連れ去られる廃病院
初ホラー短編です。
よろしくお願いします。
「金がない…」
俺は須藤太郎、29歳。フリーライターをしている。今の時代「何でも屋のフリーライターです」なんて言っていたら1円も稼げない。この世には専門のフリーライターで溢れかえっている。それに加えて俺には、文才というものがないらしい。
「俺はなんて運のないヤツなんだ!くっそ〜あの編集者め!」
これがいつもの口癖である。金がない…の次に必ず出る言葉だ。俺はなんて運のないヤツなんだ!俺は、畳4畳半のボロアパートで大の字になって寝転がった。
季節は夏。エアコンなんてあるわけもないので、部屋の中は40度を超えている。扇風機の風がとても寒く感じるほどだ。
「…ん?寒いぞ?」
とても寒い。これはまさか…。
「……夏風邪か…」
ついてない。俺は運にすら見捨てられたのだ。病院へ行く金ももったいないため、とりあえず扇風機を止めて寝込んだ。
しかし、夏風邪は侮れなかった。どんどん病状が悪化。這いつくばるように電話をとり、救急車を呼んだ。
「肺炎も起こしていますね…。1週間は入院です…」
病院のベッドの上で、悲壮感漂う暗ーい医者にそう言われ、1週間の入院となった。
入院4日目。熱もすっかり下がり、歩く気力があるくらいには回復した。もちろん様子見で、あと3日間は入院なのだが。
「…暇だな」
俺には売れっ子ライターのように「やらなきゃいけない仕事」がないため、とてつもなく暇だった。金がないってのに…。俺はなんて運のないヤツなんだ!あの編集者め!
ベッドの上でいつもの悪態をついたとき、廊下から看護師たちの会話が聞こえてきた。
「…号室の木田さんが」
「またですか…。とりあえずご家族に説明をしないといけないわね」
「はい」
どうやら先輩の女性看護師と若い女性看護師のようだ。先輩の看護師は、会話を続ける。
「…それにしても、夏に入ってから頻度が増えてきたわよね。夏は幽霊特集とかよくやるからかしら」
「でも今さら神隠しだなんて。実際に起こってしまうと本当に怖いですよ」
「そうねえ」
神隠し?随分と現実離れした話だ。まさか、この病院で神隠しが起こっているとでもいうのだろうか。俺は売れていないとはいえ、ライターの端くれだ。ホラー記事は書いたことがないが、いいネタになるかもしれないと思った。だか、俺は神隠しなどというものは信じない。
俺はベッドからゆっくり起き上がると、廊下にいる看護師に声をかけた。
「あの、すみません」
「はいっ」
2人の看護師は、少し驚いた顔をして振り返る。俺は胸ポケットからメモ帳を取ろうとして空を切る。そうだ、今はパジャマだった。仕方ない、あとでメモを取ろう。
「あの…さっき聞こえてしまったんですが、神隠しというのは?」
若い看護師は言っていいものか悩んでいるように、先輩の看護師を見つめる。先輩看護師は噂好きらしく、「実はね」とペラペラと話し出した。
「去年の冬からこの病院は神隠しにあっているんですよ。冬に1回患者さんがいなくなって、病室はもぬけの殻で。その時は、ただの失踪だと思っていたんですけどね〜。それから1ヶ月に1人のペースで患者さんがいなくなって、7月くらいからは1週間に1人いなくなるんですよ。病院内では、向かいの廃病院の霊が連れ去ってるんじゃないかって噂されてるんですよ〜」
少し怖がりながらも嬉々として話している。嘘だと疑いたくもなるが…まあ実際いなくなっているんだろうから本当のことなのだろう。
ちなみに向かいの廃病院はだいぶ前になくなったものらしい。自分の病室の窓から見ると、ツタで覆われており、いかにも廃病院、といった感じだ。
若者が面白半分で中に入ることもあったようだか、今は立ち入り禁止の看板が立てられ、最近はゴミ捨て場と化していて、誰も寄り付かなくなったとか。
「俺、そういう話好きなんですよ。また聞かせてください」
実際好きではないが、ネタのためである。再びベッドに入り、メモ帳に書き込む。
