その、幻想の中で…
だいぶお待たせしてすみませんでしたっっ それでは、不出来な作品ですがどうぞお楽しみくださいませ…
―ユサユサ〃
「――ねぇ、聞いてるの?」
身体が揺さぶられた。
閉じていた両の瞼に、白い光を感じる――もう、朝だろうか。
「んー」
(――うるさいな…)
そう思いながら布団を被り直す。
とたんに、身体の感覚すべてが黒一色と暖かなぬくもりに支配された。
ささやかな抵抗――である。
襲い来る睡魔に身を委ねると、思考も次第に停止していく…
「ディアったらー…」
―ガクガク〃
今度は、先程よりも強い力で揺さぶられる。
(ぁーもう…揺すり過ぎ。いい加減諦めてくれよ…)
だが、まだまだだ…
この心地よい誘惑に比べれば、そんな程度の攻撃では…
「もぅっ!」
―…バフっ!
(―――ぶっ)
再びガードを固めようと動き出した時、布団の上から顔に目掛けて何かで押さえつけられた。
―モソっ
(…?)
ベタに枕か?と思いきや、どうやらそうではないらしい。
なにやらもぞもぞしている…
顔にあたっている感触からするとふわふわやわらかく、なま温かい。
そして、何気に重たい…ぞ?
(――これは…まさか…)
「フゥ゛ー」
――チクっ
結局、至福の時間は爪をたてた来訪者によりあっさりと破られてしまった。
「分かった。分かったから…もう、起きるよリリー」
気だるい身体にムチをうち、急いで上体を起こす。
「もぅ…今日は海に行く約束でしょう?」
視線を上げると、愛猫のスチュワードを抱えたポニーテール姿の彼女が視界に入る。
丁度いい具合に朝日に照らされ、アイリッシュグレーの髪が、目が、輝いて見えた。
そんな素敵な光景、のはずなのだが…
当の彼女は――眉間に、深々と皺をよせていた。
どうやら、のん気に呆けている場合ではないらしい。
(相当ご立腹のご様子で…苦笑ぃ)
視線を移すと刺客スチュワードは、先程まで出していた爪を既に白い手の中に隠している。
今は彼女の撫でる手に合わせて、ゴロゴロと声を出して幸せそうだ。
何故だろう…こちらをあざ笑っているように見えるのは、気のせい、だろうか…?
時々、いやかなり頻繁に同じ様なシーンを見ている気がする…
少々癇に障るので、とりあえずそちらを見ないようにした。
(しかしあいつは…今更だけど、何でリリーにしか懐かないんだ?)
内心、ため息を吐くがどうしようもない。
正直猫は大好きなのだが、あいつだけはどうにも懐いてくれない。
以前も、何回か触ろうと試みたがその度に手を引っ掻かれた…
最悪噛まれて手が腫れたこともあった。
(うーん、謎だ。今度、マタタビで釣ってみるか…)
「すまない苦笑ぃ。昨日の作業の疲れが、癒えていないみたいでね」
言いながら、口に手をあてて欠伸をかみ殺す。
ベットから降りると、そのまま腕を上げて伸びをした。
「んー…」
ポキっポキっと気持ちのいい音が鳴る。
大分、肩が凝っているみたいだった。
「――ぁ…ごめんなさい。そういえば、モスリーさん
――まったく夕方に急に呼び出すんだから…もぅ…少しは考えてくれてもいいのに」
「こらこら笑。お得意様にそんな事は言わないの」
一瞬呆けた顔をした彼女は、ハっとしたかと思うと今度はまた膨れている。
ころころと表情を変える――そんな彼女を微笑ましく見ていた。
―カリカリカリ
ドアを引っ掻く音がする。
スチュワードが散歩に出る合図だ。
多分、彼女(猫)に会いに行くのだろう。
この前、茶色い猫と彼が寄り添っているのを目撃したことがあったし。
「はーい。ちょっと待ってねー」
いつも通り、リリーが玄関まで見送りに行く。
(さてと)
一人取り残されたので、未だに寝ぼけた頭をシャキッとさせようと台所に向かった。
「ディア、もう少し眠る?」
顔を洗い終わると、見送りから戻ってきた彼女が台所に来ていた。
あれだけ行くのを楽しみにしていたのに…そう思うと、なんだか胸が温かくなる。
「いや、行くよ。楽しみにしていたからね。リリーと海に行くの」
その言葉を聞くと、彼女の顔がどんどん明るくなった。
「うん」
そう言うと彼女は軽やかな足取りで、朝食の材料を取りに行こうとする。
「ぁ――ディア、そういえば…」
クルリと後ろを向いた時、風に乗っていい香りがした…
鼻腔をくすぐる、彼女特有の甘く懐かしい香り―― その匂いに誘われる様に腕を掴んで引き寄せた。
丁度背中を見せた隙に、逃げられないよう彼女の腰にしっかりと手を回す。
心地よい眠りを中断させられたので、その仕返しに…とちょっとしたいたずら心もあったからだ。
タイミングよくボディーガードも外室中である。
