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数珠と雅美さんが心中……?
二人して死ぬってこと??
何それ。こわい。なんの冗談?
いや、冗談の雰囲気じゃねーぞ?
「おいおい。何だ? どういうこと? 訳を聞かせてくれよ」
「もちろんだ。今から行ってもいいか?」
「ん? ああ。いいけど……」
「靴は……動きやすいのにしてくれよ?」
は? 靴だと?
どういうことだよ。
……悪い予感がする。
待ち合わせの駅のロータリーに数珠の車はやってきた。
オレに助手席に乗れと言った。
雅美さんは? と思って乗り込むと、雅美さんは後部座席にいた。
だが、その姿は完全に拘束されていた。
ビニールの紐で胸、腹、腰、足と数か所を巻かれ、手は後ろに回されてきつく縛られている。
そして、その上には幅の広いビニールテープでグルグル巻きにされていた。
「な、なに? どういうこと? 結婚は??」
しかし、動じているのはオレ一人で、雅美さんはそのままの姿勢で普通の声でこう言った。
「ゴメンね。ロマンくん。こんなことに巻き込んじゃって」
どういうことか分からない。
ケンカしてるわけでもないぞ?
……ケンカでグルグル巻きはそれはそれで大問題だし。
「いえ。でも意味が全然分からないです……」
数珠はゆっくりとアクセルを踏んで車を出した。
「道中説明する……」
ど、道中……。
車は走り出した。
夜の街を通り過ぎ、箱丸村の方へ向かって。
雅美さんが語りだした。
「あのね。ロマンくん。あたしね。……“ううち”になっちゃったんだ」
は? 何を言って……るの……?
「ホントに不思議な感覚なんだよ。はじめは気付かなかったんだ。でも、胸の中に黒い塊みたいなのが徐々に大きなって来て、何かを殺したくなる。壊したくなる。黒い塊に全身を奪われていく感じ……。たぶんこれが怨念とか、悪神の正体なんだね。私は現実主義者だけど自分の身におきたことだから分かった。やっぱり世の中には分からないことって多いんだね。でも受け入れることにしたんだ」
続いて数珠が話し始める。
「最初は家の中が荒らされたようになっていたんだ。窓ガラスは割れ、花瓶は倒れ、テーブルもひっくり返ってそこらじゅうにモノが散乱していた。泥棒かと思ったんだ。だけど、ミヤビの足は血だらけだった。ガラスの破片の上で大立ち回りをしたからだろう。意味が分からなかった……。今までこんなことなかったしな……」
そんな二人の不気味な解説の中、数珠の車が県境を越えた。
「医者に見せても、精神のバランスが崩れたんでしょう……。とかそんなこと言っていた。だが、見たんだ。ミヤビが飼っているカナリアを握りつぶしてしまうのを。ぐげぐげと笑いながら……。それから、数分後に正気に戻る。だが、ある時は野良猫を……。飼い犬を……。徐々に対象は大きくなっていった。そしてオレも襲われた。何度も何度も、払って突き放しても襲い掛かってくる……。飛びついてくる……」
ゾッとした。
でも今の雅美さんは狂ってない。
それが、“ううち”になってるとはとても考え難かった。
「でもな? まだ、完全に“ううち”になってはいない。まだミヤビの時間の方が長いんだ。だからその間に、オレたちは結婚して、エイタツとミヤビは仲良く心中するんだよ」
二人の話はだいたい分かった。
だが、なんでそんな結論に。かっ飛び過ぎていると正直思った。
正気に戻る薬とか、入院とかそういうので対応出来ないのだろうか。
「どうして死ぬんだよ。薬とか入院とか。そんな悪霊なんて馬鹿げてるよ!」
それに対して後ろで縛られた雅美さんが答える。
「あのね。仮説なんだけど、“ううち”は宿主……って言えばいいのかな? 入り込んでいる人間が死ぬと一番近くにいるものに寄生して、また人を襲い始めるんだと思うんだ。だから箱丸村の人たちがしたことって一番いい解決方法なのかもしれない。“ううち”が憑りついていると思われる親族をあそこに入れた。だから“ううち”は人に憑りつくことができなくなったんだよ。あそこは開けるべきじゃなかったんだ。あたしが扉を開けた。つまり一番近くにいたのはあたしなんだ」
雅美さんの話に数珠はうなずいて言葉をかぶせた。
「そう。だから、オレたちはあの鉄の扉の中に入る。そしてミヤビをオレが殺す。そしてオレの中に“ううち”が入り込む。だがオレは自殺してやる。そしたら、“ううち”はあの扉の中から出れなくなる。オレとミヤビの魂は仲良く天国にいく……」
なんて……なんてことだ……。
「じゃ、今から箱丸村に……行くのか?」
「そうだ」
「死にに……行くのかよ……」
数珠は覚悟を持った言葉で答えた。
「今までミヤビにさんざん迷惑をかけた。ミヤビと一緒に小さいあの部屋で死ねるなんてオレは幸せ者だ。これは二人で決めたことなんだ」
なんて……。
なんて、覚悟のある男なんだ……。
かっこよすぎるよ。
……数珠。
「お、オレは? どうすればいい?」
「うん……。部屋に入ったらオレたちの結婚を祝福してくれ。そして、あの扉のカギを閉めて欲しいんだ」
そ、そうか。
カギは誰かがかけなきゃいけないもんな。
「か、帰りは……!?」
数珠はフッと笑った。
「ぬかりない。車の後ろに折り畳み自転車を乗せておいた。それで帰れ。ちゃんとロマン名義で防犯登録も取ってあるから」
「え? 自転車? 無理無理! 自転車じゃ帰れねぇって!」
「オイオイ。これの事の発端はロマン、お前だぞ? それに、お前も箱丸村の一族の血が流れてるんだろ? 責任を持て。覚悟を持て」
……そ、そう言われてみれば。
……だよな。
数珠と雅美さんは心中の覚悟を決めてる。
なのに、オレなんて帰り道の心配?