「おっ、俺仕事してるみたいだな!」
楽しくなってきたと同時に、自分で言っておいて虚しくなってしまった。まあしかし、ネタはネタだ、調べることにしよう。
まずは、直近で神隠しにあったとされる木田さんの病室を探すことにした。この病院は大して大きい病院ではないため、すぐに見つかった。
ネームプレートには「木田雅敏」と書かれている。ネームプレートが外されていなくて良かった。看護師に聞いて断られたら見つからなかったかもしれない。
4人部屋のようだが、ネームプレートは一つしかなかった。周囲を少し確認し、201号室と書かれた病室の扉を開ける。
病室の中は俺が今いる病室と変わりはない。ベッドが左右に2つずつ置いてあり、カーテンが仕切りのようになっている。木田はどこのベッドだろうか…と探そうとしたとき、後ろから扉が開く音がした。
「あっ、須藤さんじゃないですか!」
先ほど話した若い看護師だった。俺はおどけたように頭に手をやる。
「いや〜神隠しの話、気になっちゃって!たまたま病室見つけたので入っちゃいました!アハハ」
俺は役者にでもなれるかもしれない。そう思うくらいの名演技だ。
「…たまたま見つけたなんて嘘ですよね?フフフッ」
速攻でバレてしまった。名演技だと思ったのに…どうやら役者にも向いてないようだ。若い看護師はツボにはまってしまったのか、腹を抱えて笑いをこらえていた。
「そんなに笑わなくても…」
若い看護師は呼吸を整え、フーッと息を吐いた。
「すみません、すみません。…神隠しのことでしたね」
すると、若い看護師は少し怯えたような顔になった。
「木田さんが寝ていたベッドはここです。…私は、木田さんのベッドの片付けをしに…」
と右奥の窓側のベッドへ向かう。布団が畳まずにかかっていたくらいで、その他は特に特徴もない。看護師はベッドを片付けながら呟いた。
「やっぱり廃病院の霊が連れ去ったのかな…」
「そうなんですかねえ」
とりあえず話を合わせておく。神隠しなんて証明のしようがない。こっそりメモとペンを取り出し、さりげなく情報収集を行う。
「なぜ霊が連れ去ったと?」
「…実は、夜中に廃病院へ歩いていく幽霊を見たっていう人がいたんです」
「それは、どんな人だったのでしょう?」
「聞いた話だと、男の人らしいです。この病院から歩いていく姿を見たって」
看護師の目を盗んでメモを取る。
「服装とかは?他に神隠しにあった人を教えてもらえませんか?」
「さあ…そこまでは…」
そこで看護師はハッとしたようにこちらを見る。
「須藤さん、楽しんでますね!?怖いんですから!次は私じゃないかって…!」
咄嗟にメモとペンを後ろに隠す。ヒヤッとしたが、ライターだとバレなかったことに胸を撫で下ろした。
それにしても、彼女は怒っているように見えるかもしれないが、俺からするとツンデレにしか見えない。俺の目は若々しい女性は、怒ってもツンデレにしか見えないらしい。
「いや〜すみません!そんなつもりはなかったんですけど」
またおどけたように頭に手をやる。今度こそ名演技だろう。やはり役者に…
「嘘つかないでください!」
やはり俺には役者は向いてないらしい。
入院5日目。おそらく昨日ベラベラ話してくれた先輩看護師に聞くのが手っ取り早いと感じた俺は、病院内を探し回り、偶然を装って声をかけた。
「あっ、ああ〜昨日の看護師さん!」
「ん?あら須藤さん」
先輩看護師は少し不思議そうな顔をした気がしたが、そんなことは気にしない。
「また神隠しの話してくださいよ〜。他にいなくなった人とか!」
「そうねえ。…実は、神隠しにあってる人たちに共通点があるんですよ!」
やはり先輩看護師に声をかけて良かった。興味津々に乗り出して聞く。
「共通点ですか!」
看護師は声をひそめるように俺に近づく。
「…ここだけの話、余命の短い人が神隠しにあっているんですよ…!昨日いなくなった木田さんももう長くなかったらしいですし。他のいなくなった方も、いつ亡くなるかわからない患者さんだったり、余命宣告する予定の患者さんだったり!」
