森の賢人……ゴリラの握力って五百キロあるとか聞くよね。本当なのかな……あと有名だけど血液型はB型らしいよ」
「結衣と悠真はA型だから敵だね」
「血液型で敵味方を決めるのは良くないと思います」
二百七十度くらいガラスで覆われたゴリラコーナーには小さい子よりも大人が多かった。逞しい肉体美を見せつけながらゴリラがゆっくりと落ち着いてご飯を食べている。
「悠真くんみたい」
「僕は筋骨隆々じゃないんですけど……」
「うーん。ちょっと年下なのに落ち着いてる所とか?」
「結衣が子供っぽいだけだよ」
僕のお腹を結衣が拳でぐりぐりとめり込ませていく。そういう所が子供っぽいのです。僕達は二人で動物園に足を運んでいた、二人で見る動物たちは新鮮のはずなんだけど……僕には見覚えがある。というか、はっきりと覚えている。
「ゴリラさんってやっぱりうんち投げるのかな?」
「年上のお姉さんがうんちに興味津々です」
「ほ、ほら! 子供ってうんちとか好きじゃん? 結衣は別に好きじゃないんだからねっ」
そういうプレイはしないし……本当だと思う。
「ゴリラがどうしてうんちを投げると思う?」
「えー、やっぱ……威嚇みたいな?」
近づく敵にうんちを投げて威嚇をする。投げられた方は臭いし嫌だよね。
「それもあるかもね。でも、自然のゴリラはうんちを投げないって説があるよ?」
「んー。じゃあ、動物園のゴリラが投げるのは何でかな? 人間が嫌い?」
「人間が嫌いかぁ。嫌いだったら隠れたり見て分かるくらい怒りそうだけどさ。目の前のゴリラはそうじゃないよね?」
別に人間に対して恐怖を抱いている訳でもない。普通に過ごしている。というか、飼育員さんが来るとご飯が来たのかな? って感じで興味津々に近づいている。その様子から恐怖を感じている様には見えなかった。
「暇らしいよ」
「えー、暇? 暇だからうんち投げるの? あ、小さな子も暇だから友達に悪戯して反応が楽しいとかあるね。ってことはゴリラさんもそうなのかな?」
「所説あるみたいだけど、そうなんじゃないかな?」
見に来てくれる人間が騒いでくれるからうんちを投げる。反応が面白いから――退屈な檻の中でやる事がないから。彼らなりの暇つぶしかもしれない。僕だったら漫画や小説を読んだりゲームで遊んだりするけど、流石にゴリラは遊ばない。
少なくともゲームで遊ぶゴリラは居ないと思う。
「自然がいいのかな? 動物園は自由が無いのかな?」
「どうかなぁ。僕は動物の気持ちまで読めないけどさ。何もしなくてもご飯が出るから死ぬ事は無いでしょ? 自然界は天敵もいて苦労する事の方が多いんじゃないかな」
「難しいね」
いつもより結衣が僕にべったりだった。僕に腕を組んで胸を僕に押し付ける様にべったり。悪い気がしないけど少しだけ歩きづらいかもとか考えていると結衣が更に強く抱きしめる。
「あ、アイスだ。結衣はアイスが食べたいです」
「いいよ。食べようか」
ライオンやトラ。ホッキョクグマやゴリラを見て僕達は休憩する。園内に設置されているベンチに座りながら僕達はアイスを片手に雑談をしていた。
「色んな動物さんがいるから楽しいね」
「そうだねー」
「悠真くんと一緒だから楽しいね」
「そうだねー」
「む、うんち投げられたかったね」
「そうだねー」
僕の空返事に対してデコピンされた。
「悠真くんが何処か上の空ですね。結衣という超絶美少女と一緒に居ながら! 贅沢な奴です」
「ごめんごめん。少し考え事をしててさ」
「うん? お仕事が大変な感じ?」
僕の心配をしている結衣に何て説明しようかずっと悩んでた。それこそ、殺されるから先に殺す何て言っても納得しないだろうし。僕としても悩んでいる。もう少ししたら満と会うんだろうなと思うと心が重くなる。足だって震える。
