Die:し ちわ
オレたちの生活は普通に戻った。
まさに病は気から。いると思うからないものが見える。
“ううち”もそんな存在なのかもしれない。
ジュダイとの甘い生活。
昼間は互いに学校や仕事。
夜はこの部屋で互いに笑いあって過ごす。
これって幸せってやつだよなぁ。
と思ってた矢先だった。
夜二人で寝ている時、ふと目を覚ますとジュダイが苦悶の表情で寝言を言っていた。
しかし、そんな姿がますます可愛らしい。
寝言には言葉をかけるとよくないって言う話を聞いたことがあったので、しばらくその寝言を聞きながら寝顔を見ていた。
「う……う……」
うなされてるなぁ。怖い夢なのかなぁ。
「う……う……」
大丈夫かな?
ひどいようなら起こしてやろう。
そう思った時だった。
「ちーーーー! う う ちぃーーーー! あぁああああ! う う ちぃーーーー!!」
突然の大声だ!
そして、バッタンバッタンともがくように動いている。
オレはそれを必死に抑えつけた。
「ジュダイ! ジュダイ! 起きろ! しっかりしろ!」
抱き抑えながら叫ぶと、その瞳が『ガッ!』と大きく見開いて、オレの顔を見つめた。
焦点が定まらず目が泳いでいる。その勢いが恐ろしい。
「だ、大丈夫か?」
『ゲッホゲッホ』とジュダイは起き上がってせき込んだ。
落ち着くまで、その背中を撫でさすった。
「う……。ろ、ロマン??」
「うな……されてたぞ……?」
「……うん。……怖い夢。……見ちゃった」
怖い夢……。
はっきりジュダイは寝言で叫んだ……。
“う う ち” と……。
◇
それから、ジュダイはうなされるようになった。
そして決まって“ううち”と数度叫んでもがく。
彼女の目の下には大きくどす黒い隈ができていた。
その悪夢とは、自分が鎌を持って背の高い草原を駆けている。探しているのは小さい子供だ。それを追い回し、その舌を切り取ってしまうというのだ。
そして自分の舌も切り取る。
その鎌の手ごたえが妙にリアルで『ザグリ……』という感触が残るというのだ。
ジュダイは完全にまいってしまい、顔から笑顔が消えてしまった。
眠れないので、体力もなく部屋の隅に腰を下ろし、疲れた体がうとうととさせ、それを頼りにわずかな睡眠時間を得る……。
病院に行っても、本人の思い込みだという診断だ。
精神を和らげる薬と眠れる薬を処方された。
それによって少しは眠れるようになったが、しょせんは薬だ。
体には気だるさが残るようだった。
雑談でもすれば気がまぎれるかも知れない。
共通の友人と言えば、数珠と雅美さんなのでオレたちは電車に乗って二人に会いに行った。
二人は快く、家の中に入れてくれた。
数珠は本当にジュダイを心配してくれた。
そして雅美さんも心配しながらジュダイの肩を支えてやっていた。
「難しいね~。ずっと、“ううち”のことを考えてたから……。呪われるとか、“ううち”になるとか言われてたから、自分がなっちゃうのかも……って思い込んでるんだと思うよ?」
「ハイ……」
「でもさ、そんなの迷信だよ。お化けなんていないんだよ? ね? エイちゃん」
「オイオイ。坊主を捕まえて。……魂はあるだろ」
「ないよ。人一人の足元には人類の人口よりも多い微生物がいるんだよ? それが死んだら全部魂が世界中にあふれることになる。虫は? 魚は? 動物は? 草や木にだって、プランクトンにだって魂はあるんでしょ?」
「だから、それはそのう……」
「輪廻や死後の世界なんて、人間のこじつけだよ。ジュダイちゃん。そんなのいないの。分る?」
「え……。う、うん……」
「オイオイ。自分の思想をジュダイに植え付けるなよ」
「そうだ。ちょっと荒療治だけど、四人でその“箱丸村”にあるお社を見てこようよ。封じられた“ううち”なんてものは迷信だって分かるから! 多分、エイちゃんとロマンくんが持ってるカギはお社のカギなんでしょ? それで中を開けてみりゃいいじゃん!」
なんて押しの強い人なんだ!
しかも今から行くから準備をしろとのことだ。
連休だからいいものの。
箱丸村は人里離れた無人の村。
ちょっと怖いんですけど……?
オレとジュダイは部屋に戻って、懐中電灯やちょっとしたお菓子を手に取った。
「なんか変なことになっちまったな」
しかし、ジュダイはバッグに荷物を押し込みながら明るげに言った。
「でもさ、ミヤビさんの言うとおりだよ。行って何もないことをたしかめてこればいいだよ。それにホントにお化けなんていないような気がしてきた。きっと何もいないんだよ!」
そんな様子は久しぶりだったので、オレの気持ちも高鳴った。
「そうだな。軽いピクニック気分で行ってくるか!」
荷物を持って、オレたちは待ち合わせ場所の最寄り駅に向かうと、すでに数珠と雅美さんがRV車の横で待っていた。オレは数珠のその車に飛びついた。
「ひょえ―! カッコイイ! 高そうな四駆だな~」
そう言って、数珠の車の周りをグルグルと回った。
外国のでかい四輪駆動車だ。
男なら憧れちまう。
「ホイルもビッカビカ! かっちょいーー! さすが坊主丸儲け!」
「オイオイ。言葉が悪ぃな。ロマン!」
数珠はオレの肩を小突く。
ホントに、なんでもなけれ楽しい四人の旅なのにな。
数珠がバカにしたように目を細めてオレたちを見て来た。
「お前ら、そんな軽装でいいの?」
見ると、数珠と雅美さんは夏だというのに長袖、長ズボン。底の厚い登山靴にリュックサックにはモノがたくさん詰め込まれているようだった。
「向こうは無人の村だ。電気もない。道も整備されていない。ひょっとしたら車を捨てて歩くことになるかも知れない。さらには野宿するかもしれないんだぞ?」
おーーい!
数珠さん、マジですかーーーー!
しかし雅美さんがフォローしてくれた。
「ま、エイちゃんほどでなくてもいいと思うよ? 靴もサンダルじゃないんだからそれでもいいし、車の中に毛布積んであるから半袖でも大丈夫でしょ」
ホッ。大丈夫みたい。話はまとまり、オレたちは車に乗せてもらった。
いざ、箱丸村へ!
……怖いけど。