不運な少女と呪いの人形
毎日投稿第3弾です。
よろしくおねがいします。
.1 少女と人形
カナコは不運な女の子だった。
外を歩くと、必ず肩に鳥の糞がつくし、信号は毎回赤だし、じゃんけんで勝ったことも一度もなかった。
外で転んだり引っ掻いたりして小さな怪我をよくしていた。ただ公園に遊びに行っただけで、どうしたらそんなにボロボロになるのかというほど汚れて帰ってきた。
リリーはカナコのことが好きだった。
リリーはカナコが手作りで作ったぬいぐるみ人形で、3頭身くらいの女の子の姿をしており、たくさんの綿が、青色の羊毛フェルトの肌に覆われていた。黒い髪は毛糸でできていて、目は赤いビー玉だった。
ちなみに、肌の青色はカナコが一番好きな色だった。
作り方はカナコの母が教えてくれた。
父の会社が借金で倒産する前まで、カナコの両親はカナコに優しかった。
カナコの家族や同級生たちはリリーを見て不気味だと言っていたが、カナコにとってリリーは一番の親友だった。
ある日、リリーはカナコに聞いた。
「どうしてそんなに楽しそうなの?」
「リリーがいるから。リリーがいれば、あたしは幸せよ」
そう言って笑った。転んで切ってしまった口元の傷が引きつって痛そうだった。
リリーは、青い手でカナコの傷をそっと撫でた。
リリーは人形だが、ものごとを考えたり、話したり、自在に体を動かしたりすることができた。
他の人形たちはそんなことできない。リリーは特別だった。
どんな風にして動けるようになったのかも覚えていなかったが、たしかカナコが小学生に上がるころから、自然に動けるようになったのだった。
どうして自分だけこんな風に自由に動けるのか。ただのフェルトと綿が自在に動き、言葉を理解し、意志を伝えたりすることができるのか自分でもわからなかった。
だが、きっとカナコを守るためだと思った。リリーがカナコを守れるように、誰かが自分を動かせるようにしてくれたに違いなかった。
体を動かせるようになってからと言うもの、リリーはほとんどの時間カナコと一緒にいた。
学校にもこっそりついていき、カナコがなにか不運な目に合いそうになるとそれを食い止めた。
カナコの肩に鳥の糞が落ちてくると、リリーが代わりにそれを受け止めたり、同級生がカナコの悪口を言ったときは、帰り道でその愚痴を聞いたりした。
ただ、こうしてただの人形が動いたりしゃべったりすると、他の人がどんな風に思うかわからないので、カナコ以外の誰かがいるときは普通の人形と同じように、ただ黙ってじっとするようにしていた。
リリーは人間になりたかった。
そうすれば、堂々とカナコと一緒に学校へ行くことだってできる。
カナコをもっとしっかり守ることもできるはずだ。
遊ぶときだって、きっといまよりもっと楽しいはずだった。
ある日、一緒に家で遊んでいるとカナコの母がやってきてカナコを叱った。
「またそんな人形とばかり話して! 気味の悪い子!」
そう言って、カナコの母はカナコのことを殴った。
カナコの両親は、カナコのことをよく殴るので、リリーはカナコの両親のことが嫌いだった。
カナコが小学生に上がった頃、カナコの父が務める会社が倒産した。それ以来カナコの父は職を失い、ときどきカナコの母に暴力を振るうようになり、カナコが2年生のとき別れることになった。
その後すぐに、カナコとカナコの母はカナコの義父と一緒に暮らすようになった。カナコの義父は酒を飲むとよく暴れた。母はそれでもカナコの義父とは別れなかった。そして、次第にカナコ対して厳しく当たりはじめ、徐々にエスカレートしていき、最終的には二人ともカナコに暴力を振るうようになったのだった。
カナコは殴られるとき無気力で抵抗せず、まるでなにも感じない人形のようだった。
リリーはいつもどうすることもできず、じっとカナコが殴られるところを見ていた。
そんなある日、家の本棚でリリーは一冊の本を見つけた。
それは、カナコが昔からいつも持っている本だった。
とても古い本で、ボロボロだった。
以前カナコは「川のそばで拾った」と言っていた。
