月の王女の死
「三題噺を互いに書いて見せ合おう」という話を友人としておりまして考えた話です。
真波のキーワードは【夜×王女×制服】、ジャンルは学園ミステリー。ぜひご一読ください。
Ⅰ ある側近の手記
これは、『月の王女』こと天宮美月の死について、私なりの考察を記したものである。
私が通う私立星雲学院は全寮制の女子高で、生徒は『太陽の塔』『月の塔』のいずれかに入寮しなければいけない。各寮には寮生や施設の管理を行う寮長と呼ばれる生徒がいて、天宮美月は月の塔の寮長だった。
美月には双子の姉がいた。天宮陽妃、太陽の塔の寮長だ。彼女たちは一卵性双生児で、互いがコピーのようにそっくりだった。姉の陽妃は艶やかなロングヘア、妹の美月は顎あたりで切りそろえたショートヘアという髪型で何とか見分けがついたが、顔の造形や体型、仕草、声まで瓜二つなのだ。加えて美貌の持ち主なものだから、眺めていると神秘的なアートを鑑賞している気分になる。
そんな完全コピーのような双子でも、性格は対照的だった。陽妃は太陽のごとく明るく朗らかな気質で、常に笑顔を絶やさない。天真爛漫という言葉がぴったりだ。一方美月は、しとやかで控えめ、常に一歩下がって周囲を冷静に観察する。陽妃が「動」「陽」なら、美月は「静」「陰」と例えてもいい。名は体を表す、とはよく言ったものである。
陽妃と美月は、互いの役割を十分に理解し、その上で其々の立ち位置を上手く演じている。そんなところがあった。これは、美月のパートナー(一年生と二年生がペアを組み、先輩が後輩の相談に乗ったり学院生活をサポートしたりするのを星雲学院ではパートナー制度という)として一年と半年、彼女の側にいた私なりの見解である。美月は承知していたのだろう。自分は「月」であり、「陽」である陽妃が発する光によって自らも輝くことができているのだと。ポーカーフェイスな彼女は嫉妬の色こそ見せなかったものの、時折浮かべるどこか寂しげな微笑には、永遠に越えられない壁を前にした諦めのようなものが滲んでいた。
だから、忘れもしないあの日。酷暑がようやく過ぎ去り、秋風が制服のスカートを揺らす季節。天宮美月が寮の自室で自ら命を絶ったとき、私は案外冷静な気持ちで現実を受け入れることができた。
美月は、生徒の多くが夢の中でまどろんでいた深夜、刃物を自らの腹部に突き刺して絶命した。警察の司法解剖によると、美月の死亡推定時刻は夜の十二時前後。生徒は原則二人で一部屋を与えられるのだが、寮長は一人だけで一部屋を宛がわれていた。それが、美月の遺体発見を遅らせる要因となってしまった。
警察は、美月の死を「多感で情緒不安定な年頃の少女が、衝動的に実行した自殺」とし、事件性はないとの結論を出した。
理由の一つに、現場の状況があった。寮の各部屋には静脈による生体認証システムが導入されており、部屋の主がセンサーに静脈をかざすことでドアロックが解除される。登録者以外の静脈がかざされるとエラーになるのだ。寮長の部屋も同様である。さらに、センサーの機械にはドアロックが解除された日時が記録され、最大半年間のデータが保存される徹底ぶりだった。美月が自殺した日の、彼女の部屋のロック解除データを改めた結果、エラー記録は残っていなかった。つまり、「自殺した当人以外に現場の部屋を出入りした者はいない」と判断したのである。
