た゛い゛ はち ち
長旅だった。しかも、数珠の記憶だけが頼りだ。
数珠も幼い頃に村を出ていたのだが、故郷への本能だろうか? 道に間違いはないらしい。
二つの県を越え、目的の県に入った。
大きな街を抜け、さびれた温泉町の川にかかる橋を渡り林道に入った。
それから人家のない山道をどんどんと入って行き、とうとう道は舗装もされなくなった。
携帯に電波が届いていない。GPSも不能となってきた。
車のナビには、髪の毛ほどの道があり、それを進んで行くだけ。
それでも、数珠のRV車は走る。
山道が窪み始めた。もう何年も手入れされていないような感じだ。
道の左右に大きな雑草が自分の重みに耐えられず道に倒れ込んでおり車をバチバチと叩いた。
数珠の車の横幅がでかいからかもしれないが、道も徐々に狭くなっていき、前から車が来たらすれ違えないほどだった。
しかし、前からは一台の車も来なかった。来るはずがなかった。
パチパチと小石をはじく音を立てながら、ゆっくりと数珠の車が止まった。
「ダメだ。ここからは歩くしかない」
それもそのはず、道の先には大きな木造りの門が閉じられていた。
さらにご丁寧に有刺鉄線で鉄条網まで前に置かれている。
「ぜってー入るなって言ってる感じだな……」
「おそらく、村の最後の住人が“ううち”を恐れてこんなふうにしたんだろ」
鉄条網があると言っても、横の林に入ってしまえばいいらしい。
数珠の行動は素早い。『ハッ』と車から飛び降りると後部に積まれた荷物を道に重ねて行った。
その荷物をそれぞれ分散させて重さを分かち合った。
オレたちは数珠の背中について歩いて行った。
数珠は荷物からナタを取り出して、枝や小笹を切って道を切り開いた。
そして、かつての集落に向かって歩いて行った。
数珠が道の横を指さすと、そこには苔がびっしりと生している石に文字が刻まれている。
『箱丸村』
……そうか。やっぱりここが箱丸村。数珠の記憶に間違いはなかったんだ。
頭上には久々の来客を迎えるように『グァグァ』とカラスが鳴いて旋回していた。
手入れがされていない樹木が大きく手を伸ばし空を塞いでいる。
沢がやぶれたのか、道にも水があり、落ち葉を濡らしぬかるみ湿っていた。
夏だというのにゾッとさせる雰囲気だ。
「急ごう。村の集落まではまだ遠い。夜になったら電気もない。どこか空き家に入って朝まで過ごさせてもらおう。」
……マジか。
正直な感想、大変な旅行になっちまった……。
風呂とかは?
布団とかは?
どうすんだよ……。
いや、ちょっと待て。不平を漏らすと死亡フラグ。
一番最初に死ぬのはオレになっちまう……。
……いや、なぜ死ぬ前提……??
ビクッ!!
その時、腕にぬるんとした感触に驚いた。
……突然ジュダイが腕をからませてきたのだ。
「脅かすなよ……」
「だって怖いんだモン……」
「モンじゃねーわ」
「何考えてたの?」
「え。……死亡 フラ グ……」
そう言うと、一時静寂したが三人とも湯が沸くように笑い出した。
キャッキャ、キャッキャという声が無人の森に響き渡る。
「なんだよそれ~!」
「いやいや、風呂とかねーの? とか不平もらすと死亡フラグだからやめとこーって」
「バカみたーい」
「うるさいなー」
「この戦争が終わったら、ボク結婚するんです」
「おいヤメロ」
「もうすぐ子供が生まれるんすよ~」
「だからヤメロって」
「もう一度、母さんの作ったブルーベリーパイを食べるまでは……」
「うっせ! うっせ! うっせ!」
なんか急に明るくなった。
バカ話ってやっぱりいい。
そんなバカ話を出来る友人になれて本当に良かったと思う。
しかし凸凹で道が悪い。しかも直線じゃない。ぐねぐねとうねる道を二時間半。
だいたい5kmくらい歩いたか?
時速にすりゃ2km!?
超燃費わりぃ……。
おっと。不平を漏らすと死亡フラグ。
ようやく集落が見えてきた。
懐かしい、ひいばあちゃんの家もある。
「もうすぐ夕方になっちまう。やっぱりどこかの家を借りて泊まることにしよう。泊まれそうな家を探そう」
そう数珠が言った。
夕方なんてまだ明るいだろ。と思うかもしれないが、ここには電気がない。
あっという間に暗闇が迫って来ているのを感じる。
インフラがないってのはここまで人を不安にさせるものなのだ。
夏なので大きく育った雑草が幽霊画の手のように曲がっていた。
夕日が消え消えになってそれがじょじょに黒く染まって行く。
身内の家の方が気安いだろうと少しだけ覚えのあるひい婆ちゃんの家に行くと、かなり傷んでいた。
床板が畳の重みに耐えきれずに穴が開いており、天井にも大きな穴。
雨漏りして腐ってしまったんだ。
ここには泊まれないと判断した。
十軒ほど一か所に固まってある一つの家が具合がよさそうだった。
かやぶき屋根の古民家だ。
入ると大きな土間があり、畳も腐っていなかった。
数珠はすかさず携帯用のランプを二つ出して灯りをつけた。
そして、土間に直接火をおこし始めた。
「おいおい。いいの?」
「誰も使ってないんだ。それにかやぶき屋根は煙に強い。ロマンは火をつけるものを探してくれ。枝とか他の家の床板でもいいぞ」
「お、おう」
数珠に言われるまま、燃えそうな乾いている木製のものを集めた。
保存状態のよいホウキもあったので女性たちが家の中の埃を払った。
家の中にランプが二つ。土間にはたき火が一つ。
雅美さんがたき火でレトルトの料理を出してきた。
ちょっとしたキャンプだ。
酒があればもっと良かったが、この誰もいない山奥の無人の集落で談笑するなんて初めての経験。
ここが日本なのかと思うような感じだった。