なるほど。法則性があるのは記事にしやすい。こういう類の話はこじつけのように法則を作ったり関連させようとしがちだが、初めから法則があるなら考えなくて済む。
看護師はまだ話し足りないのか「やっぱり死期が近いから早くお迎えに行かなきゃ〜とか思ってるのかしらねえ」などと話している。
これ以上の話は引き出せなさそうなので、キリが良い所でその場を離れることにした。
自分の病室のベッドで記事の内容を考える。
「いや〜ついてる!風邪ひいてよかったなあ。こんないいネタに出会えるなら入院も悪くない。取材費だと思えば…」
メモを眺めながらニヤニヤとしてしまう。
「あとはあの廃病院か…」
窓から廃病院を眺める。霊なんて信じちゃいないが、とりあえず今日は、あの廃病院を観察することにした。
入院6日目。看護師の目を盗んで夜通し観察をしてみたが、特に何も変化はなかった。
「やっぱ霊なんているわけないんだよなあ…」
あの噂好きの看護師に、神隠しにあった患者はいないか確認したが、やはりいなかったらしい。
時刻は午前2時。情報収集のために、廃病院の中を見てみることにした。
目撃された霊は深夜と言われていたため、念のため丑三つ時と言われる時刻に入ることにした。しかも、深夜なら人目につきにくいだろう。
バレないようにベッドで寝ているように偽装し、小さいペンライトを持って窓からこっそり外へ出た。
深夜ということもあり、人通りはない。誰にも会わずに廃病院へたどり着くことができた。
月明かりが廃病院を不気味に照らす。ペンライトを持参したが、バレたら面倒だ。月明かりを頼りに探索することにした。
廃病院はゴミ捨て場と化していると言われていたためか、とてつもなく強烈な悪臭だった。
「吐きそう…」
なんとか吐き気を我慢しながら中に入れそうなところを探す。
すると、1つだけ鍵のかかっていない窓があった。
「お邪魔しま〜す…」
ゆっくりと窓を開ける。その途端に強烈な臭いが鼻を刺激した。どうやら悪臭は病院内からだったようだ。マスクでもしてくればよかった…いや、マスクでも防げなさそうな悪臭だ。
なるべく息をしないようにしながら、病院内へ足を踏み入れる。夏のジメッとした空気が悪臭と共に体に纏わりつく。
中は雑然としていた。埃やらボロボロになったベッドやら机やらが無造作に置かれている。どうやらここは診察室のようだ。
診察室を出ると、自分の目の前と右に廊下がある。そこで俺はもう耐えられなくなった。
「もう無理だ…」
熱気と悪臭で頭がおかしくなりそうだ。汗と吐き気が止まらない。もう戻ろうと思い、踵を返そうとした時に、右斜め前の部屋が目に入った。
部屋の奥に何か白い塊が見えた気がしたのだ。入り口の上には文字が途切れていて読みにくかったが、おそらくリハビリをする部屋のようだ。
…まさか本当に霊なのか?足音を立てないように、慎重に中へ入る。パリパリと床が割れるような音がする。そしてタイミング良く、月明かりが部屋の中を照らす。白い塊がはっきりと見えた。
「………まさか、霊の正体が生きてる人間とはな」
それは、霊でなかった。白い塊の正体は人骨だったのだ。
何人分だろう。目視できる頭蓋骨だけでも10個以上はある。小さい子供らしき小さな頭蓋骨も見える。背骨であったり、足や手のような、他の骨も沢山置かれている。
「パリッ」
どうやら音は後ろから聞こえてきたようだ。
「……俺は本当に運のないヤツだ…」
物語は以上となります。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
霊の正体ににつきましては、読者様の解釈で楽しんでいただければと思います。
作者解釈の話も考えているので、もしお声があるようであれば書かせていただきたいと思います。
よろしければ評価の方、お願いいたします。