「ぇ―っちょっと!?―――もぅ…」
文句を言っても、リリーは身体を委ねてくれた。
少し身体が強張ったみたいだったが、それもほんの一瞬。
次の瞬間には、体重を預けてくれていた。
頬を見ればうっすらと赤く染まっているし。
こんな少しの動作でも、とても愛おしく感じる。
やはり、彼女に相当溺れているらしい…
―トクン
彼女をもっと感じたい、そう思った。
目の前にある、ほんのりとピンクに染まり始めたうなじに、唇が吸い寄せられる。
「―んっ…ディア」
少しくすぐったそうに身を捩る。
向き合った彼女は、少し困惑顔だった。
誘惑と理性の間で揺れている…そんな眼差しでこちらを見る。
彼女のその潤んだ瞳、その朱色の頬、その熱を含んだ吐息――その全てがどうしようもなく、反則だった…
(ダメだ…)
思考の総てが目の前の恋しい人に集中する。
完全に、いたずら心は消え去っていた。
「あの…」
最近仕事が忙しく、しばらく触れ合えていない。
久しぶりに距離が近くなったからか、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
しばらくそのままの状態でいたけれど、本能がその状況を許さない。
「リリー?」
その声に、彼女はピクリと反応した。
少し時間をおいて、ゆっくりと顔を上げる。
そうして目が合うと、腰に回した手に微妙に力を加えて、ゆっくりと近づいていった。
そして――その唇に、優しく触れる…
少しかがんで首筋に、耳に、鎖骨に…
その温かな肌に触れる度に、甘美な誘惑に囚われていく。
彼女の全てを感じたい、もっともっと…
欲望は膨らむばかりで、止まるところをしらない。
自分の想いをこの口に乗せて、触れるか触れないかの弱さで徐々に彼女を焦らしていった。
・
・
・
「――ん…」
(――ぁ…夢…?やけに、鮮明な夢だったな…)
―ズキっ
(ぅ゛…身体が重…――てか何…頭いたー)
夢から醒めていくと同時に、頭の奥が鉛のように重たく感じる。
どうやら、風邪をひいたようだ。
頭がぼんやりとして身体が熱い。
今自分がどういう状況なのか――記憶を呼び起こそうとしても、鈍い痛みが邪魔をしてあまり思い出せない。
周囲に目を凝らすと、いつもの白い天井と照明が目に入る。
どうやらここは自分の部屋のようだ。
(よかった…)
自分が安全な場所にいることが分かったので、一先ず安心する。
とにかく、起きなきゃ――そう思って身体を起こす。
―ドタンっ!
「いっ、たー…」
全く、力が入らなかった。
歩こうと身を乗り出していたので、私の身体は重力に従ってそのまま床に崩れ落ちた。
床にへたること数秒。
(あぁー…どうしよ――このままここで寝ても…)
―ドタドタっ
そんな事を考えていると、慌てた様子の足音がこちらに近づいて来る。
「――どうしたんだい!?」
自室のドアが勢いよく開いて、血相を変えた婆ちゃんが部屋に入って来た。
「って、真海…お前、何やってんだ。寝てないと駄目じゃないか」
私の姿を目に留めると、呆れた顔をしてため息までつかれてしまった。
・
・
・
婆ちゃんの話に寄れば、私はどうやら熱を出して結構危ない所だったらしい。
朝になって私がいないことに気付いて、外に探しに出ようとしたら玄関に私がいたそうだ。
しかも、倒れていた上に、不運にも婆ちゃんが開けた扉がヒット…
惨状は言うまでもないが、着ていたスウェットはドロドロ。
今苦しんでいる頭痛…これも実は、その時出来たたんこぶが原因の1つ――だったりする。
話を聞いた後、家のドアは金属製だから心配になって頭を確認してたら、
「おまえは石頭だから大丈夫だよ」って言われてしまった。
これでも女の子なのに…しかも、かわいい孫なのに…そりゃないよ婆ちゃん…
現在、寝室のデジタル時計は6時15分と表示されている。
(確かあの時、午前2時だったから――4時間か…そりゃ熱も出るわ苦笑ぃ)
「しかし、あんた2日もよく寝たねーやっぱり若さかねー」
感心したような、それでいて少し貶したような言い方である。
(――あなたの孫なのに、ちょっと扱いが酷くないですか…?―――あれ…いま2日…)
「ぇえ!?―――っ!つぅー…」
大声で叫んだ為、頭に激痛が走る。
頭を押さえると、婆ちゃんはまた呆れたようにため息をついた。
よくよく考えてみろ。
そうだ、たかだが1、2時間で熱が下がるわけがない。
だったら、ということは…
「さて、真海。あんた動けそうかい?」
/(最悪だ…)
聖夜のクリスマスはもう、過ぎていた…
クリスマスに予定はない。
それは今までもそうだったから、この際置いておく…
ただ…!!