クズじゃん……。
ゴミカスじゃん……。
「ごめん。分った……やらせてくれよ」
「おーし。よく言った。頼むぞ? それから……ジュダイにはオレたちは外国に行って暮らすとでも言ってくれ。女の子に無用な心配をかけたくない。それに、ロマン。オマエはこれを禁忌として胸にしまっておけ。誰にももらすなよ? もう、日本に“ううち”を出すんじゃない。……な? 頼むぞ」
オレは、自分のマヌケさに腹が立った。
これは本当にオレの責任だ。
オレが余計なスレッドさえ立てなきゃ。
数珠と雅美さんは普通の暮らしを送っていた。
ジュダイだって怖い思いをしないですんだ。
オレの……。
オレの……。
「オイオイ。そんな辛気臭い面すんな」
数珠の方を見るとニッと笑っていた。
「オレはロマンに感謝してるよ。お前たちとの出会いに。そして、村出身者としてもうじき“ううち”の伝説を完全にしまい込むことができる。知ってるやつが減るわけだし。そしてミヤビと結婚できるんだ」
そんな、あたたかい数珠の言葉にオレは泣いてしまった。
「ゴメン。数珠……本当にゴメン」
「ふふ……。ジュダイと達者で暮らせよ?」
数珠の車は走り続ける。
もう一つの県を越え、大きな街に入り、さびれた温泉町から橋を渡って林道に入る。
そして、山道をどんどんと走って行った。
突然、後部座席から
「ぐげ……。ぐげげげげげげげげ。ぐげげげげげげげげ!」
という笑い声が聞こえた。
そして、バタバタと雅美さんは暴れ出した。
体が拘束されているため、芋虫のようにウネウネと後部座席で体をねじらせていた。
髪は振り乱し、舌を少し出して、目の焦点は定まってない。
およそ、理性のあるはずの人間の顔じゃない。
ホントに、何かに取り憑かれているんだ。
「あまり見ないでやってくれ……。ミヤビが“ううち”になっているところを……」
「あ、う、うん……」
「ホントはミヤビは一人であの部屋に入るって言ったんだ。そして、オレにカギをかけさせようと……。だがなミヤビ一人にそんなことさせられるか? ……ロマンを巻き込んで本当にすまない。許してくれ」
「……そんな。オレは。……ぜんぜん」
数珠は車を急がせた。
そして、村の入り口。
閉じられた木の門の前には鉄条網と有刺鉄線。
数珠はスピードを緩めない。
「ちょ! 数珠! ぶつかる!」
「当り前だ! 突っ切る!」
数珠の車は大きな音を立てて木の門に体当たりし、それを破壊した。
辺りにその残骸が飛び散ったが、構わず数珠の車は走り続けた。
前に宿泊した集落を越え、でこぼこの山道を物ともせず、あっという間にあの鳥居の下に車は止まった。
雅美さんも意識を取り戻し、ゴホゴホとせき込んでいた。
時間はAM3:00を過ぎたところ。
辺りは真っ暗。
数珠は車のライトを消さずにそのままにした。
「このほうが少しでも明るくなる。どうせ、バッテリーがあがっちまうだろ。捨てる車だ。かまわない」
そう言って、エンジンをかけたまま車を降りて後部座席のドアを開け雅美さんを抱きかかえた。