天宮美月の死は、学校中を悲しみに包みこんだ。もちろん私も彼女の死を悲傷した。だが、私の心を支配していたのは悲しみ以上に疑念であった。警察は、美月が密室で自刃し部屋に他者が出入りした記録がないことから彼女の死を怪しまなかったのだろうが、私は美月の死について懐疑するところがあった。
天宮陽妃が、妹の死に関与しているのではないかと。
天宮美月が自殺をする一週間前、院内で奇妙な出来事が起きた。姉の陽妃の寮室が火事に遭ったのだ。
出火元はベッドと特定された。恐らく、マッチかライターの類でベッドに火をつけて、そこから燃え広がったのだろうとのこと。幸い、部屋の主である陽妃は図書室にいたため被害を免れ、隣室の生徒も不在であったため死傷者はいなかった。だが犯人は分からず仕舞いのまま一週間が過ぎ、美月の死がやってきた。
実は、美月の死に関しては不可解なことがあった。彼女の遺体はウィッグを被っていたのである。
警察が遺体を調べたときに、頭部が不自然に盛り上がっていたためすぐに気付いたのだ。美月の遺体を最初に見つけたのは警察だったが、陽妃や教師たちに確認をとったときには誰もが首を傾げたという。美月がウィッグを被っているところなど今まで誰も見たことはなかったし(もちろん私もだ)、彼女にそのような趣味があることも知らなかったのだから。
警察は、陽妃の部屋の火事や美月が被っていたウィッグと、美月の死を直接関連付けようとはしなかった。ウィッグは本人がインターネット通販で購入したことが判明していたし、陽妃の部屋の火事はたまたまタイミングが重なっただけと考えたのだろう。
だが、私はこの二つの要素と美月の死には、深い関連性があると睨んだ。これらの要素が、姉の陽妃が美月を殺したという証拠になるとすら思っていた。
美月の自殺が騒がれた当初、学院内には天宮陽妃に対して疑惑の目を向ける生徒も少数ではあったが存在した。そのほとんどが月の塔に所属する生徒であり、彼女たちがまことしやかに囁いていたのは概ね次のような内容だった。
学院で絶対的な地位を築く陽妃にとって、己と表裏一体の存在である妹は邪魔者だった。本来であれば陽妃に向けられるはずの賞賛や羨望を、時には妹が浴びることもある。それが陽妃には我慢ならなかった。だから、実の妹を手にかけて亡き者にしたのだと。
噂の真偽は定かではない。誰も本人に問い詰めたことがないのだから。だが、仮にその噂が事実だとすれば、私は天宮美月の死について一連の仮説を立てることができた。
天宮陽妃は妹である美月を疎ましく思っていて、自分のコピーのような存在である彼女をこの世から抹殺しようとした。だが単純に彼女の自殺を偽装するだけでは、「姉の陽妃が仕組んだことなのでは」と周囲から疑われることは必須。だから、一足飛びに美月の死を演出するのではなく段階を踏むことにした。それが、陽妃の部屋の火事だった。あれは彼女の自作自演だったのだ。
陽妃の描いたストーリーは、このようなものではなかっただろうか。
陽妃の部屋に火をつけたのは妹の美月。彼女は姉の存在を憎く思っていて、その憎しみから放火という悪事を働いた。だが、すぐに自身が犯した罪に自責の念を感じるようになり、自ら命を絶った。死に際にウィッグを被っていたのは、常に陽のあたる存在であり続けた姉に対しての、妹なりの抵抗だったのかもしれない。ウィッグを装着することで姉になりきり、自身の手で姉を葬ったのだと暗に主張していたのではないだろうか。
周囲の人間にそのような仮説を立てさせることこそ、陽妃の策略だったとしたら?