どんな内容なのか聞いたら、カナコは少しはにかみながら「うーん、よくわかんない。リリーも読んでみる?」と言われた。
その時は読まなかったが、リリーはその本の内容が気になっていたので、こっそり開いてみた。
そこには、さまざまな悪魔を呼び出す呪文や占いの方法が書かれていた。
予想していたよりはるかに古い本のようで、どうやら印刷されたものではなく、だれかが手書きで記したもののようだった。
初めて読むはずなのに、なぜか以前見たことがあるような気がした。
ぺらぺらとめくっていると、あるページがリリーの目に止まった。
そこには「なんでも願いをかなえてくれる悪魔」がいると書かれており、そこに折り目がついていた。
おそらくその折り目は、カナコが付けたものだろう。
説明文によると、その悪魔にお願いすると、なんでも願いを叶えてくれるらしい。しかし、叶えてもらうには適切な代償を渡す必要があるとのことだった。適切な代償というのは、小指の爪であったり、死後の魂であったり、願いの大きさによって変わるらしい。
もしほんとうならすごいことだった。
ひょっとしてカナコはこれを呼び出そうとしているのだろうか。
リリーは不安になった。この「代償を捧げる」という言葉が気になった。
もしもカナコの身になにかあったらわたしが守らなければならない。あの子は運が悪いから、こんなものを呼び出したらなにかよくないことが起きてしまうかもしれない。リリーはカナコよりも先に自分が試してみようと思った。
それにうまくいけば、リリーは人間になれるかもしれなかった。
「ゲポル・ケポル・サラン」
呼び出す方法は簡単だった。書かれている悪魔の名前を呼べばよいだけだ。
バチバチバチっ!
音とともに、突然周囲が光に覆われた。思わず顔を背ける。
「何者だ? 私を呼び出したのは」
声がする。見てみると、悪魔が召喚されていた。
「人形……? たしかお前は、前に呼び出された時の……」
悪魔は、リリーのことを知っているようだった。
「どうしてわたしのことをしっているの?」
リリーが困惑していると、悪魔が答えた。
「覚えてないのか? お前の魂は、カナコと契約して俺が授けたのだ。お前の主は、自分の幸運を代償にして、お前の魂を手に入れた。どれだけ不運になってもお前に魂を宿したかったらしい。よっぽど友達がほしかったんだろうな」
悪魔が言った。
リリーは驚いた。
じゃあ、カナコの不運の原因は……。
リリーはなにも考えることができず、呆然としてしまった。
「それで、ひょっとしてお前もなにか俺に願いがあるってのか? ま、俺は依頼を受ける対象を選ばない。呪いの人形の願いだって叶えてやるぜ。願いに合った代償は払ってくれるならな」
悪魔が言った。
「じゃあ、わたしのすべてと引き換えにカナコを幸せにしてあげて」
リリーは答えた。人間になりたいという願いは忘れてしまっていた。
「……いいぜ。なんとかしてみよう。明日までに実行するから、待っててくれ」
そう言うと、また光が放たれた。
光がおさまると、悪魔を名乗る男はいなくなっていた。
と、思いきや、またもや光が部屋を覆った。
「おっとっと、すまんな、これをお前に渡そう」
そう言って、さきほどの悪魔がまた現れた。
悪魔はリリーに金色のバッジを渡した。
「代償を受け取る時、それが目印となるんだ。胸につけておいてくれ。ちなみに、きちんと言われた通りに代償を払わないと、もっと悲惨なことになるから、そのつもりでな」
リリーは言われた通りに胸にバッジをつけた。
「それでいい。じゃ、今度こそこれで」
再び光が以下略。
居間へと移動すると、カナコがまた両親に怒られていた。
洗濯物をするときに洗剤を多く使った。などと言って、ものすごい剣幕で怒っていた。
カナコの母親がカナコのことを殴る。
「お前が、お前さえいなければアタシは!!!!」
カナコは相変わらず人形のようになっていた。
カナコの義父は、さも当たり前の光景であるかのように二人を無視し、新聞を読んでいた。
さきほどの悪魔との契約で、カナコは明日までに幸せになれると言っていた。
リリーは、明日までにと言わず今すぐ幸せになってほしいと祈った。
そのときだった。