「真海…?」
/(――私のケーキーー…!|||)
この家に来た当初、私は婆ちゃんと約束したことがあった。
その1つが、年に2回だけ作ってくれると約束した稀少なお手製ケーキ。
何が稀少かというと、婆ちゃんは一人暮らしだったし和食派だから、今までケーキは興味がなかったらしい。
約束していた私の誕生日の時、ネットで調べて一緒に作ったけれど…
味の方は、シンプルな味だけどとても美味しくて、その後やみつきになったほどだった。
そしてクリスマス…
ここで婆ちゃんと一緒に暮らす前から、毎年この日になると、彼がいない寂しさを美味しいケーキで紛らわせていた。
それが、今回食べ損ねた…しかもとっても美味しいケーキを…
その事実は私にとって、とても、いやかなり悲観すべき事なのだ。
「――ちょいと真海…聞いてるかい?」
水気を含んだタオルをギュウギュウ絞りながら、婆ちゃんが尋ねてきた。
よく見ると、手は白くなり血管が浮き出ているように見える。
「ぅん…?」
先程まで意気消沈していた私――もちろん、さっぱり聞いていなかった。
「ぅん?じゃ分からないないよ。まったく…」
ふと、違和感に気付く。
笑顔だけど笑顔じゃない――ひきっつった口元…
そして、手の中のタオルはすっかり水気が無くなって、パサパサしていた…
(ひぃぃ…)
「そんな事だから彼氏がいないんだよ」
(――ぐはっ………………)
トドメの一言。
容赦なく浴びせられた怒りのオーラと言葉の棘。
それらは無防備な心に深々と突き刺ささり、私の体力を削ぎ落としていった。
もはや、起きている気力がなくなった私は、力なく横たわる。
「コホっ――まぁ、とにかくっ……」
流石に言い過ぎたと自覚したのか、咳払いが一回…
「病院に行かなくちゃ。さっきも言ったように、あんた40度近く熱が出てたんだからね…」
そう言った婆ちゃんは眉毛を下げて凄く心配そうな顔をしている。
なんだかんだ言っても、やっぱり優しい――本当に心配してくれていることが分かってとても嬉しかった。
それから、私は特製たまご粥を食べて少し眠った。
このお粥も、卵とおネギがたっぷり入っていてとても美味しいのだ。
少し眠ると頭は相変わらず熱と重たさが残っていたが、手足がそれなりに動くようになったので病院に行くことになった。
今、婆ちゃんは保険証やら財布やらを粗探ししながら、片手でタクシー会社に電話している。
とても歳をとっているとは思えない、キビキビとした動きだ。
(うーん、我が婆ちゃんながら凄い…)
私はというとそんな光景を横目に、未だにぼーとする思考であの不思議な彼女のことを思い出している。
(またあの人に会えるかな…)
あの時の気持ちも風景も、この心に焼きついていた。
ほんの数分の出来事…
だけど、何故だろう?
すぐに思い出せる。
思い出すだけで心が揺れる。
どうしてなんだろう…
(なんだか、もどかしいな…)
自分が知らない自分――それが少し怖くて…でももっと知りたい、そう思った。
―――彼女と出逢ったあの日。
忘れられない一日。
私にとってごくごく普通の日常が、崩れ始めた…そのきっかけになった出来事。
君に逢いたい…そして…――狂気のように泣き叫び、誓った想い。
これから自分がどうなるのか、なんて――この時の私は知る由もなかった。
To Be Continued...