今、シャープペンシルを持つ私の手は震えている。我ながらおぞましい想像だが、この仮説であれば火事やウィッグのピースも、美月の死というパズルにぴたりとはまるのだ。
警察が美月の死を自殺と断定した以上、事件を掘り返したところで誰も私の主張に耳を傾けようとはしないだろう。天宮陽妃は、「自殺した天宮美月の姉」として周囲から慰められる悲劇のヒロインとなった。
だから、せめて天宮美月に寄り添ってきた者として、私はこの手記を残す必要がある。あくまでも慎ましく姉の影として静かに生きていた彼女を、残酷極まりない手段で死へと追いやった陽妃。
私は、彼女を絶対に許さない。
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Ⅱ 王女の独白
本来であれば、これは独白ではなく「懺悔」でなければいけないのだろう。私が今から書き記すことは、世間一般の目から見ればまぎれもなく悪そのものだから。だが、私は自身の行いを悔いてはいないし、あくまでもこの記録を独白に留めたい。この手記の中身を悪と受け取るか否かは、読者の善悪観念に委ねよう。
私が天宮陽妃を殺した理由は、率直なところを書けば「彼女が私の存在を脅かそうとしたから」。だが、おそらく皆が想像しているような意味ではない。私は、自分が陽妃の下位互換であることに何の不満もなかったし、陽妃の影として生きることに苦悩もしていなかった。陽妃が陽妃であり続けさえすれば、私たちは平和な姉妹仲を築けたはずなのだ。
きっかけは、陽妃が私の部屋を訪ねたときだった。
学院の生徒は、太陽の塔と月の塔の間を自由に往来できて、陽妃も時々、気まぐれで月の塔に遊びにきていた。姉は賑やかな性格に似合わず、妙に寂しがりな一面がある。そのときも、風呂上り(各寮には大浴場がある)のパジャマ姿で私の部屋のドアを叩いたのだ。
陽妃は、私に髪を乾かしてもらうことが好きだった。陽妃いわく、「みっちゃんが髪を撫でるときの手触りが気持ちいいの」らしい。笑ってしまうくらい子どもみたいだが、きっと本人もそれを自覚していたし、時にはそんな部分を上手く利用して人に取り入ることさえあった。姉は私よりもずっとしたたかな人間なのだ。
陽妃の絹のような柔らかな髪にドライラーの冷風を当てていると、不意に彼女の頭がくるりと回った。猫のようにくりっとした愛嬌のある目が、私をじっと見上げている。
「どうしたの、陽妃」
「美月。私ね、たまに美月が羨ましくなるの」
「何よ、藪から棒に」
陽妃はふふ、と笑った。口角を上げると、口の端に小さなえくぼができた。
「私、時々思うの。美月になりたいなあって。それに夢の中でもね、私が美月になっていることがたまにあるのよ」
「何よそれ。変な夢ね」
「でも、夢は願望の現われともいうじゃないの」
「どうしてそんなことを思うの。私なんかになったって人生が色褪せるだけよ。陽妃は陽妃のままのほうが、ずっと楽しく生きられるはず」
「そうかもしれない。自分でもよく解らないの。ただ、ふと考えるときがある。『私が美月だったら良かったのに』って」
「たとえば、どんなときに?」
「具体的には、答えられないんだけど」
「やっぱり変なの。陽妃ったら」
素っ気無く返しながらも、内心はどきりとした。陽妃は己の立ち位置に十分満足しているとばかり思っていたから。私が陽妃を羨むことはあったとしても、その逆はあり得ない。だからこそ、私は陽妃の影として心穏やかに生きていられる。陽妃の濃い影の中は、私にとって存外に居心地の良い空間だった。
だがこの瞬間、私たちの立ち位置が逆転しようとしていると、微かではあったが予感していた。
私は、天宮陽妃の影でありたかった。燦燦と陽のあたる場所は、『月の王女』の異名をもつ私にはふさわしくない。
陽妃を『太陽の女王』、私を『月の王女』と言い出したのは、他ならぬ陽妃自身だった。「女王が二人いる国なんてないでしょ」と陽妃は笑っていたが、私は彼女の言わんとしていることが手に取るように理解できた。女王は一人きりでいい。私はあくまで王の娘であり、女の王にはなれない。陽妃は私に、姉の下位互換という烙印を押したのである。