突然、ドアがすごい勢いで押し開けられ、カナコの家に強盗が押し入ってきた。
「動くな! 動いたら撃つぞ! この家の金目のものはすべて俺がもらう!」
強盗は銃を持っていた。
しかし、その風貌は強盗と言うには、あまりにも普通だった。
30代くらいで、中肉中背。Tシャツの上に黒いジャケット、下はジーパンだった。両耳にピアスが付いており、青いキャップをかぶっていて、髪は短い。どこにでもいるような普通の男性だった。
カタカタと震えながら男が叫んだ。
「絶対に動くんじゃないぞ! 俺は撃つぞ! やればできるんだ! お、お、俺をバカにするなよ!!???」
「ちょ、ちょっとまて!! すこし落ち着け! 誰なんだお前は!? なんでウチなんかに……それ本物か?」
「いったいなんなの? お金なんてないいわよ!!」
カナコの両親が驚いて声をあげる。
犯人の姿があまり強盗らしくなかったせいか、はたまた急な状況で混乱していたためか、カナコの義父は手をあげずに一歩足を踏み出し、犯人に近づいてしまった。その時だった。
バンッ、と大きな音がした。
カナコの義父が血を流して倒れていた。
さきほどまで読んでいた新聞があたりに散らばった
「キャアアアアアア!!!!」
カナコの母が悲鳴を上げた。
カナコの義父に駆け寄る。
バンッ、もう一度音がした。
今度はカナコの両親が血を出して倒れていた。
大人二人分の出血で部屋全体が血の色に染まった。
「ああ! クソ! 殺しちまった! だ、だから動くなと言ったのに!! なんで俺の言うことを聞かないんだ! なんでみんな……!! ちくしょう!! バカにしやがって! どいつもこいつも……!!!」
男はかなり錯乱していた。
カナコは呆然とし、人形のようになったままなにが起きているのかわからないという様子だった。
「お前は、お前も、俺を……!」
男が銃口をカナコに向ける。
カナコが、ようやく状況を理解したように表情を変えた。その顔は死への恐怖でいっぱいだった。
カナコの足元にはカナコの義父が読んでいた新聞紙が散乱しており、カナコは足を滑らせた。
「う、うご、動いた!! こんなガキまで俺の言うことを!!! うああ!!!」
男が叫び、カナコの方に銃口を向けた。
瞬間、リリーが飛び出す。
考える間もなく飛び出していた。
バンッ、という音がした。
リリーのフェルトを銃弾が貫く。
中の綿が勢いよく飛び出した。
そして銃弾はリリーの胸についたバッジにあたり、弾かれた。
「な、なん、なんなんだ、いったい!」
男は驚いて、その場で硬直する。
しばしの硬直、リリー以外、なにが起こったのか誰も理解できていなかった。
「この家よ! この家から銃声と悲鳴が!」
外から近所の住人たちの声が聞こえた。
すでに銃は三発ほど撃たれており、その音は外まで響いていたのだった。
「くそ!くそ!くそ! やっぱりだ! 俺はなんて不幸なんだ! 俺はなにをやっても……ちくしょう!!!!!!」
男はそう叫び、外へ飛び出していった。
その後、近所の住人の通報によって駆けつけた警察によってすぐに逮捕されたそうだ。
男は反社会的グループの末端で、なにかの拍子に銃を手に入れ、突発的に今回の事件を起こしたらしかった。
カナコの家を選んだのも、ほんの偶然そこにあったから、としか言いようがなかった。
カナコには身寄りおらず、近くの孤児院に入ることになった。
カナコは、ただリリーがボロボロになってしまったことが悲しくて泣いた。
.3
数ヶ月後、リリーは以前と変わらずカナコと遊んでいた。
リリーの胸のフェルトはカナコが縫い直し元どおりになっていた。
リリーはまた、カナコの肩で鳥のフンを受け止める。
あのとき、銃で撃たれてバッジはバラバラになってしまった。
リリーも生きたままだ、悪魔との契約は失敗したのかもしれなかった。
「あたしは、幸せだよ」
カナコは言った。
「リリーがいるから。リリーがいれば、あたしは幸せよ」
リリーの赤いビー玉の目が、きらきらと光っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。