僕の好きな女の子はいつも上ばかり見上げている
軽めの読み物です。お楽しみ頂ければ幸いです。
僕の好きな女の子はいつも上ばかり見上げている。
幼い頃、僕は一人の女の子に出逢った。
その子はこの国の王たる父の腹心の娘で、六歳になる僕よりも三つ年下のお人形みたいに綺麗で可愛らしい子だった。
フワフワした黄金の髪に、大きくて綺麗な空色の瞳を持つその子に、僕は多分一目惚れしたんだと思う。
今思えば、それはお見合いのようなものだったのだろう。
彼女の父親は王である父の一番の親友でもあり、この国の中でも発言力の強い侯爵家の当主であり、この国一番の強さを誇る騎士団長でもあった。
いずれ王位を継ぐ僕に少しでも強い後ろ盾を作ろうとした父の思惑もあったのだろう。
でも、そんな事は関係なく、僕は一目で彼女に惹かれていた。
その美しさは勿論、齢三歳にして強い意志を感じさせる輝く瞳から目を逸らせなかったのだ。この瞳をずっと見つめていたい、この瞳を僕だけに向けて欲しいと願った。
ああ、そんな子が僕の未来の妃になるのだ。こんなにも綺麗でキラキラしている女の子が。
それは僕の胸を高鳴らせた。
だが、この直後、事態は予想もしない方向へと進む。
他ならぬ、女の子の一言によって。
「何と聡明そうな子だろう。この子ならば、きっと立派な王妃になれる。それに息子はご息女に夢中なようだ」
「では、この話を進めても?」
「ああ。では、二人の婚約を―――」
「お待ちくだしゃい!」
穏やかなままに話し合いは進み、順調に二人の婚約が決められようとしたその瞬間、他でもない彼女が待ったをかけたのだ。
「お父しゃま。わたくち、このコンニャクには納得できまちぇんわ」
「コンニャクではなく、婚約だ」
「…間違えまちた。失礼ちましたわ。でも、その婚約はできまちぇん」
「どうした、アナスタシア? ウィルフレッド王子との婚約がどうして嫌なんだ? 王子は聡明で剣筋も良く、容姿にも優れている。近隣でも有名な程、将来を有望視されているのに」
彼女の父である侯爵がそう聞けば、彼女は静かに頭を振った。
「殿下が悪いのではありまちぇんわ。殿下は立派なお方。けれど、王家にお嫁にいくのならば―――」
そう言った彼女は、ギラリと目を輝かせて、何と王を指さしたのだ。
「王しゃまのお嫁しゃんになりまちゅわ! 目指すはテッペンただ一つ! 将来の不確定な王子しゃまでは納得できまちぇんわ!」
「「えええええええええええ!?」」
思わず声を上げたのは僕と父である王だけ。
父の唯一の妃である王妃の母は扇で顔を隠して肩を震わせている。
「そうか、よく言ったアナスタシア! 目指すは国の頂だけとは! 何て情熱と向上心だ! 素晴らしい!」
「立派よ、アナスタシア! 流石は私の娘! 欲しいものは奪い取りなさい! 略奪愛上等!」
「「ええええええええええ!?」」
本来、真っ先に彼女を止めるべきである彼女の父が娘を褒め称え、彼女の母は激励する始末。
後で知った事だが、父の友人である侯爵は裏表のない竹を割ったような性格をした好人物だが、残念な程に脳筋であり、侯爵夫人はかつて社交界を賑わせた名うての愛の狩人であったらしい。
『愛の前では何もが無意味。貴方に魅力を感じなくなったら直ぐに別の愛を探すから覚悟していらして?』、『ああ、私の愛おしい小鳥が逃げてしまわないように、いつだってお前を抱きしめておこう』と真昼間からイチャイチャし始める位には情熱的な愛を育んでいる二人に、父が死んだ魚のような目をしている。
そんな父を横目に見た。
僕の容姿は母譲りで、父にはあまり似ていない。
父は不細工ではないが、平凡な容姿をしている。
六歳とは思えないとよく言われるほど大人びた容姿に銀色の髪に紫の目を持つ僕と、童顔で、茶色の髪と目をしている父。
…彼女は父の方が好みなんだろうか。
思わずションボリとしている横で、母が震える声のまま、彼女のライバル宣言に受けて立っていた。
これが僕と彼女の最初の出逢い。
★★★★★
それから、もう十五年。
僕は二十一歳に、彼女は十八歳になった。
彼女は想像以上に美しい令嬢に育っている。
フワフワの金色の髪は長く伸ばされ、一目見れば誰でも心惹かれてしまうだろう空色の瞳は今でも輝いていた。
強い意志を灯す眼差しは今も尚、僕を捕らえて放さない。
彼女とは幼馴染で友達という関係だ。
僕は今でも彼女に片想いしている。
「アナスタシア様は相変わらず美しいな」
「そうだな」
友人が感嘆の溜息をつくのに、笑顔で答えた。
僕のアナスタシアを勝手に見るな、なんて言える訳がない。そんな立場ではないのだ。まだ。
「頭脳明晰で、教養も完璧。五か国を理解して、ダンスは妖精のようだと絶賛される。オマケに父は王の信頼も厚い国の英雄である騎士団長、母は元公爵令嬢で社交界の華。本当に国一番の令嬢だよ」
「そうだな」
彼女は努力家で、決して妥協はしない。
自分にはことさらで、時には余りの厳しさに眉を寄せてしまう程に。
「お前の婚約者でなければなぁ…まぁ、残念ながら、彼女に釣り合う男なんてお前くらいしかいないんだけどさ」
そう言う友人の言葉に僕は微笑んだ。
否定はしないし、肯定もしない。好都合だから。
まだ彼女と婚約は結べていない。でも、彼女が否定しても、勝手に周りは勘違いしている。
勘違いするように仕向けた。
彼女の為に努力してきたのだ。死ぬ物狂いで努力して努力して、ようやく認められた。
彼女の隣は誰にも譲れない。いや―――誰にも譲らない。
「ねぇ、ウィルフレッド様。明日の舞踏会に来ていくドレスだけれど、王様はどちらの色の方がお好きかしら?」
「アナスタシアはまだ父上の事を諦めていないの?」
「当然よ! 昔、言ったでしょう? 目指すのはテッペンだけだって!」
目を輝かせる彼女は知っているのかな?
その舞踏会で、父が王太子である僕に王位を譲るつもりだって事を。
君が目指しているテッペンが入れ替わるって事を。
「ねぇ、アナスタシア。そろそろ横を見てもいいんじゃない?」
「え?」
君が上しか見ないから、僕は君が見上げる先に行く。
君が僕に気付いてくれたら、今度は並んで歩いて行こう。
ああ、やっと君を捕まえられた………よね?
「目指すはテッペンのみ!!」
「………これだけやっても僕がこんなに不安になるのは相手が君だからだよね、やっぱり」
彼女との攻防は始まったばかり。
【おしまい】