私は、それでよかった。女王になんて憧れていなかった。なのに、女王に嫉まれるようになるとは。
陽妃は段々と、私の真似事をするようになってきた。私は学院の部活動で吹奏楽部に、陽妃は演劇部に所属していた。彼女は入部当初からスターとしての素質を秘めており、あっという間に部の看板女優へとのし上がった。私は、小学生のときから習い続けていたフルートを高校でも続けることができるのだと歓喜していた。平和だった。陽妃が演劇部を退部して、吹奏楽部の部活動見学に来るまでは。
姉は昔から器用で、大抵のことは見よう見真似で人並みに上手くやってのけた。彼女が吹奏楽部への入部を決めたとき、私はパートリーダーとして部長にこっそり念を押した。フルートパートは人手が充分だから、陽妃には他のパートを勧めてくれと。結果、陽妃は人数が少ないトランペットに加わった。私はどんなに安堵したことだろう。
姉は持ち前の華やかさで、すぐに部内のアイドル的存在となった。私はそんな彼女を「相変わらず世渡り上手なんだから」と遠巻きにしていた。周りからちやほやされる姉を、羨ましいと思ったことなど一度もなかった。
ある日の放課後。私がいつものように学校の渡り廊下でフルートの練習をしていると、陽妃が傍を通りかかった。手に持ったトランペットが、陽の光を浴び眩しく輝いていた。
「フルートパートは、いつもここで練習を?」
「そうよ。トランペットはたしか、第二音楽室だったはずだけれど」
訝しむ私に、陽妃は鷹揚に片手を振ってみせた。
「たまには、開放的な場所で思い切り音を鳴らしてみたくてね。音楽室だと他の楽器の音が反響して煩いんだもの」
陽妃は、トランペットとフルートでアンサンブルをしないかと誘った。個人練習を邪魔されたくなかったが、陽妃の気まぐれはいつものことだった。
「まだ入部して一月くらいなのに、もうそんなに吹けるのね」
姉の上達ぶりには目を見張るものがあった。器用もここまで到達すると空恐ろしくすらある。
「そうかな。でも、みっちゃんのフルートの音色には適わないわ」
陽妃は手元のトランペットにちらと視線を遣る。
「本当は私、フルートやクラリネットもやってみたかったんだ」
「木管楽器?」
「うん。でも部長さんが、木管パートは人手が足りているから金管パートにしてくれって」
唇をちょっと尖らせた陽妃は、小動物のように愛くるしかった。こんな会話さえしていなければ、素直に可愛いと思えたのだが。
「部長、喜んでいたわ。陽妃がトランペットに入ったお陰で、一気に金管パートが華やいだって」
「そうかな? だといいけど」
陽妃は上機嫌に笑っていたが、私は背中に冷や汗をかいていた。姉をフルートパートに寄せ付けないよう工作したのは、何を隠そう妹の私なのだから。
怖かった。私の立ち位置を陽妃に奪われることが。彼女は太陽の女王らしく、一生光の元で輝き続けていればいいのだ。私は陽妃が発する光を受けて、辛うじて存在できればよかった。私の立ち位置は、陽妃には似合わない。
決定的な瞬間は、放火騒ぎの二週間前に訪れた。
その日は日曜日で、陽妃は終日出かけているらしかった。私は部屋でフルートの練習や読書に勤しみ、穏やかな時間を過ごしていた。夕暮れになった頃、陽妃が私の部屋に立ち寄った。
「美月ったら、今日も部屋に篭っていたの」
ドアから顔をのぞかせた陽妃を見た瞬間、私は一瞬だが全身が凍りついたような錯覚に陥った。陽妃は、自慢の長髪をばっさりと切り落とし、私そっくりの髪型になっていたのだ。
「は、陽妃。その髪は」
「あ、これ? えへへ、気分転換に切っちゃった。大胆でしょう、二十センチ以上は短くなったんじゃないかな」
毛先を指に巻きつけながら、陽妃はドアに寄りかかる。私は大きく息を吸い込んだ。心臓があれほど強く脈打ったことなど、今までなかったに違いない。
「でも、これじゃ他の人たちが見分られないと思ってね。だから、ほら」
陽妃は手にしていた紙袋から、黒々としたものを取り出した。