「結衣にお願いがあるんだけどさ」
「うん? なぁに?」
僕は落ち着いて声を一定に保って彼女に行った。
「僕が帰ってって言ったらさ。もしも、僕が今日何処かで帰ってって言葉を口にしたらさ」
「うん?」
「素直に帰ってさ。明日に備えてゆっくり休んでくれないかな?」
「もしかして帰りたい? 疲れちゃった?」
結衣が僕の額に手を当てて熱でもあるのかと確認する。残念ながら僕は健康で体調も万全な為、結衣の予想は外れている。
「えっと……結衣何かしたかな?」
唇を結んで僕を見る目には心配していると伝わる。
「そうじゃないよ。僕からの一生のお願いって奴かな?」
「だーめ」
僕の手を掴んだ。そして真っ直ぐに僕の顔を見て彼女は言った。
「一生のお願いは大切にしなきゃ。結衣は大丈夫。その時はちゃんと言う事を聞くね?」
「ありがとう」
結衣が不振に思うのも不思議じゃない。ていうか変な事を口走る僕がおかしい。
「さ、ペンギンさん見に行こ?」
「うん」
僕達はペンギンコーナーに行って愛くるしいよちよち歩きの鳥を見て歩いた。前回無かった餌やりの時間が間に合ったらしく結衣が挑戦すると意気込んでいる。頑張れ! と応援して僕は隣で見守っている。結衣がアジの切り身を指でつまんでペンギンに恐る恐る近づけているのは面白かった。
あまりに焦らしていたのか、ペンギンの方からジャンプしてがっついたので結衣は小さな悲鳴をあげながら転んでしまった。大丈夫? と声を掛けて結衣を引き上げると、ペンギンさんが飛んだよ! ペンギンさんって飛べるんだねとか口にしているので安心した。
「初めてペンギンさんに餌あげたよー。でも、指が臭い」
「結衣が匂う……」
「あ、ひっどーい。結衣は臭くないもん。一緒にお風呂入ったもん」
「はいはい。手を洗ってきなさい」
結衣はお手洗いに向かった。僕はその間も餌やりにチャレンジしている人達を眺めながら結衣が来るのを待つ。
「あ、悠真だ」
とうとうこの時が来た。僕が待っていた人――満がここで現れた。
「よ。最近はよく会うね」
「うん。たまたま暇だったから遊びにきたの。そしたら悠真がいて驚いた」
綺麗な姿で満が僕の元に駆け寄る。
「悠真はペンギンが好きなの? もっと四足歩行で小さい子が好きだと思ってた」
「二足歩行で小さい子も可愛いもんさ」
「幼馴染に久々に会うと変わったなーって思うよね。まさか、ロリコンに変わってるなんて」
「ペンギンさんの事ですよ?」
口元を隠して笑う満に変な所は無い。そして、結衣が帰ってくる。
「悠真くんお待たせーって、あ! 満さん?」
「あ、結衣先生だ。こんな所で会うなんて……」
二人が顔見知りだと言う事も僕は知っている。
「二人が知り合いなのは驚きだったけどさ。こっちが西山結衣さんで僕の恋人でこっちが幼馴染の時雨満さん。結衣にお願いがあるんだけど、久々に幼馴染と会えたからさ……積もる話もあるし今日は『帰って』くれない?」
「え、いいよいいよ。二人の邪魔する気は無かったし、偶然通り掛かっただけだから」
満は僕と結衣の関係を知って遠慮している。
「あ、えっと……満さん? この後、用事があるから私は帰るので……大丈夫ですよ」
「そうなんですか? えっと悠真?」
僕に助けを求める満が新鮮だ。結衣さん本当にごめんなさい。
「結衣もそう言ってるし、満も暇でしょ? 僕と動物園を見て回らない?」
「満さん。是非、悠真くんの相手をしてあげてください」
「え、あ。えっと……はい! 分かりました」
結衣は悲しそうな素振りも見せずにまたねって声を残して出口に向かって行った。