「これ、私の髪で作ったウィッグ。普段はこれでロングヘアにして、気分によってショートヘアにするの。私の髪が急に伸びたり短くなったりすると、みんなびっくりするだろうなあ」
姉は昔から、突拍子もない行動で周囲を驚かせることが多々あった。破天荒、型破り――それが天宮陽妃という人間なのだ。
ウィッグを装着し元の長髪に戻った陽妃は、意気揚々と部屋を去った。私はざわつく心を落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返した。そうしているうちに、私の中にある強固な決意が芽生えた。
天宮陽妃を、この世から葬り去る。私の世界を守るために。
今になって思い返すと、陽妃が髪を切ったことは天からのお告げだったのかもしれない。私が陽妃を抹殺する機会を、天が与えてくれたのだ。
一卵性双生児である私と陽妃は、互いのDNAがほとんど同じである。だから万一、警察がDNA鑑定をしても遺体が陽妃だと発覚する可能性は低い。陽妃は私とそっくりの髪型になっていたから、警察は遺体を美月だと思い込むだろうし、まさか生きている陽妃こそが美月だとは予想もしないだろう。
陽妃が髪を切ったことによるメリットは他にもあった。陽妃を殺した日、私は彼女に「私の髪型で部屋に遊びに来て」と告げていた。陽妃は私の提案に何の疑いも持たず、素直に指示に従ってくれた。この指示によって、万一陽妃が私の部屋に入る瞬間を誰かに目撃されたとしても「ショートヘアだったからあれは美月が自室に戻った」と認識する。つまり、事件当夜に陽妃が美月の部屋に近づいたと証言する人物はいなくなるのだ。
さらに、陽妃が死に際に被っていたウィッグ。あれは私がネット通販で探し当てたもので、陽妃の地毛のウィッグではない。それは今、私が陽妃に成りすますために有効活用している。地毛でウィッグを作るなど奇想天外な発想だが、思わぬところで役に立った。姉のウィッグは私によく馴染み、私の髪がウィッグとは今のところ誰にも気づかれていない。
陽妃の部屋に火事を仕掛けたのは、陽妃の死後、美月である私が陽妃の部屋を使うことができないから。いくら一卵性双生児であっても、静脈は姉妹で異なるためセンサーにはじかれてしまうのだ。だから、陽妃を装った私の静脈をセンサーに新しく登録する必要があった。新規のセンサーの設置には一週間以上かかるため、陽妃が美月として死んだ後、私の静脈が陽妃の静脈としてセンサーに記録されることになる。
ここまで読み進めて、「そもそもなぜ美月が陽妃のふりをして、陽妃を美月として殺害する必要があったのか」と疑問視する読者もいるかもしれない。だが、この入れ替わりこそが私の真の狙いだった。
姉妹の片方が自殺したとき、残された片割れに他殺の疑惑が向くことは避けられない。その場合、周りはより強い殺害動機を持つ人物を徹底的に探るはずだ。だからこそ、姉である陽妃が生き残り、妹である美月が死ぬ必要があった。姉が妹へ抱いていた疎ましさより、妹が姉と比較して感じていた劣等感のほうが強い――誰もがその推論に帰結するはずだから。
驚いたのは、私のパートナーが事件の考察を手記として残していたこと。さすがに遺体の入れ替わりまでは想像が及ばなかったようだが、鋭い思考力を持つ彼女ならいつか私の正体や真相に辿り着くかもしれない。私は事故を装って彼女を殺害し、天宮美月の死について記されていたページを破って火にくべた。
美月が陽妃のふりをし続けることは、さして難しくもない。自殺という悲惨な形で妹と死に別れた姉。心に深い傷を負い、日に日にやつれ、かつての太陽のような輝きが失われたとしても周囲は同情こそすれ咎めはしない。天宮陽妃の燦然たる面影は、自然な形で消失していくのである。
私の手記はこれで完結だ。天宮美月の独白の記。神への懺悔ではない。私は、神に許しを乞うつもりなど端からないのである。
月の王女は、死んだ。だがそれは同時に、私にとって「太陽の女王の死」でもあるのだ。私は、私の世界を守ることができて、とても満足している。